この映画は英国の人気作家ジェイムズ・ハドリー・チェイス(1906-1985没)のサスペンス小説「悪女イヴ」の映画化である。監督は『シングル・ガール』 Le Fille seule (1995)、『マリー・アントワネットに別れをつげて』 Les Adieux à la reine (2012)等で知られるブノワ・ジャコー監督。
 
『EVA』官能と誘惑 
—すべての男たちがこの女-娼婦-に狂わされる—
この文句に惹かれて映画を観た人は、いささか当惑してしまうかもしれない。
成程表面的にはそうだ。他人の戯曲の盗作から成り上がった主人公のベルトランは、妙齢の娼婦エヴァに出会い入れ込むうちに周囲をも巻き込んで破滅の道を進んでいく。この映画は「運命の女」、転じて「悪女」が男を破滅に導くというファム・ファタール映画である。
 
しかし、私には娼婦エヴァはベルトランを誘惑していたようには思えなかったのだ。
ここに、この映画の重大なポイントがあるように思われる。
 
娼婦として仮面を被ったエヴァから化粧を落としたエヴァの正体が明らかになっていくにつれ、彼女は男を惑わすのが目的ではなくある”目的”のためにお金を稼いでいるに過ぎないことが分かる。そしてそれは、彼女の仕事に対する態度からもはっきりとわかるのだ。彼女に近づこうとするベルトランに対して彼女は何度も警告する。「私を落とそうなんて思わないで。」と。彼女には愛する夫がいるのだ。(夫を愛する彼女がなぜ娼婦をするのかは映画を観てからのお楽しみ!)
 
ここで、一方ベルトランの人物像について考えると、ブノワ・ジャコ―監督が今この作品を作った理由というのが見えてくる。
 
先述したように、ベルトランは別荘で偶然エヴァに出会い、そして彼女と自分の物語を題材にした作品を作るという理由で彼女に接近し、次第に彼女に入れ込んでいく。しかし、その惹かれる理由がはっきりと描かれていない。そしてその理由は最後まで分からないままだ。(勿論、恋に落ちるのに理由はいらないという一面もあるとは思う。)そしてさらにエヴァとの関係性以外も視野に入れると、ベルトランの生き方そのものがあやふやなことがわかってくる。
冒頭でベルトランは他人の作品の盗作で成り上がり、美しくてお金持ちの娘も手に入れ、一見成功を手にしたように見えるが、彼は2作目が書けずに追い詰められた状況だ。ここで一念発起して目の前の問題と向き合えばいいものを、彼はのらりくらりと言い訳をしながら執筆に向き合おうとしない。執筆に取り組もうとする彼の姿は度々描かれるが、ものの数分で行き詰まり、Macをパタンと閉じて頭を抱えるか、ふて寝をする彼の姿を何度も目にするだろう。さらに彼の周囲に対する態度は軽薄で自己中そのものである。周囲のことなど微塵も考えない。ただただ頭には自分のことしかない、そんな人物像として描かれている。
 
ベルトランはエヴァに”狂わされたのではない”のではないか。
                          
彼は自分のアイデンティティをもてず、(そしてそのことに気が付いてもいない)偶然現れたエヴァの存在に飛びつき、自ら狂っていったのではないか。彼女との物語を題材に戯曲を書きながら、彼の頭の中だけでエヴァの存在が『悪女』に仕立て上げられていく—-。
 
ブノワ・ジャコー監督が描いているのは、美しい女が男を惑わす物語だけではない。自分のアイデンティティをもてない人(男)が辿る運命をも描いている。そしてこのアイデンティティを巡る問題は、現代多くの人が抱える問題であるのは想像に難くないだろう。
 
そして大筋とは逸れるかもしれないが、私が思い浮かべたことは、人生は鏡であるということだ。
ベルトランは彼を愛してくれる献身的な恋人を振り回し、一方エヴァに振り回される。恋人は愛を与え求めるが彼はそれに応えようとしない。そして彼はエヴァからの愛をも勝ち取ろうともくろむが、失敗する。
 
私はベルトランは誰のことも愛していなかったと思う。
自分のことしか愛していない彼は、誰からも愛されずに終わるのだ。
 
自業自得、因果応報と昔から言うように、そういった普遍的な人生の教訓も浮かび上がらせつつ、現代に通じる問題も描いている。
 
このような視点から見ると、ブノワ・ジャコー監督が『EVA』を生み出した理由がわかるだろう。
 
 
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『EVA』は7月7日からヒューマントラストシネマ有楽町をはじめ公開中。
http://www.finefilms.co.jp/eva/
 
出演:イザベル・ユペール、ギャスパー・ウリエル、リシャール・ベリ    
監督:ブノワ・ジャコー『マリー・アントワネットに別れをつげて』
2018/フランス/カラー/フランス語/102分 映倫:G
原題:EVA    
原作:「悪女イヴ」 ジェイムズ・ハドリー・チェイス(小西宏訳) 創元推理文庫
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本    
配給:ファインフィルムズ 
©2017 MACASSAR PRODUCTIONS – EUROPACORP – ARTE France CINEMA – NJJ ENTERTAINMENT – SCOPE PICTURES
 

永山桃
早稲田大学4年生。ブノワ・ジャコー監督作品で好きな作品は『シングル・ガール』です。あとは、猫が好きなのに、柴犬をかっています。ワンワン!