『ダム』The Dam

監督:アリ・チェッリ

 砂漠地帯を一台のバイクが通過する。続いてカメラが川岸を映し出すと、そこに一匹の犬が現れる。パンするカメラが犬を追いかけていくと、犬は川のそばにある家へと向かっていく。家の前にいる男が、この犬をあしらいながらラジオのスイッチを入れると、ニュースは独裁政権に対する激しいデモの様子を伝えている。ラジオを聴きながら、男たちは歯を磨いたり、お茶を淹れたり、ゆったりと朝の身支度をしている。ここで、火にかけられたヤカンがクロースアップで映されるのだが、熱湯は次第に沸騰音を増していき、それはダムから伸びるパイプから放流される水とその激しい音に結びつけられる。この川は、巨大なダムによって堰き止められており、男たちはその下流に現れる泥を用いてレンガを作っている。

 『ダム』は、スーダン北部ナイル川流域のメロウェ・ダムのほとりで展開される。主人公マヘルを含めたレンガ職人は、この川の泥を型に入れて成形し、それを乾燥させ、積み上げ、火を入れてレンガを作っているのだが、仕事の合間、マヘルは知人からバイクを借りて人気のない砂漠地帯へと向かい、一心不乱に巨大な粘土像を作っている。しかし、この粘土像の建造に夢中になっていくうちに、背中の左側に原因不明のあざが現れるようになるばかりか、薄暗い森をさまよう悪夢のなかで、この像の声を聞きとっていくようになる。

 砂漠地帯のレンガ職人たちの様子とは対照的に、ラジオやテレビからはつねに激しい暴動の様子が流れており、この様子は、大規模な建造物であるダムがナイル川を堰き止めるあり方と相似をなしている。ダムは、圧倒的な暴力によって湛水域の住民たちを強制的に排除し移住させ、その土地にあったあらゆる事物を水の底へと沈めると同時に、ナイル川の下流を干あがらせるものである。職人たちが火入れ前のレンガの底部を乾燥させるため、地面に広げられたそれらを端から順に立たせていくショットは、パイプから流れる激しい水流と同様に、独裁政権に対する抵抗運動やその蜂起を示唆している。また、映画の冒頭から一貫して登場し、マヘルの行動を見守りつづける犬や、彼がつくり上げる不気味で巨大な粘土像は、ダムが破壊していったものたちやその声をあらわすものであるだろう。

 本作『ダム』は、レバノン出身アリ・チェッリの長編第一作品であり、暴力のジオグラフィーを描くことをテーマとする二作の短編を含めた三部作の第三部であるという。撮影はまだオマル・アル=バシールの独裁政権下であった2017年のスーダンで開始され、2019年に実行されたクーデターによる政権交代や、2020年のパンデミックを経て制作されており、そうしたリアリティを作品に反映させているという。また、作品に用いられている粘土像は、ヴィデオ・アーティストであり彫刻家でもあるアリ・チェッリ自身が製作したものだという。

 

≪作品情報≫

『ダム』The Dam

フランス、スーダン、レバノン、ドイツ、セルビア、カタール / 2022 / 80分

監督:アリ・チェッリ( Ali CHERRI )

 

板井 仁
大学院で映画を研究しています。