ピクチャーハウス・シネマは、イギリスで第2の規模を誇る映画興行企業シネワールドを母体とした映画会社であり、イギリス国内に26の劇場を有するほか、ピクチャーハウス・エンターテイメントでは自社配給も行っている。(2:参考)

そんなピクチャーハウスが、同じくイギリスの映画会社カーゾンが配給した作品を今後ピクチャーハウスの劇場で上映しないという声明を発表した。

 

カーゾンは1934年に設立された、イギリスの歴史ある映画興行会社であり、現在イギリス国内に13の劇場を所有する。配給部門は1976年に設立されたArtificial Eyeがカーゾンの傘下に入る形で誕生し、ミヒャエル・ハネケ、ラース・フォン・トリアー、リン・ラムジー、アッバス・キアロスタミ、アンドレア・アーノルド、アンドレイ・タルコフスキー、ピーター・ストリックランドなど、その他大勢の有名監督の作品を配給している。2014年にはイギリスのスクリーン・アワードの配給部門にも選出された実績のある配給会社だ。 そして2010年からは独自の配信サービスの展開も行うようになる。これは劇場公開の同日から、カーゾンが自社配給している作品を自宅で鑑賞できるCurzon Home Cinemaといわれる配信サービスで、ウェブサイトやアプリで作品を視聴することが可能だ。(1:参考)

問題となったのはこの配信サービスだ。ピクチャーハウス・シネマによれば、劇場公開と同時に配信を行うカーゾンのサービスが、Theatrical Window(以下、劇場公開期間)をないがしろにしているというのだ。これは、映画が映画館で公開されてからレンタルや配信サービスが開始されるまでの期間のことである。 以下にピクチャーハウス・シネマの声明文を引用する。

 

ピクチャーハウスは劇場公開期間を短くすることはない。私たちはこれまでずっと、映画体験というものを心から大切にしてきており、これを支持してきた。映画が映画館で観られるものとして作られているならば、劇場公開期間が尊重されるべきだ、というのが私たちの姿勢だ。 ピクチャーハウスは映画製作者たちに活動の地盤(home) を提供し、大きなスクリーンで彼らの作品を上映できることを誇りに思っている。私たちはアート系の映画など、幅広い映画を上映し、特別イベントやQ&Aを開催して作品を支えている。

イギリス国内のいくつかの配給会社は、劇場公開期間を無視することによって、私たちのこのようなサポートに対して優位に立とうとしている。私たちはこの事実に気づき、劇場公開期間を維持するという姿勢を再び取り戻すべく、関係者らに申し入れをした。 私たちは新しい映画館の設立に投資を続けて行くし、現状をより良いものにしていくつもりだ。ピクチャーハウスが提供するものを求めているどんな地域でも、映画を愛する人々に素晴らしい体験をしてもらうために。私たちはこの3か月間で2本の新作を公開し、2019年、その先にも、さらなる公開のプランがある。

ピクチャーハウス・エンターテイメントに関して言えば、イギリス国内でも活気のある配給会社である。 2016年に配給部門を再開して以来成功を収めており、今年もサンダンスやベルリンで満足のいく刺激的な作品を購入することができた。どんな他の企業の指針にも応じたわけではない。これまで私たちは成功を収めてきたし、彼らの作品を劇場の観客に届けるという、製作者からの信頼を誇りに思っている。(2)

 

ピクチャーハウスは各劇場に厳しい劇場公開期間を設定し、今後は劇場上映と家庭用鑑賞サービスの間に16週間の期間を設けている映画のみ上映することとなる。つまり、それよりも短い劇場公開期間であったり、 劇場公開と同時に配信されるような映画は上映されないということだ。よってカーゾンの配給映画は全て上映されることはない。(2)

近年、ピクチャーハウスのような小規模の映画チェーンや単館の映画館は、配給会社と協力して劇場公開期間を短くしたり、時には同時配信の戦略を取ることもある。これによって劇場で大きな地位を得ることが難しい自主映画は収益を押し上げることができるのだ。特に、2,3週間以上映画館で上映するのが難しい映画は、配信サービスから入ってくる収益をあてにしてこのような体制を取ることが多い。(2)

ピクチャーハウスの新たな体制により、伝統的な劇場システムの先に新たな戦略を見据えている配給会社の作品が一部の劇場に映画をかけられなくなるのだ。(2)

 

 

 

カーゾン側の主張

 

カーゾンのCEOフィリップ・ナッチブルはピクチャーハウス・シネマのこの決定について次のように語る。

「カーゾン・フィルムではこの8年間、同日配信サービスを展開して実りある仕事をしてきたが、今回のことはピクチャーハウス・シネマの観客をとてもがっかりさせるに違いない。現在、そのような決断に至る根拠はないはずだ。」 (2)

「私たちはピクチャーハウスがこの決定について再考し、私たちが提供する素晴らしい映画を観る機会を観客に与えてくれるよう願っている。誤解を避けるために言うが、 カーゾンの映画館では、現在上映中の『カペナウム』も含め、引き続きピクチャーハウス・エンターテイメントが配給する映画を上映するつもりだ。私たちにとっては、観客の選択とアクセスが最も重要なことだから。」(2)

 

カーゾンはピクチャーハウスの最大のライバルの一つだ。しかし、Netflix作品の上映に関しては国内で優先権をもっているなど、ピクチャーハウスとは真逆の方向にビジネスを展開している。 同時配信に関して言えば、去年の『COLD WAR あの歌、2つの心』(2018)を劇場公開と同時に配信し、今年の外国語のアート系の映画では150万ドルの最高の興行成績を上げた。また、2017年にパルムドールを受賞した『ザ・スクエア 思いやりの聖域』 などもすべて公開と同時に配信されている。(2)

カーゾンのこのような方針には、観客の目線に立った主張があるようだ。以下、公式サイトからの引用である。

 

カーゾンは時の試練に立たされており、観客の需要や、映画業界が大きく変容しているという事実に適応して展開しています。しかし私たちの根底にあるのはいつも、映画が終わって明かりがついた後もしばらくあなたと共にあり、会話に花を咲かせるような、共有する価値がある映画を提供することです。(1)

 

実際カーゾンの戦略は成功しているようだ。配信サービスの収益は2017年から2018年にかけて97% 上昇し、全レンタル収益の10%にも及ぶという。(3)

しかし、2018年において配信サービスの人気上昇が劇場の入客を奪うということはなかったという。「 我々の劇場の状況から見るに、オプション価格によって配信サービスは劇場と対立するものではなく、むしろ劇場を支えるものになる。」ナッチブルは言う。「劇場鑑賞にこだわらない映画ファンは、会話の中で映画についてシェアしたいと思う。その会話が、日常会話でもネット上でも構わないが、どちらにしても映画の成功につながる。」 (3)

実際のところ2018年はカーゾンにとって成功の年であった。劇場全体としての収益は2017年から8.6% 上昇した。オックスフォードとコルチェスターに新しくできた劇場の収益を除いたとしても、興行収入は3.9% アップしている。 イギリス全体の劇場収益が横ばいであることからも、イギリスの平均的な市場を著しく上回っているといえよう。(3)

一方でナッチブルはまた、インディペンデントやアート映画にとっては「とても競争の激しい市場」であると認識しており、この同時配信の戦略によりこうした映画がクラウド上で観客を捉えられるようになると考えている。 「同時配信サービスでは、こういった映画がより幅広く、より関心のある観客に集中してマーケティングや広告活動を一度に行うことができる。 劇場と配信サービス両方でこうした(インディペンデント系の)の映画を中心に置くつもりだ。」 2019年にはホクストンとキングストンに新たな劇場をオープンさせ、イギリスでの実績を着実に積み上げていくようだ。 (3)

 

映画業界の世界的な転換点

一方で、ピクチャーハウス・シネマは世界規模で展開する映画興行会社シネワールドの子会社だ。シネワールドといえば、『ROMA ローマ』が英国アカデミー賞を多数受賞したことを受けて、同アカデミーから脱退したことで話題になったばかりだ。これについては、3月4日のライブドアニュースで以下のように取り上げられている。  

 

同賞を主催する英国映画テレビ芸術アカデミー(BAFTA)は、会員に宛てた手紙で「誠に遺憾ながら2月26日、映画賞の選考基準に対する懸念を理由に、シネワールドからBAFTAへの支援を撤回する決定を下したとの通知を受け取りました」と説明。「ROMA ローマ」の同賞ノミネートをめぐってはつい先日も、同じく英映画館チェーン大手のビューが、「ノミネート資格を得るためだけに、Netflixが形ばかりの劇場公開を行った“テレビ映画”を許容するのは納得がいかない」としてBAFTAへの支援を打ち切ると表明していたが、BAFTAは前述の手紙のなかで、「今後数カ月のうちに、話し合いのもと資格要件と選考基準の見直しを行う」ということで和解したことを示唆したうえで、「業界内のあらゆる分野との対話を通じて見直しを図るべく、興行主各位からも積極的にご意見を頂戴したい」と会員らに呼びかけた。(4)

AMCとリーガル・シネマズの2大映画館チェーンが、アカデミー賞作品賞にノミネートされた映画を授賞式前に再上映する特集のラインナップから同作を外すなど、米興行界からの風当たりも強まるなか、シネワールドのBAFTA脱会によって、映画祭とNetflixをめぐる論争は今後ますます激化しそうだ。(4)

 

映画会社の在り方が二極化している中、イギリス国内のその他の配給会社にも反応が見られる。

ロンドンの配給会社Thunderbird Releasingの劇場担当であるデイヴ・ウッドワードによれば、Thunderbirdは、いくつかの作品において16週間の劇場公開期間を尊重することに前向きだという。 最近の配給作品では、カンヌで成功した『万引き家族』や『バーニング 劇場版』はできるだけ長く劇場公開期間を設けて公開されることになり、興行成績も好調だ。そして先週『ザ・キンダーガーデン・ティーチャー』を16週間の期間をもって公開した。(2)

しかしながら、Thunderbirdがまもなく公開する『Sorry Angel』のような作品は、16週間をという期間を待たないため、 ピクチャーハウス・シネマでは上映されないことになる。 ウッドワードによれば、インディペンデント映画の中には、16週間にわたって作品の勢いを持続させることが難しい作品もあり、 しかも宣伝などにかかる予算も、常に劇場と家庭用のサービスで分けられているわけではない。 彼は一般的に劇場公開期間が12週間に設定されているアメリカに劇場期間を合わせるという選択肢も提唱した。(2)

 

現在、Netflix作品『ROMA ローマ』の成功もあり、カンヌやハリウッドで多くの議論が巻き起こっている。IndieTokyoでもこれまでNetflix問題については何度も取り上げてきた。

そんな中で起きたのが、今回のイギリス国内での配給会社と劇場の指針の対立である。 観客目線でいえば、方針の違いにより観られる映画の幅が狭くなってしまうのはとても恐ろしいことである。たとえば、イギリスの都市ブライトンやケンブリッジでは、ピクチャーハウス・シネマが唯一のシネコンだ。特定の配給会社の映画が地元で見られなくなるというのはとても残念なことだろう。特にカーゾンは大手の配給会社であり、先週も『運命は踊る』を劇場公開し、今後、『Girl/ガール』、『永遠の門、ゴッホの見た未来』、『ヴォックス・ルクス』、『Birds Of Passage』、『In Fabric』、『The Souvenir』と作品が続く。もし自分の地元の映画館でこれらの作品が見られず、選択肢がなければ観客にとっては悲劇だ。しかし、映画という文化を支えていくという観点では、現在映画産業全体として岐路に立っていることも、それぞれの立場も理解ができる。

そして、配給会社と劇場の問題とはいえ、やはりNetflixと結びつきの強いカーゾンと、シネワールド傘下のピクチャーハウスという構図であり、映画祭や賞としてだけではなく、映画産業全体として世界的に、私たちが岐路に立っていることがわかる。

 

《参考》

  1. https://www.curzoncinemas.com/about-curzon
  2. https://www.screendaily.com/news/uks-picturehouse-cinemas-introduces-strict-theatrical-windows-policy-update/5137404.article
  3. https://www.screendaily.com/news/curzons-uk-premium-vod-platform-sees-97-rise-in-year-on-year-revenue-/5136283.article
  4. http://news.livedoor.com/article/detail/16107395/

小野花菜 早稲田大学一年生。現在文学部に在籍しています。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。


コメントを残す