モハマド・ラスロフ、金熊賞受賞の後に有罪判決

イランの映画監督モハマド・ラスロフの『There Is No Evil』(英題)は、独裁政権下での個人の自由をテーマにした4つの物語からなる長編作品だ。今作は2月28日にベルリン国際映画祭で上映され、金熊賞を受賞したが、ラスロフはイランからの出国禁止により映画祭に出席することができず、ハンブルクに住む娘が代理で賞を受け取る形となった。

しかし3月4日、映画祭で金熊賞を受賞したばかりのラスロフがイラン政府から1年の実刑判決を受け、収監命令が下されたと発表があった。弁護士によればこの判決は、彼が過去に制作した3作品が反体制的なプロパガンダにあたるとして下されたものだ。

ラスロフはこれまで幾度となくイラン政府と衝突してきた。2011年には同じく監督のジャファル・パナヒと共に、許可なく映画を撮影したとして逮捕されている。二人は6年の懲役を言い渡され、反体制のプロパガンダを含む映画を以後20年間製作することを禁じられた。2013年には、『Manuscripts Don’t Burn 』がカンヌで上映された後、出国禁止や映画制作の禁止を言い渡されている。 2017年にはカンヌで『A Man of Integrity』がある視点部門で受賞したが、その後帰国するとパスポートを押収され、それ以後再び出国禁止となっていた。そして 2019年7月には、「国家の安全を脅かす」「イスラム政府への反体制的なプロパガンダ」として告発されていた。(4.5) しかしその判決は、今回ラスロフが金熊賞を受賞して初めて言い渡されることになった。これは、包み隠さず自らの主張を表現する映画製作者等や反体制のアーティストを沈黙させるためにイラン政府がしばしば用いる脅迫の手口だという。

現在ラスロフは、その刑罰だけでなく、イランの刑務所内で感染が拡大している新型コロナウイルスによりさらなる危険にさらされている。イラン政府は刑務所内での感染拡大を懸念して70,000人近い囚人を一時的に自宅へ送り返している。 「私の出頭命令は、イラン政府の不寛容と怒りのほんのごく一部の表れです。これがイラン政府特有の政権批判への反応の仕方なのですが」とラスロフはコメントを出している。 「多くの文化的活動家が政権批判をしたことによって捕らえられています。刑務所内のコロナウイルスの制御不能な感染拡大は深刻で、彼らの命を脅かしています。こうした状況では国際機関の早急な対応が必要です。」(3)

 

 

 

独裁政権下での映画製作

「なぜこの国に戻って来るんだ?とみんなが私に聞くのです。でも私には簡単なことです。ここが私の故郷ですから」とラスロフは言う。「自分の国を去ることを考えたことはありません。」(1)

今回の実刑判決が報じられる以前、ベルリン国際映画祭での『There Is No Evil』の上映に伴い、ラスロフはSkypeでThe Hollywood Reporter(THR)のインタビューに答えていた。以下、THRの記事を引用する。(1)

 

ラスロフは映画制作禁止命令を受けていたため、ラスロフの代わりに友人が映画の撮影許可を取ることになった。「私の名前はどこにも書かれていませんでした。」「4つの短編映画を計画し、それぞれに監督がいて、それぞれに制作チームがあって、別々の映画のようにしました。政府は短編映画にはあまり注意を払わないので、この方が物事を進めやすいのです。」 テヘラン空港など公共の場での撮影の際は、ラスロフは自宅に待機し、助監督にあらかじめ作成した撮影リストを送った。「私が自由を感じられたのは、街以外で撮影するときだけでした。そこでは、実際にその場で俳優たちと直接仕事することができました。」

 

映画を構成する4つの物語は、あるひとつの主題をめぐって展開する。どうすれば個人が、たとえ専制政治のもとであっても、道徳的勇気を示すことができるのか?4つの物語全てが、イランの死刑制をめぐる問題と、反体制派や政敵を殺害することが政府によって認められているという現実を直接的に批判する。

『There Is No Evil』では以前の作品よりもより直接的に政権批判をしているとラスロフはいう。彼はこれまでもほとんどの作品で政治弾圧によるイラン人の苦しみを描いてきたが、それらはほとんどが、イラン映画には典型的な遠回しで寓話的な姿勢であった。 「この寓話的なスタイルは、何世紀にも遡る私たちの文化、詩、芸術に根付いているもので、そこでは物事を直接言わない傾向にあるんです。」と監督は説明する。「しかし私はこの慣習を捨て去ろうと思いました。なぜなら、この寓話的な美学が服従の一形態として、政府からの弾圧を受け入れる方法になってきたと考えているからです。」 「私たちの国のような威圧的な政府は、日々人々にプレッシャーをかけています。私たちは小さな犠牲、うそや偽善にその都度屈していかねばならないのです。」「たいていの場合は、それが不当であるかなんて考えずにじっと耐えるでしょう。 しかし、このシステムがどんなふうに機能しているのかを示すと一度心に決めたなら、あなたがそれに対してどのように反応し、抵抗し、拒むことができるのかということも示す必要があります。」

ラスロフは、この映画がベルリンでどのような評価を受けたとしても、彼をとりまく状況が悪化することを理解していた。「支払うべき代償があるでしょう。」 「それでも私は正々堂々と声をあげると決めました—その結果がどのようなものであろうとも」

彼の願いは、この映画を観たイランの人々が、たとえ最悪な状況であっても、命の危険があっても、必ず「No」と言う道があると理解することである。(現在ラスロフの映画は全てイランでの上映が禁じられており、密かに出回っているDVDを除いては鑑賞することができない。) ラスロフは、彼の現政権に対する考えをイランに住む多くの人々と共有できると信じている。また彼は、最近の大衆の反政府的な抗議にも勇気づけられているという。「いまだかつてなかったことです」彼は言う。「初めて、イランに住む多くの人々が持っている怒りが現れてきている。これは政府であっても無視できないでしょう。」(以上、THRのインタビュー記事より引用)

 

 

 

映画大国イランにおける映画製作

「人々がモハマド・ラスロフの映画に強く惹かれるのにはある理由がある。それは、この映画が彼自身の経験を反映したものだからだ。」プロデューサーのカーヴェ・ファーナムはDeutsche Welle (DW)に語った。(2) 彼の実刑判決により、ファーナムの発言がより重みをもつこととなった。プロデューサー・ファーナムのインタビューから、現在のイランの国内状況が見えてくる。(以下DWの記事より引用)

イランからドバイに移り住み映画製作会社を所有するファーナムは、過去にラスロフと共に映画を製作し、「(今後も)さらに多くの映画を作る予定だ」という。この「違法な」映画製作に参加することで生じる問題を認識しながら、彼にもまた、それに立ち向かう用意がある。

「私たちは、これ(映画製作)が私たちに課せられている義務だと考えています。アーティストは、自分の身を削りながらも、周囲で起こっている事象を社会にフィードバックすべきです。」「そしてもし私たちが、独立した映画が生き続けることを望み、独立した思考が生き続けることを望むなら、その結果を覚悟する他ないのです。」

彼は、ラスロフやジャファル・パナヒといった、すでに高い評価を受けている監督が弾圧されれば、世界から注目を浴びると指摘する。「私たちが心配しているのは、若い同僚、まだ無名のインディペンデントでやっている映画作家です。」

インディペンデント映画の製作者は、検閲や制約、迫害以外の面でも、国に立ち向かわなくてはならないとファーナムは言う。国が所有する制作会社、イラン映画協会(IOC)の支援を受けている映画は、(基本的には政府のプロパガンダ映画だが)、 豊富な資金援助だけでない無制約な支援を受けている。 独立映画会社が撮影のために道路を閉鎖することが不可能なのに対し、「彼らは簡単に一つのプロジェクトのために、ヘリコプター2台を使って広場を封鎖する」。当然のことながら、「多くの人々か彼らと共に仕事を始めている」という。

ラスロフは、この国には(政府に立ち向かう)勇気が足りないと感じているが、プロデューサーのファーナムは、人々が様々な取り組みによってインディペンデント映画製作者の権利を取り戻そうとしていることについて、前向きに言及した。2019年11月には、キアヌーシュ・アヤリの『The Paternal House』が公開1週間後に上映禁止になったことを受け、200人以上のイランの映画関係者が国家による検閲に反対し、表現の自由を求める公開書簡に署名した。

『There Is No Evil』の作中で主人公たちが死刑と関わるうえで抱える道徳的なジレンマは、ある特定の時代にのみを念頭においているわけではない。しかしプロデューサーによると、1988年に始まった相次ぐ政治犯の処刑が、明らかにこの映画に影響を与えているという。当時、数知れない人々が処刑された。国際人権NGOのアムネスティ・インターナショナルの記録では、 5か月間に及ぶ粛清で4500人近い囚人が姿を消したというが、ある推定ではその数は30,000にまで登る。

それは今日でもなお続いている。先月2月18日のアムネスティによる報告には「不当な裁判により数多くの人々が処刑された」と記されている。昨年処刑された人々の中には、犯行時に未成年だった人々も多く含まれる。さらにイランのイスラム法の下では、同性愛も死によって償うべき犯罪とされている。イランの人権機関によれば、その処刑方法はクレーンから囚人を吊るすというものである。(以上、DWからの引用)

 

 

 

イラン政府の判決にヨーロッパの映画業界が抗議

3月9日、 ヨーロッパ・フィルムアカデミー、ドイツ、イタリアのフィルムアカデミー、さらにベルリン、カンヌ、ロッテルダム、ハンブルク、アムステルダムなどを含む映画祭が声明を出し、この判決への抗議と、ラスロフを取り巻く状況への懸念を表明した。

「私たちの仲間であるモハマド・ラスロフは、彼がいなければ我々がほとんど知ることがなかったであろう現実を伝え続けてきたアーティストだ。」ヨーロッパ・フィルムアカデミーのトップであるヴィム・ヴェンダースは声明の中で述べた。「彼が金熊賞を受賞した『There Is No Evil 』は、人々が決して強いられてはいけないような、そんな極限状況にある人々を、深い慈悲をもって描いている。私たちにはモハマド・ラスロフのような声が必要だ、人間の権利、自由、尊厳を守ろうとする声が。」(3)

オランダやハンブルクといった国や地域の映画ファンドも抗議文書を出している。

「私たちは、モハマド・ラスロフが投獄されたことを憂慮している。」ベルリン国際映画祭のディレクターを務めるマリエット・リッセンベークとカルロ・シャトリアンは声明の中で述べた。「芸術作品により監督が厳しく罰せられるということは衝撃的なことだ。私たちは、イラン政府が判決を直ちに見直すことを望んでいる。」(3)

ドイツ・フィルムアカデミーの長であるウルリッヒ・マテスは次のように述べている。 「モハマド・ラスロフは傑出したアーティストである。自由と抑圧を描き、彼の深い思いやりに満ちた映画は、彼の仕事を通して世界中の多くの人々に届いてきた。イラン映画は、人々をとりまく状況を非常に魅力的な物語にして我々に与えてくれる豊かな映画文化を持っている。彼はそんなイラン映画界を代表する巨匠である。 モハマド・ラスロフの作品は、我々にイラン国内での生活を伝えるだけでなく、映画という世界共通のことばで共感を呼び、平和を推し進める。 私たちは、モハマド・ラスロフのようなアーティストが政府からの報復を恐れることなく声をあげられるようにしなくてはならない。」(3)

イラン人権センター(CHRI)の所長ハディ・ガミーは、ラスロフが告発された2019年当時、ウェブサイト上で次のように発言している。

「イラン映画は、息の詰まるような検閲と、現在も行われているアーティストへの迫害にもかかわらず、国際的な注目を浴びた。ラスロフの唯一の罪は、イランの文化や社会に対する政府の作り話を支持しない芸術を追究したことである。 ラスロフに対する不条理な判決は、政府による専制的で抑圧的な支配を拒むことによってインディペンデントの映画製作者らが負うことになる大きな代償を示している。」(5)

 

 

 

《参考》

(1)https://www.hollywoodreporter.com/news/why-mohammad-rasoulof-is-saying-no-iranian-regime-1280481

(2)https://www.dw.com/en/why-mohammad-rasoulof-still-makes-films-despite-irans-threats/a-52575195

(3)https://www.hollywoodreporter.com/news/european-film-industry-protests-mohammad-rasoulof-prison-summons-1283160

(4)https://apnews.com/ae4e71ec0dfd7de75cf66da4c09170ee

(5)https://www.screendaily.com/news/iranian-director-mohammad-rasoulof-sentenced-to-one-year-in-prison/5141472.article

 

https://deadline.com/2020/03/european-film-academy-cannes-berlinale-rotterdam-festival-protest-mohammad-rasoulof-incarceration-1202877399/

https://www.hollywoodreporter.com/news/berlin-festival-winner-mohammad-rasoulof-serve-iran-prison-sentence-1282466

https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-51740366 

小野花菜 現在文学部に在籍している大学2年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。

 


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