ハリウッドでは今月、パワハラに関する大規模な調査を基にハラスメントの実体が明かされ、その防止策が示された。またイギリスやフランスでも、ワークショップの実施やガイドラインの作成が行われ、各国がハラスメントの防止に向けて具体的に取り組み始めている。

 

●ハリウッドにおけるパワハラの現状

今回調査を行ったのは、ハーヴェイ・ワインスタインのスキャンダルをきっかけに、3年前に設立された委員会(※1)である。委員会は10月14日、ハリウッドにおける「責任に関する意識調査」、「偏見に関する調査」に続く第3弾として、「ハラスメント(Bullying)」に関する報告書を発表した。報告書は、エンターテイメント業界で働いていた経験のある、もしくは現在も働いている、9,630人への調査に基づいて書かれている。(※2)

報告書によるとハリウッドは、パワハラに関して業界特有の根深い問題を抱えており、業界のパワーバランスによってそれは一層深刻化している。

「ハリウッドでは、それがまるでハリウッドに支払わなければならない会費であるかのように、公然とパワハラが許容されてきました。『ザ・プロデューサー』 (1994)や『ジ・アシスタント』(2019)といった映画の中でも描かれてきたように。」

委員会を率いるアニタ・ヒルは次のようにコメントしている。(1)

「パワハラは、かつては当たり前のこととして受け入れられていました。しかし2020年において人々はもう、怒りに任せてものを投げつけるといった行為や、皮肉、罵倒など、屈辱的な言動で満ちた職場環境が何をもたらすか、わかっているはずです。過小評価や下品できつい物言いも、ハラスメントへの入り口となるのです。全ての働き手に人間性と尊厳が認められ、敬意が払われるよう、全力で努力すべき時が来ました。」

ハリウッドのパワハラ問題は、労働時間や仕事の割り当て、解雇や昇進について権限を持っているような、指導的立場にある人物が引き起こす傾向にあるという。以下は報告書の記述である。

 

エンターテイメント業界には劣悪な職場環境のエピソードが溢れている。凶暴な権力者が吠えたて、罵り、人を「バカ」と呼ぶ。同僚を前にして侮辱される恥ずかしさや困惑にもお構いなしだ。この業界は残念なことに、野心的で、日和見主義で、好戦的で、実際に力があって競争好きな、典型的な暴漢の温床となっている。それが 「そういうものだから」と言われて長い間許されてきた結果、こうした暴漢はリーダー的位置を占めるようになり、すると職場の人々はある共通意識を持つようになるのだ。

しかし、ハラスメントは雇用の継続に必要な要素ではない。職場でのハラスメントは、被害者やターゲットとなる人々のメンタルヘルスに甚大な被害をもたらす。それに対して雇用主もまた、生産性の低下、欠勤の増加、離職率の上昇、健康保険費といった形で、その犠牲を払うことになるのだ。

相手を尊重する行動様式を身につけることもまた、セクシャル・ハラスメント防止の鍵となる要素だ。セクハラの背景にあるのは礼節を欠いた態度であり、それを可能としているのは、相手を軽視するのがあたりまえとなっている環境だ。これは、ハラスメントの中でも特にジェンダーに関する問題行動について言えることである。実際にセクハラは、ほとんどの場合そうした環境下で起きているのだ。

ハラスメントは通常、一定の期間にわたって行われる不愉快な言動いとして定義され、そうした言動にうまく切り返すことのできないと感じている人々はそれによって傷つくこととなる。特別ひどい言動でない限り、たった一つの行為がそれ自体でハラスメントとなることは少ない。また、保護特性(※3)を有しているかに関わらず、誰であれ不当な扱いに苦しむ可能性はある。その一方で、ジェンダーや年齢、人種といった保護特性に基づいて行われるハラスメント行為は、法的な文脈においてハラスメントや差別として扱われる。

 

実際に報告書では、年齢、人種、ジェンダー、障がいの有無等により、ハラスメントの報告率が大きく異なっている。女性は男性より、障がいのある人は障がいのない人より、ハラスメントの報告率は2倍近く多い。また、年齢、業種による違いも顕著だ。特に若い女性に関しては深刻であり、労働組合に所属しているかどうかも、ハラスメントの経験に大きく影響している。

一方報告書には、#MeToo運動以後、エンタメ業界において前進はあったか、という項目も記載されており、アンケートの回答者のうち、65%が前進しているとの見方を示した。しかしこの点についてもまた、業種やジェンダー、年齢等で異なる数値が出てきている。業界の進展に関して肯定的な見方をしているのは、男性が74%であるのに対し、女性は59%、特に39歳以下の女性(55%)と65歳以上の男性(79%)には大きな認識の違いがあるようだ。弱い立場にある労働者ほど、業界の改善について肯定的な見方をしていないことがわかる。

またこの報告書には、以下のような回答者からのコメントも多数記載されている。

「タレント事務所で働いていた時、あからさまなハラスメントを頻繁に目撃しましたし、私自身も経験しました。一番ひどい人たちは、最低賃金で働いているアシスタントたちに対し、言葉の面でも、感情の面でも暴力をふるっていました。私は物を投げつけられましたし、友人はよく泣き叫んでいました。「意地悪だ」という理由で告発するなんて馬鹿げたことのようにも思えましたが、私たちの多くは、上司が部屋に入ってきたり、発信者番号に上司の電話番号が表示されたりするだけで胃が痛くなるのです。」

「ハラスメントは横行しています。 野放しにされています。対策は何もありません。誰もなすすべがないのです。彼らと二度と働かないという選択をする以外は。しかしそれは解決策にはなりません。必要なのはトレーニングです。可能であれば体験学習型の、特に問題解決型のトレーニングです。」

「職場には、猥褻な言葉も攻撃性も必要ありません。今は癌が放置されているようなものです。私たちの仕事は価値あるものですが、常に物事を正しく捉えるよう努力していかなければならないし、全ての人が丁寧に敬意をもって接せられるべきです。」

 

●委員会の提示する2つの防止策

委員会は、ハラスメントを防止するための有効な手立てについて、深刻な被害を受けた当事者に調査を行った。その結果、必要とされていたのは以下の5つの項目である。

  1.  個人が告発という選択肢を理解するための支援(94%)
  2.  被害者が被害内容を記録できるような仕組み(93%)
  3.  ハラスメントの危機に介入できるホットラインの設置(93%)
  4.  禁止事項に関する統一的な定義(91%)
  5.  第三者が介入するための教育とトレーニング (91%)

委員会によれば、何がハラスメントにあたり、何が当たらないのか、ハラスメントにどのように対処したらよいのか、という点に関して理解が不足しているのが問題だ。問題解決の鍵は「認識」と「責任」にあるとして、次の2点を解決策として提示している。

  1. ハラスメントの認識-第三者による告発

    報告書によると、ハラスメントの場に傍観者[第三者]がいた確率は69%である。これを受け委員会は現在、エンターテイメント業界で働く450人に、第三者向けのトレーニングを行っている。トレーニングにはVRやインターネットが用いられ、さらに6つのワークショップが設けられている。ワークショップは、テレビ関係者向けのものや映画関係者向けのものなど、所属領域ごとに分かれている。

    第三者向けのトレーニングではまず、従業員がハラスメントや攻撃的な言動を認識する方法を学ぶ。また、ハラスメントの被害者を支援し、適切なタイミングで介入できるように、直接的、間接的、両方向からの解決方法を学ぶ。働き手にそうした手段を身につけさせることにより、職場でのネガティブな言動が常態化するのを防ごうという共通の責任感が生まれるのだ。

  2. 雇用主の説明責任の強化-社内規定でハラスメントに関して明言すること

    ハラスメントは違法行為ではないため、多くの会社やプロダクションは、自社の行動準則やポリシーの中でこうした行為を禁止していない。しかしこのことが、加害者が自身の行為に対して責任をとることをより困難にしている。たとえカリフォルニア州が、特定の雇用主にハラスメント防止のためのトレーニングを受けるよう命じたとしてもだ。しかしながら、従業員に対するハラスメントは、ジェンダー、人種、年齢に基づいて行われることもあり、それが違法なハラスメントや差別に相当する場合もある。

    そこで委員会は、法律に従うことはもちろん、エンターテイメントに携わる企業に以下3つの要請をしている。

  • 雇用主にその意図があったかどうかを判断材料にするのではなく、客観的で観察可能な行動に基づいた、明確な用語でハラスメントを定義することで、自社規定の中でハラスメントに対する声明を強化すること。
  • 告発に対処するためのポリシーやプロセスを確立すること。ハラスメントが生じたら、その行為を認知して素早く対処し、問題行動が繰り返されたり長時間にわたって放置されたりすることがないようにすること。告発には確実に、公平で迅速に対応すること。
  • 委員会が行っている第三者向けのトレーニングを受けるか、自らそのようなトレーニングを設置すること。

 

●フランス国立映画センター (CNC)はセクハラ防止へ向けてワークショップを開催 (2)

現在フランスでは、いま最も影響力のある女優アデル・エネルが、12歳のころから数年にわたってクリストフ・ルジア監督から性的虐待受けていたと告発したことで、#MeToo運動が高まりを見せている。

そんな中、フランス国立映画センター (CNC)は、撮影や制作においてセクシャル・ハラスメントを発見し、防止するという目的で、様々な対策を始めている。今月はその取り組みの一環として、映画やテレビ、ビデオゲームといったエンタメ業界で働くプロデューサーを対象としたワークショップが開催された。

現在CNCは、いくつかのフェミニスト団体(※4)と連携し、業界の専門家と協議しながら対策を立案している。

「今年はパンデミックによる混乱があったが、これはあと何か月か続くだろう。しかし、この極めて重大な問題に関しては後戻りしている場合ではない。」CNCのドミニク・ブトナは言う。現在の状況は、この業界で働く多くの人の立場を不安定なものにしている。失業の恐れがある従業員やフリーランスの人々が、生活手段が立たれることを恐れて、ハラスメントに関して口を閉ざしてしまう可能性があるという。

CNCは10月6日に初めてワークショップを開催したが、今後3年間にわたって、9,000人の専門家に対しトレーニングを行っていく予定だ。

今後、フランスにおいてCNCの助成金の対象となるためには、上記のワークショップを修了することに加え、他にも条件が追加された。250 人以上の従業員を抱える企業は、社内に性的暴行を専門にしたカウンセラーとホットラインを設立し、男女平等と多様性を確保するための誓約書に署名しなければならないのだ。撮影中も、現場にカウンセラーがいることが義務付けられることとなった。

 

●英国映画協会(BFI)が抱えるハラスメント防止策の新たな課題 (3)

イギリスでは、10月に行われたロンドン映画祭のQ&Aにて、英国映画協会(BFI)のCEOベン・ロバーツがハラスメント防止策について述べている。映画業界はハラスメントに立ち向かうために、「内部告発者のための場」を提供する必要があるという。Q&Aでは、「性的暴行や無意識の偏見、制度化された人種差別、こうした映画業界が抱える体系的な問題」へのBFIの責任が問われた。これに対し、ロバーツは次のように発言している。

私たちは、ハラスメントや人種差別の標的となる人々が、フリーランスの人々によって成り立っているこの業界で、実際に働いていることを知っています。この業界では、皆が明確な指揮系統を持つ雇用主に雇われているわけではありません。

皆が支持しているようなホットラインがあるといっても、実際に内部告発を行い、「私はハラスメントを目撃しました」という発言を準備するのは、そう簡単なことではありません。私にはまだ、内部告発者のための場づくりができているとは思えません。

これこそ、私たちが直視し、試行錯誤して取り組んでいかねばならない仕事です。私の見立てでは、人々はハラスメントに関して規約を作ることは好むけれど、どのように告発すべきかをちゃんとわかっているわけではない。それに、告発するという行為は常に安心して行えるわけでもありません。

 

ロバーツは、ハラスメントの告発があったタインサイド・シネマ (Tyneside Cinema)について言及した。先月、タインサイド・シネマの最高責任者であるホリー・キーブルと会長のルーシー・アームストロングは、独立機関による再調査のさなかに辞任した。

私たちはこの件で、説明責任を問われていました。責任はどこにあるのでしょうか?私たちはタインサイド・シネマへのいちばんの出資者です。(私たち出資者とこの企業の)関係を、どう考えればよいのでしょうか?

私たちはワインスタインの件と #MeToo運動をきっかけに、様々な業界のパートナーとハラスメントに関するガイドラインを作成し、このガイドラインがどのようにしたら人々の支持を得て、広く一般に採用されるかを考えてきました。そして実際にこのガイドラインは、強力な文書として存在していました。しかし、皆がこのガイドラインを守っていたとは言えません。私たちは、資金援助をしている彼らに対し、この問題を最重要課題として真剣に捉えるよう、強く主張してこなかったのです。

 

ロバーツは去年の初めに、プロダクション・スタジオであるウォルフ・スタジオ・ウェールズ(Wolf Studios Wales)を訪問した時のことを語った。そこでは受付には大きなポスターが飾られ、訪れる人やスタッフすべてに対し、ハラスメントに関する明確な規約を示している。 「これくらいのレベルまで問題が前景化されることが、今後も一貫して行われていかなければならなりません。」

 

※1 Hollywood Commission(Anita Hill-led Hollywood Commission for Eliminating Harassment and Advancing Equality in the Workplace ):https://www.hollywoodcommission.org/

※2The Hollywood Survey Report #3: Abusive Conduct」詳細なデータや調査方法、回答者によるコメントはこちらを参照→https://deadline.com/wp-content/uploads/2020/10/THC-Hollywood-Survey-Report%E2%80%93Bullying.7-WM.pdf

※3 雇用において差別を受けないよう法律で保護されている特性。ジェンダーや年齢、人種など。

※4 50/50 Future:https://5050future.co.uk/ など

 

*参考

(1)https://deadline.com/2020/10/hollywood-bullying-anita-hill-commission-survey-finds-1234596970/

(2)https://variety.com/2020/film/global/sexual-harassment-france-workshop-cnc-50-50-1234793973/

(3)https://www.screendaily.com/news/bfi-ceo-ben-roberts-film-industry-needs-whistleblower-space-to-fight-bullying-and-harassment/5153926.article

(4)https://nofilmschool.com/hollywood-bullying

 

 

 

小野花菜

文学部に在籍中の大学3年生です。最近は長編アニメにはまっています!


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