東京国際映画祭2日目、ワールド・フォーカス部門にて上映されたアニメーション映画『チェリー・レイン7番地』を取り上げたい。 

舞台は1967年の香港。古さと新しさとが共存し、素朴さの中にも華やかさが感じられる街だ。

香港大学に通うジーミンは、台湾から移住してきたというユー夫人のもとへ、娘メイリンの家庭教師として通うこととなる。ジーミンは文学について夫人と語り合い、メイリンに英語を教える中で、大人びた品のよいユー夫人、若く美しいメイリンの両者に心惹かれていく。さらに、ユー夫人らと同じくチェリー・レイン7番地に住む奇怪な住人や、猫さえもが絡み合いながら、登場人物たちは文化大革命の波にのまれていく。

 

冒頭から続くエロチックな描写に加え、プルーストの『失われた時を求めて』や中国の古典『紅楼夢』といった多くの文学作品、さらには『年上の女』といった映画までもがアニメーションによって引用され、より幻惑的な世界が展開していく。さらにこの世界では、人物たちが極めてゆっくり動き、特別な時間が流れているようでもある。私たちは、そうした映画の中の特別な時間の流れへと自然に誘われる。場面ごとに描写を事細かに説明する語りや、アニメーション表現自体が3人称的であることも特徴だ。こうした表現によって観客は、その時代、時間、場所、さらには登場人物たちの欲望の内にまで次第に浸透していく。

本作では、3Dで一度映像を作ったうえでそれを2Dの手書きへ書き直していくというこれまでにない手法を用いて新しい世界を描いている。しかしそんな中に、ユー夫人という一人の女性の物語や、激動の時代を生きる若々しく美しいメイリンといった登場人物それぞれがしっかりと描きこまれていくのがこの映画の魅力だろう。

 

 

Q&Aでは、ヨン・ファン監督から、自身の経験に基づく映画製作や、アニメーションの技法について話を聞くことができた。

写真より絵画の方が想像力を掻き立てるという監督が選んだのは、自身初となるアニメーションによる表現だった。

「写真や映画の前、一番初めに触れたのは絵画でした。今作はモーションピクチャー、動く絵なのです。」
「想像力を掻き立てることで時代を超えたものになると思う。…アニメーションが唯一今回語りたかったメッセージを届ける手段でした。」

最終的に2Dの絵へと移行したことも、この想像力を重視してのことだった。
「(3Dだと、)キャラクターがすべて似てしまう。2Dでは絵として描くため、非常に繊細な創作ができる。」「2Dというのは非常に想像力を掻き立てる。3Dだとそこまでの想像力は必要とされない。この作品に関しては、眼の瞬きなど、動き全体が非常に繊細だった。」

しかし、想像力を掻き立てるようなアニメとはいえ、監督にとっては新たな挑戦となった。

「アニメーションというのは全く新しい世界で、アニメは普段あまり観ません。アニメファンではなく、アニメの作り方も知らなかったので、非常に大きなチャレンジでした。」

今作でヨン・ファン監督は、アニメファンが期待するようなものもわからず、アートハウス系の映画に行くような層も狙えない、リスクの高い作品に挑んだことになる。しかし、アニメ経験がないことがかえって新しい表現を生んだのも事実だ。

場面によって24、12、7と1秒当たりのコマ数を使い分けただけでなく、静止画によるアニメーションなど、いろいろな技法を織り交ぜている。さらに、映画の大きな特徴であるゆったりとした人物の動きには次のように言及した。
「ゆったりとしたペースはあるが、決してスローな映画とは思っていない。というのは、言葉、映像、音楽といったものに集中していただきたいからだ。速いペースのアベンジャーズのようなものとは全く異なる。言葉をしっかりと聞いてほしいし、読んでほしい。」
「モンタージュというものに非常にこだわっており、無駄なカットはないと思う。」

 

これは1967年、当時20歳だった監督の半自伝的な物語でもある。「母親や娘、隣人、猫に至るまで、全て自分を投影しているので、ある意味精神分裂というかたちで、心理的なものも含めて少しスリラー的なところもある。」

「香港と映画に対するラブレター。昨日と今日、そして明日についての物語。何よりも、自由を語る映画です。」とつづる監督は、64年、戒厳令の敷かれていた台湾から香港へ移り住んだ時の印象を次のように語った。
「香港に行ったときにものすごく自由を感じたのです。海の匂いもそうですし、とにかく町は活気にあふれていてすごく幸せな気持ちになりました。」

香港に移り住んで数年後の1967年を舞台にしたことにも理由がある。

「自分にとっては私的なものがたくさん含まれていたのに、どんどん時代が過ぎて行ってしまいました。」
「1967年という時代をぜひとも映画化したいとずっと思ってきました。この作品には7年の月日を費やしましたが、私の夢がかなった作品です。」

 

文化大革命の中、 香港の現在ともリンクする アニメーションにしかなしえない独特の世界観を描いた本作は、実写作品が集まるヴェネチア映画祭のコンペに唯一のアニメ作品として選出され、脚本賞を受賞している。

東京国際映画祭では11/01(金)20:55- の上映が残されている。

≪作品情報≫

監督/美術監督/作曲 ヨン・ファン

美術監督/作画監督  チャン・ガン/シエ・ウェンミン

キャスト      シルヴィア・チャン/ヴィッキー・チャオ/アレックス・ラム他

香港/中国/2019/125分

 

小野花菜 現在文学部に在籍している大学2年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。