『婚礼』Noces(98 分、ベルギー)
監督:ステファン・ストレケール
主演:リナ・エル=アラビ、セバスチャン・ウバニ、ババク・カリミ

二重文化とアイデンティティの螺旋迷路

ここ10年かそこらの間にムスリムを扱った映画に大きな変化があるとしたら、近代化して西欧的な価値観を引き入れつつも、伝統的な慣習を強要される女性たちの物語が増えたことだと思う。そしてイランの名匠アスガー・ファルハディはそんな女性たちをサスペンス・タッチで(窃視的に)描くことで、イラン社会にとどまらず今も男性的な社会構造の中で女性たちが否応無く背負わされる立場とそこに潜む心理の正体を暴いて、イラン映画のアクチュアリティを世界中に知らしめた。

こういった映画に登場する女性たちはイスラム圏のドメスティックな価値観の内側にいて、苦しみながらもその側面を担っていること(自分と同じような人生を子に背負わせるようなこと)が多い。だが、もし異なった(西欧的な)価値観の中で育っていたとしたらそれはとてつもなく過酷なはずだ。ベルギーで生まれ育った18歳のパキスタン人の少女・ザヒラを描いた『婚礼』は、まさにそういう映画だ。

ザヒラはヒジャブをつけたり外したりする。ムスリム・ファッションが流行する昨今ではヒジャブに関する考え方は日進月歩変化しているが、伝統的には同性や家族の前だけでしか外した姿は見せない。彼女のヒジャブは彼女の迷いを表す。彼女は妊娠しているのだ。しかし深夜にクラブで遊び、男の子のバイクに二人乗り、帰り際に頬にキスをする。そんな高校生活を過ごす姿はいたって年相応に見える。

医師と妊娠・中絶の相談をするシーンで彼女は「魂はいつから宿る?」と問う。その不安気で強いまなざしからは、彼女の信仰心と新たな魂を背負う責任感を感じられる。彼女の中に混在するこの信仰心と自由な価値観の在り方は興味深いものだ。しかし、彼女は中絶せざるを得ない。婚前の妊娠など、彼女の家族にとってはあってはならないことだからだ。(ちなみにイスラム教の一部では120日までは魂が宿っていないので、中絶は禁止されていないこともあるらしい)

親に決められた人口中絶や、お見合いを嫌がるザヒラを説得しに来た姉も婚前に秘密で行ったという処女膜復活手術、Skypeによるお見合いと挙式など、現代のテクノロジーなら当然のようで、実際には新旧入り混じったねじれた現代化のディティールは彼らの伝統的な価値観の根深さを浮き彫りにする。しかもこれらのテクノロジーを使う背景には子供たちの環境と伝統的な慣習のギャップを埋めようとする親なりの愛情さえ含まれている。「時代についていかなくちゃ」とつぶやき、妊娠するザヒラを手ひどく叱ったりするわけでもない(かなり優しい)親たちにさえ、ザヒラの中で育った価値観の在り方は理解できないのだ。

ザヒラは中絶したあと親にお見合いを強制される。彼女はきっと自分の中に芽生えた価値観を共有できる相手を探していた。しかし親身になってくれる兄にも、親友にもその悩みを解決することはできない。それはそもそもおそらく世界中のどこの誰にとっても困難な、愛に関する悩みなのだ。一緒に婚前逃亡をする年下の男の前で、ザヒラは孤独さをたたえた優しい(まるでその人とずっと一緒にいることはできないことを知っているかのような)表情をしている。何人たりとも少女から大人の女性へと成長した彼女のこの柔軟な抵抗を奪うことなどできないはずなのに。

寄り添うようにザヒラみつめるカメラは、時折彼女と同じような距離で彼女の兄や、両親の苦悩の表情をとらえる。誰も彼女を不幸にしようとなんかしていない。しかし彼女への愛情ゆえに、また彼女の正しさゆえに、家族は同じ道を歩むことができないのだ。全員宙吊りになった感情を抱えたまま、不穏さに包まれた彼女の家で起きる出来事に悪人をみつけることはできない。国を捨て、文化を捨てることが正義ではない。二重文化に芽生えた新たな価値観を育てる方法はないのだろうか。現代社会はその抜け道をまだ見つけ出せずにいる。

監督はベルギーで映画批評家、スポーツジャーナリストとして活動しているステファン・ストレケール。監督作はこれで長編3本目になる。前作の『世界は俺らのもの』は2014年マグリット映画賞受賞した。怪優オリヴィエ・グルメ(『ダケレオタイプの女』)とルイ=ド・ドゥ・ランクザン(『あの夏の子供たち』『ライオンは今夜死ぬ』)がザヒラの親友親子を演じています。ザヒラ役のリナ・エル=アラビはオーディションで選んだモロッコ出身のフランス人なんだって。超短期間でウルドゥー語の発音を練習した頑張り屋さん。どうやら監督はザヒラに抵抗の女神としてアンティゴネーを重ねていたようです。たしかに彼女はたくましい。でも、悲しすぎるよ。

 

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上田真之
イベント・上映部。早稲田松竹番組担当、ニコニコフィルム。『祖谷物語~おくのひと~』脚本・制作。短編『携帯電話はつながらない』監督。2018年春、スタッフとして参加した『泳ぎすぎた夜』公開します。是非!