イジー・メンツェルが亡くなった。82歳だった。近年、健康を害していたメンツェルは、2017年に脳手術を行った後ほとんど公の場に姿を現していなかった。

イジー・メンツェルは、1938年2月23日にプラハで生まれた。後にチェコ・ヌーヴェルヴァーグと呼ばれるムーブメントの主要作家としては最年少だった。メンツェルはブルジョワ家庭で育ち、20歳のとき多くの才能を輩出した映画学校FAMUに入学した。そこで彼は、ミロシュ・フォアマン、ヤン・ニエメツ、イヴァン・パッサー、ヴェラ・ヒティロヴァらと出会った。1962年にFAMUを卒業した後は、ヴェラ・ヒティロヴァ(『ひなぎく』で世界的に知られる)の2本の作品で助監督を務め、ヤン・カダール(『大通りの店』でアカデミー外国語映画賞を受賞)作品に俳優として出演もした。

1965年、メンツェルはチェコ最大の撮影所であり、FAMUと共にチェコ・ヌーヴェルヴァーグの母体となったバランドラ撮影所で監督としての職を得た。この頃、第二次世界大戦以降続いていた東西冷戦の二極対立構造が世界的に揺らぎ始め、東側に属するチェコにも「プラハの春」と呼ばれる政治的・文化的な自由化の波が押し寄せていた。メンツェルの周囲は、新しい世界と芸術を自分たちの手で作り出そうとする若者たちの熱気に満ちていた。メンツェルはここでチェコ文学の旗手として国際的に知られるボフミル・フラバルの短編集『海底の真珠』を映画化する企画に参加。ヤン・ニェメツやヴェラ・ヒティロヴァ、ヤロミル・イレシュらと共に短編を製作した。メンツェルはまた、ここでフラバルと生涯にわたる友情を得ることになった。

1966年、メンツェルはボフミル・フラバル原作・脚本による『厳重に監視された列車』を監督。長編映画デビューを果たした。自由さと奔放さと屈折した繊細さと細部の豊かさと、そして反骨心に満ちたこの青春映画の傑作は、1967年のアカデミー外国語映画賞を受賞し、彼の名を一躍世界中に轟かせた。大きな成功を得たメンツェルは様々な企画を実現する自由を手にした。しかし翌1968年、「人間の顔をした社会主義」を掲げるチェコスロバキアの急速な民主化を危惧したソヴィエト連邦は、ワルシャワ条約機構軍を派遣。チェコ全土を軍事的に制圧し、1988年ビロード革命に至るまで共産主義独裁体制を敷いた。メンツェルの映画人生もまた、この国家的悲劇の中で大きな変容を被ることになった。

チェコ事件の中、自由と反抗を掲げたチェコ・ヌーヴェルヴァーグの映画作家たちの多くはブラックリストに載せられた。ミロシュ・フォアマンのように国外に亡命する者も多かった。一方、チェコ国内に留まったメンツェルは、監督はおろか俳優や脚本を含む一切の活動を禁止された。製作中だった『つながれたヒバリ』もまた公開禁止処分となった。メンツェルが再び映画製作を再開できたのは1974年のことであり、『つながれたヒバリ』が公開されるのは、1990年共産主義政権崩壊後まで待たなくてはならなかった。この作品は、その年のベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞している。

1980年、メンツェルはフラバル原作の『戴冠式』を監督する。この作品はチェコ国内で大ヒットした。1985年には『スイート・スイート・ビレッジ』で再びアカデミー外国語映画賞にノミネートされ、世界的に復活をアピールした。2006年には念願の企画であったフラバル原作『英国王給仕人に乾杯!』を監督。この作品は、2008年にフランス映画社配給によって日本でも公開された。

イジー・メンツェルは、短編やテレビも含め生涯に30本近くの作品を監督し、俳優としても数多くの作品に出演した。舞台演出もしばしば手がけた。1990年から92年にかけては母校FAMU監督コースで教鞭も執ったが、旧態依然としたシステムで運営を続けていた学校改革案を提唱したところ、反対派講師陣らによって職を追われることになったという。メンツェルは、この裏切りがチェコ事件以上に彼の生涯の中で最も許しがたい出来事であったとも述べている。

個人的な話だが、私は主催する新文芸坐シネマテークで何度もイジー・メンツェル作品を取り上げ(http://indietokyo.com/?page_id=14)、『厳重に監視された列車』『つながれたヒバリ』『スイート・スイート・ビレッジ』『剃髪式』といった作品を上映させていただいた。上映には多くの映画ファンが詰めかけ、全て満席立ち見になった。その全てが大好きな映画作家だった。イジー・メンツェル氏のご冥福をお祈りします。

大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。

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