作曲家のトーマス・ニューマンは、これまでサム・メンデス監督と約20年間にわたってコラボレーションを続けてきた[#1]。『1917 命をかけた伝令』(2019年)は、その7作品目の映画となる[#2]。ふたりは、2018年11月から話し合いを始め、アビー・ロード・スタジオで87人のオーケストラによって音楽はレコーディングされた[#3][#4]。しかし、その95分間のスコアは、すべてがシンフォニックというわけではない。そのスコアは、時にアンビエントで、時に幻想的である。また、時に推進力となり、パーカッションが響き、部分的にサウンドはエレクトロニックで処理されている[#5]。

メンデス監督は、登場人物たちが非常に危険なミッションに送られる際に、陰鬱さに陰鬱さを重ねたくはないのだと述べる[#6]。それは基本的なルールとなっている。彼が求めたのは、ブレイクとスコフィールドが銃を向けられた状態で泥の地を重い足取りで歩くならば、いかに様々な精神的な風景に至ったのかということだ[#7]。ニューマンは次のように振り返る。

「問題は、どのように筋の通ったコントラストを作り上げるのかということです。登場人物たちが旅をする景色の概念の上で、コントラストを扱うことであったと思います。ほとんどで景色の概念は登場人物たちとは対照的です。」[#8]

全編にわたってあたかもワンカットのように撮られて編集されたが、その一連の連続するショットのために、映画のカットの切り替わりに合わせて音楽を作曲することができなかった[#9][#10]。そこでの大きな問題とは、「いつ音楽が消えるのか?」、「なぜ音楽は消えたのか?」、「いつ音楽は戻ってくるのか?」ということであった。キャメラが回り続ければ、それに合わせてなぜ音楽が変わるのか、いつ音楽が変わるのかを考えなければならなったからだ。これはニューマンにとっての大きな挑戦であった[#11]。ニューマンは「この映画は、現在時制の中にあります。そのために、音楽はコメントできないのです。現在時制の数秒間を体験させることができないからです」と述べる[#12]。

「皆にとって、これははじめての経験でした。現在時制を描いているためです。何が上手くいって、何がそうでなかったのかを考え続けました。なぜ上手くいったのか?いつそれは上手くいったのか?なぜ上手くいかなかったのか?いつ上手くいかなかったのか?いかなるときも出来事にコメントする音楽を書くように努めました。そのことで映画に高揚感を与えるようにはしませんでした。現在時制を維持し、スクリーンで観客が観ていること以上の音楽を作曲しないようにしなければなりませんでした。」[#13]

ニューマンは映画における高揚感ついて次のようにも話している。

「これは非常に直感的な体験です。問題は常に高揚感の基準とは何であるのか?どのように音楽は高揚感やその瞬間その瞬間のサスペンスを助けることができるのか?可能性に富むようにしなければなりませんが、必ずしも問題に答えなくてもよいのです。もし問題へと必ず答えてしまえば、そのことで体験することへの興味を失わせ、ことを悪化させ、尊重がなくなってしまうからです。」[#14]

ニューマンにとって最も難題であったシークエンスは、映画のはじめにある。ドイツ領を越えて伝令を届ける危険なミッションが始まる際に、ブレイクとスコフィールドが人が密集した塹壕を進んでいく場面だ[#14]。メンデス監督は、ニューマンが登場人物の動きとペースを掴むまで多くのアイデアを却下した。「そのルールに基づいて音楽を繰り返すことができるのか?または、音楽は変化し続けるのか?それらに関心を向けないように、体験を豊かにしました」とニューマンは述べる[#15]。

「そのシーンは、物語に関わっているだけでなく、ペースと緊張の観点から考慮する必要があります。どの程度台詞の中で音楽は際立つことができるのか?どのように自分は緊張の本質を扱うことができるのか?ふたりが塹壕を歩くときに、遮蔽は常に変化します。それらに注意を向けない方法で、音楽は減衰して動いていかなければなりません。」[#16]

映画の中盤でブレイクが命を落とすという悲劇が起こるとき、ニューマンは非常に心を揺さぶられるスコフィールドのために優しい音楽を書いた。しかし、メンデス監督はそのアプローチを却下した[#17]。

「彼は、その瞬間の過酷さと冷淡さを求めました。彼は正しかったと思います。彼は感情を遅らせたかったのです。(スコフィールドが)トラックに足を踏み入れるまでの8分間または、10分間です。それは、彼にとっての内省の瞬間です。」[#18]

スコフィールドがブレイクと別れてからトラックに足を踏み入れたシーンで、ソロのチェロによって叙情的な嘆きが奏でられる[#19]。ニューマンはそれを「友情のテーマ曲」と呼ぶ[#20]。その楽曲は映画の最後で反復されている[#21]。以下は、その最後のシーンについてニューマンが述べた言葉である。

「最後に、映画はヴォキャブラリーを伝えてくれます。広々とした場所にいれば、よくない選択からの窮地を脱したということです。そこには、実際に学んだことのすべてがあります。」[#22]

最も目立つヴィジュアルのひとつは、フランスの村の廃墟を照明弾が照らす夜景である。ニューマンのスコアは、オーケストラのサウンドの壮大な大聖堂の中でミステリアスなコードを背後に、螺旋状に上昇して下降する弦楽器の音と共にオペラのように奏でられる(サウンドトラックでは、“The Night Window”と名づけられた楽曲)。メンデス監督は、音楽で駆り立てられる瞬間を求めた。ニューマンは、そこで5、6のアイデアに基づく音楽を書いた。しかし、ニューマンによれば、非常に優れたアイデアがあったが、メンデス監督は60%または70%ほどしか気に入っていなかった。その後、ニューマンが映画の中でアイデアを構築し直してようやくメンデス監督が求める音楽に行き着いた。この映画には、音楽がドラマを前進させる数箇所の瞬間があるが、このシーンこそがそのひとつに当たるのだとニューマンは説明する[#23]。

「私はその映像に多くのアイデアの音楽を書きました。しばしば、サムとアイデアを共有しています。エモーショナル対ドラマティックという問題がありました。結果的に、音楽によって、場所、夜の照明弾、光と闇のコントラストを表現する必要がありました。答えなければならない問題とは、『恐怖を表現するのか?奮闘を表現するのか?ディストピアの美しさを表現するのか?』でした。メンデスは、ディストピアの美しさを常に求めました。だから、問題は、『そのサウンドとは?』になりました。」[#24]

クライマックスは、スコフィールドが約6分間を全力で走り、伝令を届けるシークエンスである。ニューマンは、この約6分間の音楽を一度のテイクでレコーディングした[#25]。

「サムは、差し迫った感覚がなければならないことを理解していました。…『成功』は誤った言葉ですが、彼はそれを成し遂げます。その矛盾は秀逸でした。サスペンスに溢れていました。起こるであろうことを表現する音楽でなければなりませんでした。この楽曲は起こることが意図されているのです。」[#26]

【『1917 命をかけた伝令』のサウンドトラックから“The Night Window”】

参考URL:

[#1][#4][#5][#12][#14][#20]https://variety.com/2019/film/awards/oscar-score-1917-jojo-rabbit-little-women-1203428156/

[#2][#3][#6][#8][#9][#11][#17][#18][#19][#21][#23][#25][#26]https://www.latimes.com/entertainment-arts/movies/story/2019-12-30/composer-thomas-newman-1917-score-an-opera-for-nerves-and-emotion

[#7][#13][#14][#16][#24]https://www.thewrap.com/how-1917-composer-thomas-gloom-mendes-score/

[#10][#15][#22]https://www.indiewire.com/2019/12/composers-randy-newman-thomas-newman-original-score-oscars-marriage-1917-1202199239/

https://variety.com/2019/artisans/awards/sam-mendes-1917-roger-deakins-thomas-newman-1203440271

https://variety.com/2020/film/awards/from-1917-to-little-women-period-films-take-freewheeling-approaches-to-music-1203455301/

https://www.hollywoodreporter.com/news/joker-us-1917-composers-reveal-how-they-created-tension-terror-music-1266088

https://www.classicfm.com/discover-music/periods-genres/film-tv/1917-soundtrack-thomas-newman/

https://www.indiewire.com/2020/01/1917-oscars-best-sound-1202206930/

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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