左目にアイパッチ。荒廃した危険極まりない地域を行くというのに無防備にもむき出したたくましい両腕(これは自前の筋肉。カート・ラッセルはかつて野球選手としてプレーしていた経歴をもつ)、無造作な長髪。『ニューヨーク1997』はスネーク・プリスキンという稀代のアンチヒーローを生み出した。ディストピアにはアンチヒーローがよく似合う。法も正義も及ばない世界でものを言うのは力とばかりに暴れまくるスネークの姿が痛快だ。

 

先週、ニューヨークは25年ぶりに市全域で銃撃事件の通報が1件もない平穏な週末を迎えた。裏を返せば、90年代以降ぐんと治安はよくなったものの、ニューヨークには依然として「毎週末、市内で誰かが撃たれる」日常が存在しているということだ。銃が身近でない日本に暮らす身にはこれでも十二分に刺激的な状況だが、『ニューヨーク1997』のアメリカは犯罪増加率が400%という未曾有の状態に置かれている。凶悪犯を収容しきれず持て余した政府は、ニューヨークのマンハッタン島を丸ごと高い塀で囲い、刑務所として囚人たちを完全隔離することを決定した。規則は一つだけ、” Once you go in, you don’t come out(「一度入れば出ることはない」)”。ある日、大統領を乗せたエアフォースワンが同島の上空を通過するのだが、テロリストたちにハイジャックされていた機はビルに突っ込み爆沈してしまう。大統領は間一髪、緊急用ポッドで脱出するが、凶悪犯のひしめく地帯に着地してしまうのだった。囚人たちは捕らえた大統領を交渉の材料とし、身柄の引き渡しを条件に自分たちを島から解放するよう要求する。大統領奪還の命を受けたのは、味方に裏切られ銀行強盗の罪で終身刑を科されたスネーク・プリスキン(カート・ラッセル)。リー・ヴァン・クリーフ演じるボブ・ホークの指揮のもと、タイムリミット24時間の救出劇が始まる。

 

この2前年に公開された『マッドマックス』の影響を受けたされた作品ととらえられる『ニューヨーク1997』だが、個人的に魅せられてしまったのは、ディストピアの描かれ方だ。核戦争による荒廃や未知のものの襲来によってすべてが破壊され尽くした世界と違い、ここではまだ文明が原型をとどめている。食料は支給され電気や水もある。「ブロードウェイ」や「42丁目通り」という名称が生きており、イエローキャブがゴミと残骸の散らばる道を行く。しかし秩序やルールはなく、崩壊した文化のなかで、人はその日生き長らえることにのみ専心する。いっそ徹底的に破壊と荒廃が進んでしまえば、畑を耕してみたりとか武器をつくってみたりとか、人は必然に迫られて何かしらの生産活動を始めるのだろうが、ここにはさしあたって「すべて」が、娯楽さえもある。ないのは「目的」だけ。死ぬまでの数年あるいは数十年をそんなふうに生きていかなければならない状況にはゾッとさせられる。一方で、この荒れきったマンハッタンの景色が素晴らしく心を奪う。廃墟のところどころで燃える火のゆらめき、街灯やネオンが映し出す人の群れと影が美しい。

 

スネーク・プリスキンという強烈なカルチャーアイコンの前にかすんでしまいがちだが、『ニューヨーク1997』は、『エイリアン』のリプリー、『ターミネーター』のサラ・コナーに続き、「闘うヒロインの系譜」を受け継いだ作品でもある。孤軍奮闘するスネークがマンハッタン島で頼りにする女性、エイドリアン・バーボー演じるマギーは、島を支配するデュークが手下のブレインに「あてがった」女性だが、泣き叫んだり男の影に隠れたりなどはしない。据わった肝っ玉で、相次ぐピンチにも動ずることなく、スネークとの息の合ったコンビぶりを見せる。映画の終盤に登場する二人のある無言のやり取りは、名場面を生むバディものの中でも上位に入れたいほどしびれるシーンだ。そこに恋愛感情はなく、かといって友情でもない、共に闘う者が持つシンパシーのみが存在する。この関係は、『マッドマックス怒りのデス・ロード』のマックスとフュリオサに引き継がれていく。

 

ジョン・カーペンターは本作の脚本を書くにあたって、72年にアメリカで起きた政治スキャンダル、ウォーターゲート事件を念頭におき大統領のキャラクターをつくりあげたといわれている。ドナルド・プレザンス演じる大統領に豪腕で決着をつけさせるラストには、カーペンターの大統領観があらわれているように思えるし、そんな大統領に対するスネークの仕返しは、カーペンターの反骨精神そのものなのだろう。37年前の作品、低予算とあってアナログ感は満載だが、いつまでも色褪せないロマンとスペクタクルがある。

『ニューヨーク1997』(1981 / Escape from New York)

監督:ジョン・カーペンター

製作:デブラ・ヒル、ラリー・J・フランコ

脚本:ジョン・カーペンター、ニック・キャッスル

撮影:ディーン・カンディ、ジム・ルーカス

編集:トッド・C・ラムゼイ

音楽:ジョン・カーペンター、アラン・ハワース

特殊効果撮影監督:ジェームズ・キャメロン、デニス・スコタク

マット画:ジェームズ・キャメロン、ボブ・スコタク

出演:カート・ラッセル、リー・ヴァン・クリーフ、アーネスト・ボーグナイン、ドナルド・プレザンス、アイザック・ヘイズ、エイドリアン・バーボー、ハリー・ディーン・スタントン

上映時間:99分

 

◆人間にはどうすることもできない圧倒的な力を持った“何か”を描いてきたカーペンター。その“何か”とは車であり、亡霊であり、宇宙から来た未知の生命体でもあるが、その真骨頂とも言える『遊星からの物体X<デジタル・リマスター版>』はいよいよ10/19から公開!

『遊星からの物体X<デジタル・リマスター版>』公式HP

 

◆また、IndieTokyo主宰の大寺眞輔氏をはじめ豪華な執筆陣がそれぞれの視点からカーペンターの魅力を語った「ジョン・カーペンター読本」も『遊星からの物体X<デジタル・リマスター版>』公開同日に発売される。

「ジョン・カーペンター読本」

 

◆エイリアンの地球侵略をカーペンターの流儀で描いたSFスリラー『ゼイリブ』の製作30周年記念最新HDリマスター版もまだまだ上映中。

『ゼイリブ<製作30周年記念HDリマスター版>』公式HP

 

小島ともみ
80%ぐらいが映画で、10%はミステリ小説、あとの10%はUKロックでできています。ホラー・スプラッター・スラッシャー映画大好きですが、お化け屋敷は入れません。