現在日本で公開され話題を呼んでいる映画「バイス」(1)。ジョージ・W・ブッシュ大統領政権下で副大統領を務めたディック・チェイニーの政治キャリアを描いた映画だ。脚本・監督を手がけたのは人気TV番組「サタデー・ナイト・ライブ」の脚本家を経て「俺たちスーパーキャスター」、「俺たちステップ・ブラザーズ 義兄弟」等のコメディ映画を監督し、「マネー・ショート 華麗なる大逆転」でアカデミー賞脚色賞を受賞したアダム・マッケイ(2)。監督は「病気で2週間寝込んでいるときに、偶然友人からチェイニー副大統領に関する本を借りたんだ。本を読んでいかにこのカリスマ性を感じさせない、影に潜んだ男がホワイトハウスで政治をコントロールし、世界の歴史を変えたのかを知りショックを受けた」と語っている(3)。チェイニー前副大統領とは、イエール大学中退後電気工の仕事をしていたが、後の妻リンの後押しもあり、1968年当時から共和党・下院議員ドナルド・ラムズフェルドの元働き始め、リチャード・ニクソン大統領次席法律顧問、史上最年少34歳でジェラルド・フォード大統領の首席補佐官着任の他、下院議員、初代ブッシュ大統領時の国防長官等様々な政権下で政界に携わってきた人物だ。以降のジョージ・W・ブッシュ大統領下では副大統領ながら実質的に政権を操ったとされ、2001年の9・11テロ直後では遊説中だったブッシュ大統領の乗った飛行機のワシントン着陸を安全上の理由から認めず、大統領不在のホワイトハウス危機管理センターで自らテロ対策の陣頭指揮をとる。情報操作で世論を操り9・11の報復としてアフガニスタンへの空爆、イラク戦争を開始させたがフセイン政権とアルカイダは無関係が証明され、60万人の一般市民を犠牲にした戦争の根拠となった大量破壊兵器もついに発見されなかった。だがチェイニーは世界最大の石油掘削機販売会社”ハリバートン”のCEOを務めていたことがあり最大の個人株主でもあったが、イラク戦争により395億ドルの受注をアメリカ政府から受け、その結果巨額の資金を得たとされている。こうしたチェイニー前副大統領にまつわることに関してコメディ要素を交え映画は語られるが、「観客に何を感じさせたいかで映像のあり方が変わる」と言う撮影監督グレイグ・フレイザーの撮影アプローチを探って見たい。

 

「バイス」の撮影を担当した撮影監督グレイグ・フレイザーは1974年10月オーストラリア・メルボルン生まれ(4)。簡単に経歴を振り返ると、フレーザーは高校と大学で写真を学んだ後に、スチールフォトグラファーとしてキャリアをスタートさせている。以前は経済学者になろうと思っていた時期もあったと語っているが、ヴィム・ヴェンダース監督などと広告の撮影の仕事をした後、映画製作会社で働いていた友人たちの助けもあり、映画業界に転身。ジェーン・カンピオン監督の「ブライト・スター いちばん美しい恋の詩」の撮影監督に起用されシカゴ映画批評家協会の最優秀撮影賞にノミネートされた後、キャサリン・ビグロー監督の「ゼロ・ダーク・サーティー」で一躍有名になる。以降「フォックス・キャッチャー」(監督:ベネット・ミラー)、「ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー」(監督:ギャレス・エドワーズ)などを手がけ「LION ライオン 25年目のただいま」(監督:ガース・デイビス)でアメリカ映画撮影監督協会や撮影技術に特化した国際映画祭CAMERIMAGE等で数々の撮影賞を受賞する。

「バイス」の撮影意図に関して撮影監督は「僕らが描いたのは実際に存在する人間だ。我々が試みたのは史実や出来事に対して出来るだけ忠実にいることで、僕らは副大統領がどんな考えで政治活動を行なってきたかに関わらず、実在の人物の生活をなるたけ尊重して描こうと思った。チェイニー副大統領を悪魔のように映像的に描くことは意図的に避けたんだ。だから彼の家の中も暖かい色味で、穏やかさを出すようにライティングしているし、当時の家庭の雰囲気にも出来るだけ正確であることが大事だと思った。70年代ニューヨークのアパートの照明のような暗い感じにはライティングしたくなかったんだ。ホワイトハウス内で起こったことを全て見たことのある人物はいないし、観客は俳優が演技をしていることをはっきり理解している。これは演じられたドキュメンタリーだ。だから実際に起こったと思われる出来事に対し出来るだけ忠実でいるということが、歴史を目撃するということに最も近いと思ったんだ」と語る。

「バイス」の撮影にはアダム・マッケイ監督の推薦もあって、35mmフィルムカメラ(Arricam ST, LT, Arriflex435,235)とコダックフィルム(vision3 200T,500T)を撮影の大部分で使っったという(5)。また約50年に渡る時代表現のため「1950年代以降のそれぞれの時代のニュース映像等を再現するシーンにはSuper 16mm, Super 8mmなどのフィルミカメラから、ヴィクターや池上、Mini DV、初期のハイビジョンカメラなどあらゆるものを使って撮影した。でも僕らが撮影したものは経年劣化がないぶん綺麗だったので、後にポスプロでアーカイブ映像の感じをを出すために解像度を落としたりして、実際のニュース映像との質感も合わせたんだ。この映画には”ゼロ・ダーク・サーティー”のような強烈な銃撃戦はないけれど、同じような強度を持った会話劇が至る所で繰り広げられる。例外もあるが会話をより観客に意識してもらうために、基本的にはカメラはあまり動かさず、映像がシンプルであることが大事だと思っていた」とグレイグ・フレイザー撮影監督は語る。

「バイス」を見ていると、個人的な史観で映画を作らないという姿勢のためか、チェイニー前副大統領が下してきた決断とその影響が歴史的事実としてより重くのしかかる感が拭えない。アダム・マッケイ監督は「チェイニー前副大統領が行なった最大の事はイラク戦争を開始させたことだろう。国防情報局も開戦のための情報操作で不正を働いたことが分かり、政府が国民のためには動かず、我々の意思も反映させてくれないことがはっきりしてきた。抽象的な意味でチェイニー前大統領は我々の政府に対する目線を変えてしまったし、実質的には中東世界を混乱させ、ISISを生み出してしまった。負債は3倍に膨れ上がって、世界経済も混乱させた」と言う(6)(7)。「チェイニーのような人間が権力を手に入れるのに我々の退屈を利用したんだ。政治家のやることなど関係ないと言うような我々の無関心を利用し、彼は暗い溝の中で、スポットライトを避けて政権を振るった。そこが本当の権力の住む場所だ」。平成から令和へと年号の変わったこの時期、世界情勢の変遷と行く末を「バイス」を通して感じることが出来るかもしれない。

 

(1) https://longride.jp/vice

(2) https://www.imdb.com/name/nm0570912/

(3) https://www.denofgeek.com/us/movies/vice/278308/vice-what-drew-director-adam-mckay-to-dick-cheney

(4) http://www.cinematographers.nl/PaginasDoPh/fraser.htm

(5) https://ascmag.com/magazine-issues/january-2019

(6) https://www.npr.org/2019/01/03/681880599/vice-traces-dick-cheneys-ascent-from-yale-dropout-to-d-c-power-player

(7) https://www.thewrap.com/vice-adam-mckay-dick-cheney-donald-trump/

 

<p>戸田義久 

普段は撮影の仕事をしています。

https://vimeo.com/todacinema

新作は山戸結希監督 「21世紀の女の子ー離ればなれの花々へ」、吉田照幸監督「マリオ AIのゆくえ」、ヤング・ポール監督 映画「ゴースト・マスター」、越川道夫監督「夕陽のあと」等。CM/ユニクロ/ 映画「かぞくのくに」「私のハワイの歩きかた」「玉城ティナは夢想する」/ ドラマ「弟の夫」「山田孝之のカンヌ映画祭」「東京女子図鑑」等

 


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