息を呑んだ。人の身体から発せられる感情。
言葉ではない言葉が、この映画には緊張感とともに漂っている。

 

「オペラジャワ」(原題:Opera Jawa)は、かつてはダンサーで、今は陶器商を細々と営んでいる夫婦と、古代インドの大長編叙事詩「ラーマヤナ」が交錯する、ガムランも舞踏も現代美術も織り交ぜた大ミュージカル映画作品で…と、この紹介文を読んだ時に、え!?どんな映画!?と、そそられた。そして、紹介文ではわからない、“体感”が、この映画にはあった。

 

陶器商を営むシティとスティオの夫婦は、幸せそうだ。この二人の表情や距離、手の先から伝わるその穏やかな時間。お互いに触れ合うその瞬間を、大切そうに表現しており、この映画での感情表現は、常に肉体から発せられている。
そして村に勢力をもつ、強欲な肉屋ルディロが、シティに横恋慕する。このルディロは、いかにも肉食系男子といったような顔付きで、動きも大きく、おそらくルディロに従えているであろう男たちからも、野生的な感触がある。

シティとスティオの暮らす村では、商売をしている人への圧力が起きたり、人が殺されていたりと、不安な状況だ。食事の支度中、元気がなさそうにしているシティに、ルディロがお茶目なダンスで楽しませにくる。一瞬ではあったものの、日々の生活の些細な不安の感情を、シティは忘れることができたのかも知れない。
シティの心の動きを察し、落ち着かないスティオ。仕事の行く末が不安なのもあり、尚更苛立ちを抑えられない。寝室で眠るシティとスティオだが、シティのふれあいを拒絶し、スティオは赤いTシャツで顔を覆い、そのまま外に出て、雨に打たれる。雨の冷たさで己を取り戻したのか、再び部屋に戻るのだが、そこにはルディロが潜んでいる。これが心理的なものなのかは分からないが、潜むルディロをシティは自分の長いスカートの中に覆い隠しながらも、スティオの疑念を打ち払い、愛を受け止める。スティオはルディロの存在には気が付いていない。二人の寝室には、お互いに、潜ませる感情を閉じ込めているかのような緊張感がある。そして、その身体から表現される動きは艶かしく、美しい。

ある日、スティオが仕事で家を空けている間に、ルディロはシティを誘惑する。
キャンドルがシティの視界いっぱいに広がっており、その光に誘われるように、キャンドルのある方向へとシティは進んでゆく。その先にルディロが待っているのだが、いかんせん、その恋心を伝えるには乱暴すぎる。優しく触れるのかと思いきや、押し倒したり、シティの手を強く握りすぎるあまりに、その二人の距離は近いながらも痛々しく感じる。シティも、壁にルディロを押し付けたりと、抵抗を重ね、最後、シティは去っていき、ルディロの手の先は、己の胸の前に残される。ルディロの欲を問いただすように。

終始、この映画は美しい。それはキャンドルが広がっていたり、赤い布が一面に広がっていたり。美しさに誘惑される人の心を見透かしたように…。スティオとルディロとの狭間で揺れ動くシティの感情は、多くこの映画では語られない。しかし、スティオへの触れ方や、ルディロへ送る視線で感じ取れる。そして、不安な心の隙に、その美しさが入り込んでくるのだ。

「ラーマヤナ」という物語には、二人の王、ラーマとラーヴァラが、一人の女性シータを巡り翻弄される話があるのだが、直接的にこのスティオとルディロの状況が二人の王と重なっている訳ではない。しかし、ルディロに抑圧されてきた村人の怒りが爆発し、村人たちは嫉妬に駆られたスティオをリーダーにし、団結してルディロに向かっていくこの対立する関係性や、最後に、スティオがシティを殺し、その肝臓を取り出して、シティの心の本当の声を聞き出そうとする姿は、ラーマが、ラーヴァラに連れ去られたシータの貞潔を疑い、受け入れる事ができず、焼身自殺させるという悲劇と重なる。
この重なりから、長く語られる物語の悲劇は、今も語られていながらも、誰も教訓と出来ずに悲劇は繰り返されていくことを表しているようにも思える。

この映画の冒頭、豚の肝臓に人の運命を読み取ることができると陽気に唄っているシーンがあるのだが、シティから取り出した肝臓から、私たちは何を読み取ることが出来ようか?

そしてこの映画では、身体表現が、こんなにも観ている私の体を硬直させて、息をするのもためらわれるほど心奪われるものなのかと思わせる。ミュージカルでは、愛を表現するのに、度々音楽に合わせてダンスを踊るが、ガムランの音に合わせるというよりは、身体の持つ素直な動きに、ガムランの音色が重なり合っているように感じる。この重なりが、単純なリズムではなく、複雑な音を織り成しているからこそ、受け取る側が、より感情を増幅させて捉えてしまうのかもしれない。

最初に私は、この映画には“体感”があると言ったにもかかわらず、こうして文章で紹介するのもどうかと思われるが、間違いなく私の身体に残る映画であった。
私が最終日にしか行けず、このレビューを見た人たちが、この映画を観れず大変申し訳ないのだが、朗報です!

『サタンジャワ』(原題:SETAN JAWA)のサイレント映画+3D立体音響コンサートが、2019年7月2日に有楽町朝日ホールにて行われます!『オペラジャワ』とは違う作品ではありますが、より一層、ヌグロホ監督の創り出す“体感”を感じることができると思います。
是非!予定を空けてお待ちください。詳細は3月中旬に発表予定ですので、国際交流基金アジアセンターのHPをチェックしてみてください!

特集上映公式サイト

【主催】国際交流基金アジアセンター|アテネ・フランセ文化センター 

【特別協力】東京国際映画祭

【協力】福岡市総合図書館|Shaw Brothers|Yee Myint Film Company|Cherdchai Productions|Viva Communications, Inc.|Garin Workshop

 

住本尚子 イベント部門担当。 広島出身、多摩美術大学版画科卒業。映像とイラスト制作しています。