今年もやってきました!
1月16日(木)から2月16日(日)までオンラインで開催されているマイ・フレンチ・フィルム・フェスティバルのレビュー第2弾です。

『Le Vent Tourne』(風とともに)

『マルタのやさしい刺繍』(2006年)などの作品で知られるベティナ・オベルリ監督が初めてフランス語での映画製作に取り組んだのが、今回取り上げる『風とともに』(2017年)だ。スイス出身で長らくドイツ語の作品を監督してきたが、新たなことに挑戦する必要を感じ、フランス語で作品作りをすることにしたという。「あくまで自分はスイス人。フランス映画の真似をしたかった訳ではない。ミヒャエル・ハネケ監督の映画を観ると彼がオーストリア出身だと分かるように、私の作品もスイスとフランスの文化が融合したユニークなものにすることを目指した」と監督が語る通り、これまでの作品にも共通する監督らしい世界観を感じられる佳作に仕上がっている。*

ポリーヌは夫のアレックスと農場で家畜を育てながら質素で素朴な暮らしを営んでいる。そんな夫婦の生活に、ある時外の世界から二人の人間がやって来る。一人は、チェルノブイリの近隣で生活している子どもたちを空気のきれいな自然の中でひと夏過ごさせるというプログラムの一環で、ウクライナからスイスへやってきた少女、ガリナ。もう一人は、アレックスが導入することを決めた風力タービンを設置するためにやって来た、サミュエルという名の男性。

アレックスは、出来る限り人工的な手段に頼らず、環境への影響を最小限に抑えながら自然と共生することを徹底的なまでに追及している。化学物質は一切排除し、風力タービンを設置するのも、クリーンなエネルギーを自分たちの手でまかなうためだ。現代的な医療に懐疑的で、ポリーヌの姉で獣医のマラによる家畜の診察を拒み代わりに呪術的な自然療法に頼るあたりは、もはやある種の宗教に近いが、そんな理想主義者のような夫と15年間農場での暮らしを続けてきたポリーヌは、風力タービンの設置のため各地を回り、外の世界、農場での生活とは違う人間の暮らしや考え方を知るサミュエルに抗いがたく魅かれてしまう。恐らくそれは、単なる恋愛感情ではない。ポリーヌがサミュエルと交わす緊張感のある視線、彼女の戸惑った表情は、彼女が夫以外の男性に魅かれているということよりも遥かに大きな変容が彼女の中で起こっていることを暗示している。

もう一人の外部からやってきた人間、ガリナの存在がユニークだ。まだ10代半ばの彼女は、幼さゆえにある部分においてはポリーヌよりも見えている世界が狭いかもしれない。しかし、ウクライナの街からやってきた彼女は、アレックスの理想郷としての農場以外の人間の暮らし、自然との対峙の仕方を知っている。そして、当初はWi-Fiが接続出来ないことを不満気にしていた農場での生活を通して、自分がこれまでいた世界と違う世界を受容することを経験している。

彼女がポリーヌを連れ出したクラブでの一夜は、何かが前と違うという曖昧な感覚でしか捉えられていなかった、自分の住む世界の相対化、違う世界への憧憬を、ポリーヌの中で確かな自覚に変えた。5週間の滞在を終え農場を去る時、サミュエルのことを念頭に置きながら、ガリナはポリーヌに「諦めないで」と声を掛ける。ポリーヌの中で起きた変容は単なる恋愛感情に留まるものではなく、これまでの自分の暮らし、生きてきた世界そのものに対する問いにまで発展していることを考えれば、ガリナは状況の一面しか見えていないかもしれない。しかし、ガリナが背中を押すことがなければ、果たしてポリーヌはサミュエルが扉を開いた外の世界を覗いてみようとしただろうか。

誰の生き方が正しいかという話ではない。アレックスの実践しようとする生活が実際にどこまで地球全体の自然に影響を与えるものなのか疑問を呈したくなるかもしれないが、それも人間としての生き方の一つの選択である。

一人の人間が新しい世界に出会い、新たな一歩を踏み出すということ。決意と共に自分の今いる世界の向こうを眼差すポリーヌの表情に、人間が生きるということはどういうことかという根源的な問いを考えさせられずにはいられない。

*公式HP掲載プレスキットより

この作品を含め、映画祭では8本の長編映画に加え、多数の短編映画も配信中!

【第10回マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル】

開催期間:2020年1月16日(金)〜2月16日(月)

料金:長編-有料(料金は各配信サイトの規定による)
短編(60分以下)-無料

配信サイト:iTunes、Google Play、Microsoft Store、Amazon Instant Video、Pantaflix、MUBI、青山シアター、Uplink Cloud、U-NEXT、Beauties、VideoMarket 、ビデックスJP、GYAO !、ぷれシネ、Rakuten TV(短編のみ)、ほか
*配信サイトにより、配信作品、配信期間が異なります。配信サイトは変更、追加になることがあります。

公式サイト:http://​www.myfrenchfilmfestival.com

主催:ユニフランス

濱口ゆり子
レディースデイの水曜日は全力で定時退社を目指す会社員。映画はメジャー作品からアート系、サイレント映画まで広く浅く。旅先でその土地の映画館に行くことが好きです。自分はどのような角度から映画と関わってゆきたいのか日々模索中。