『1:54』(106分 /カナダ・ケベック / 2016年)
監督:ヤン・イングランド
出演:アントワーヌ・オリヴィエ・ピロン、ロバート・ネイラー、ルー・パスカル・トレンブレイ、ソフィー・ネリッセ

走ることはこんなにも美しく、激しく、そして繊細だったのかと驚く。
主人公のティムは優れた身体能力から陸上で将来を期待されていた。しかし自分のコーチであった母親の死をきっかけに走ることをやめてしまった。辛い高校での生活の中、唯一の親友であったフランシスとの別れをきっかけに彼は再び走り始める。

ティーンエイジャーの舞台となる高校という場所はとてつもなく過酷な場所だ。自分のセクシュアリティや居場所を模索している最中にそれらを的にした言動がはびこる。いじめ、をテーマにした作品だと簡単に片付けたくないのだが今作はあまりにもリアルで陰湿でそしてどうしようもなく救いのない世界が描かれている。走る行為は地に足をつけて、一歩ずつ前に進んでいくとても物理的な世界なのに対してSNSやネット上で繰り広げられる悪意に満ちたいじめはつかめない、形のないバーチャルな世界だ。フェイスブック、ツイッター、メールなどあらゆるソーシャルメディアやネットの繋がりが登場する本作では身体的ないじめとの対称性が描かれている。

主人公のティムは親友のフランシスに恋心を抱いていたがその想いは届くことなくあっけなく別れがくる。自分が自分であることに対してこんなにも世界は厳しいのか、ティムはひたすら走る。

トレーニングを再開した当初のティムは同じ種目で競争するいじめっ子のジェフに激しいライバル心を抱くが物語が進むに連れてそれは徐々に誰かとの戦いではなく自分自身との戦いになっていく。これが目標タイムにした(そして今作のタイトルである)「1:54」という数字へのカウントダウンから読み取れる。

走り始めたティムは少しずつ友達と、父親と、そして自分自身とつながり始める。走ることが彼をこの世界に留め続け、そしておそらくこれが自分をどこか違う場所へ連れて行ってくれるという淡い期待を抱きながら。

トーンダウンされ、青味のかかった映像。光がこぼれ落ちるように彼の背後から差す。高校の廊下の人混みの中に佇むティムの姿は自分自身を探しているかのような途方に暮れて迷ってしまっているかのようだ。今作には「世界が止まる瞬間」がいくつか登場する。その時、彼の中の世界と現実とが一気に衝突している。映像的にはスローモーションで映し出されているのだが、そこから浮かび上がってくるのは激しい感情とリアルな感覚だ。

本作は監督ヤン・イングランドの初長編作である。2011年に短編作品『Henry』がアカデミー短編映画賞にノミーネートされた彼はラジオやテレビ番組で主に活動してきた経歴がある。繊細な色味やショットを繰り広げる撮影監督はグザヴィエ・ドラン出演作品『神のゆらぎ』を務めたClaudine Sauvé。エモーショナルな語りと彼女の光使いが織りなす成長と絶望の物語。

この作品を含め、映画祭では現在12本の長編映画と11本の短編映画も配信中!
また、2月2日~4日にはアンスティチュ・フランセ東京にて、映画祭配信作品の上映も予定されている。
IndieTokyoメンバーによるレビューブログもまだまだ続くので、お楽しみに!
【第8回マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル】
開催期間 :2018年1月19日(金)~2月19日(月)
料金   :長編映画-有料(各配信サイトの規定により異なる)、短編映画(60分以下)-無料
配信サイト:青山シアター、アップリンク・クラウド、VIDEOMARKET、ビデックスJP、DIGITAL SCREEN
短編のみ :GYAO!、ぷれシネ
長編のみ :iTunes、Google Play、Microsoft Store、Amazon Instant Video、Pantaflix
※配信サイトにより配信作品や配信期間が異ります。
公式サイト:www.myfrenchfilmfestival.com
アンスティチュ・フランセ東京
「スクリーンで見よう!マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」

mugiho
好きな場所で好きなことを書く。南の果てでシェフ見習いの21歳。日々好奇心を糧に生きています。映画・読むこと書くこと・音楽と共に在り続けること、それは自由のある世界。