東京国際映画祭4日目。今回紹介するのは、コンペティション部門、内モンゴルを舞台に一組の夫婦を描いた中国映画『チャクトゥとサルラ』だ。

チャクトゥとサルラの二人が暮らしているのは中国の内モンゴル自治区。
モンゴルといって多くの人がイメージするのは、広大な草原やゲルではないだろうか。
この映画はまさに、そんなイメージ通りのモンゴルを映している。そしてそれは私たちが想像しているよりもはるかに雄大で美しい。
しかしそんな地にも、私たちと同じ現代に生き、実際に生活を営んでいる人々がいる。それは馬とスマホが共存する世界だ。民族衣装の下にはタンクトップを着ている。

時代の変化に取り残される焦燥感、都会的な消費文化へのあこがれ。代々受け継がれてきた生活形態にもやはり消費文化が忍び寄る。
そんな中で、この夫婦二人が見ている世界は全く異なっている。自分の生きている世界を広いと見るか狭いと見るか。その大きさの違いを、遮る物のない、遥かかなたまで続いているかのような壮大な自然が引き立てている。この映画の見どころといってもいいこの雄大な風景は、撮影監督が何度も現地に足を運んで撮られたものだという。

監督は、「社会の規範に従うのか、自分の願望に素直になるのかは、永遠には生きられない人生で、遅かれ早かれ誰もが直面する問題」だという。この映画は「生活と願望の対立というすべての人にとって永遠の課題を見つめるストーリー」だ。
どうしようもない二人の差異に直面し、この先の人生をどのように歩んでいくのか、二人は選択を迫られることとなる。

 

 

舞台はモンゴルの草原だが、監督のワン・ルイは漢民族で、他の多くのスタッフも北京電影学院で教えている。一方、この作品の原作となった小説「放羊的女人」(羊を飼う女の意)は、内モンゴル出身の作家、漠月によるものだ。さらに、脚本のチェン・ピン、主演の二人も同地域で活躍しているモンゴルの俳優である。Q&Aでは、漢民族である監督が内モンゴルを舞台にした小説を映画化したことについて、次のように語った。
「初めて小説を読んだのは十数年前のことだったが、非常に構成が面白いと思った。」
ネタバレを避けるためにここでは詳細を省くが、全編を通してみると、確かに夫と妻の立ち位置の変化がみられる。

「この映画を今回撮るまでに、私の人生にも色んな出来事があり、環境も変わった。それは私の個人的なこともあったし、中国がその間にものすごく大きな変化を遂げたということもある。最初に読んだときに映画にしようと思った感覚と、今回撮った映画の間にはかなりの変化があった。」
「この十数年前の思いを今日まで抱き続けてきて、やっとこの映画を撮り終えたということを嬉しく思う。」

そこで主演に抜擢されたのが、夫チャクトゥ役のジリムトゥと、妻サルラ役のタナだった。
実際にタナの実家は放牧によって暮らしている。
「そういうところで育った私にとってこの映画は、私がどのように今までの経験をいかしてちゃんと演じられるかというテストのようなものだった。これまで家庭など色んな環境の中で得てきたもの、そういう中で暮らした気持ち、感受性をこの映画を演じる時に発揮できたと思う。」
また、この映画の見せ場でもあるチャクトゥの馬追いのシーン。この疾走感と躍動感も、草原で100頭ほどの馬と共に育ったジリムトゥだからこそできた名場面と言えるだろう。

 

監督はまた、現在の中国の映画市場にも言及した。
「非常に発展がはやく、興行収入もどんどん上向きになっている。そういう中で一つ正常ではない伸び方をしているものがある。つまり、映画の内容があまり豊かでなくなってきたということだ。様々なジャンルというよりも、絞られてきているような気がしている。」
「この映画は、ただ芸術映画として映画界の人だけに見てもらうのではなく、より多くの方々に見てもらいたいと思っている。中国の映画は、スタイルも形式もより広がっていくというのが健全な発展だと思っているので、この作品がこういった可能性を提示できていれば嬉しい。」

私自身人生経験が浅く、この夫婦のような「生活と願望の対立」にしっかりと向き合ったことは未だないように思われた。しかし、これまで未知のものであったモンゴルの生活を通して、いずれ訪れるだろうそのような困難にも思いを馳せることができたのではないかとも思う。

この作品の会期中の上映は残すところ11/05(火)17:35-のみとなっている。

 

《作品情報》
監督 ワン・ルイ
脚本 チェン・ピン
キャスト ジリムトゥ/タナ/イリチ/トゥーメンほか

 

小野花菜
現在文学部に在籍している大学2年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。