特集上映「アニメーションの神様、その美しき世界 Vol.2&3 川本喜八郎、岡本忠成監督特集上映(4K修復版)」がシアター・イメージフォーラムにて公開されている。
ストップモーション・アニメーションの分野で大きな功績を残した作家である川本喜八郎(1925-2010)、岡本忠成(1932-1990)の代表作が上映されるこの企画は、「優れたアニメーション作家にスポットをあて、その素晴らしい作品を最新の技術で修復・発掘することを目的」とするWOWOWプラスによるシリーズ「アニメーションの神様、その美しき世界」の一環として行われる。最新技術による映像や音声の修復が行われ、4Kデジタル修復版でそれぞれの作品の世界をじっくりと堪能することができる。
2つのプログラムに分かれ上映される計10作品を紹介する。
Aプログラム=川本喜八郎5作品
『花折り』(1968年・14分 Ⓒ有限会社川本プロダクション)
桜が美しく咲きほこる境内に、留守番を申し付けられた小坊主がひとり。外を通りかかった大名・太郎冠者の酒盛りに惹かれてイタズラをするうちに、見事に酔いつぶされて桜の枝を持っていかれてしまう。そこへ住職が帰ってきて…。
『鬼』(1972年・8分 Ⓒ有限会社川本プロダクション)
「今昔物語」の中の「猟師の母鬼になりて子を噉(く)はむと擬するものがたり」に想を得た作品。寝たきりの母の世話をする2人の息子。彼らは鹿わなを仕掛けるために、夜遅くに森へと向かう。森の中で、人ではない何かに襲われた二人は胸騒ぎを覚え母が待つ家へと急ぐ。そこで二人が見たものとは?
『詩人の生涯』(1974年・19分 Ⓒ有限会社川本プロダクション)
工場を解雇された青年は仲間を励ますビラを配る。老母は、内職の糸車に紡がれて糸となりジャケツに編まれてしまう。冬、工場の門前で凍り付いていた青年の雪像に母のジャケツがかぶさった。甦った時、青年は突然自分が詩人である事に気付く。
『道成寺』(1976年・19分 Ⓒ有限会社川本プロダクション)
熊野参詣の旅を続ける若い僧は、一夜の宿を願い出る。その家の未亡人は僧に一目ぼれするが、信心深い僧はこれを拒み、帰りに迎えにくると嘘をついて出立してしまう。約束した日に戻らない僧に裏切られたと知るや、未亡人は蛇に姿を変え僧の後を追う。そして道成寺の釣り鐘に隠れた僧を恨みの炎で焼き殺し、自らも命を絶つ。
『火宅』(1979年・19分 Ⓒ有限会社川本プロダクション)
旅の僧が生田の里にあるという求塚を探して歩いていると、ひとりの里女が塚まで案内してくれ、そのいわれを語り始める。ふたりの男に求愛された莵名日処女(うないおとめ)は、どちらも傷つけるに忍びず、入水して死を選ぶ。それを知った男たちは己を責め、悲しみ、お互いに刺し合って相果てる。話を聞いた僧は、哀れに思い読経をあげるが、処女は死してもなお二人の魂に苛まれ、地獄の炎に焼かれ続ける。
以前、渋谷ヒカリエの中にある「川本喜八郎人形ギャラリー」に立ち寄って川本喜八郎作品の人形を見たことがある。川本が制作を手がけた『人形劇 三国志』や『人形歴史スペクタクル 平家物語』などの人形が展示されていたが、魅入ってしまうような美しさの一方で、その繊細で厳格な佇まいからは近づきがたいような畏怖の念すら感じてしまった。今回の上映作品のうち「不条理三部作」と呼ばれ、高い評価によってその芸術を世界に知らしめたという『鬼』から『火宅』に至るまでの3作品の持つ恐ろしくも美しい世界は、あの人形たちの放っていた鋭い存在感にとても近いものを感じさせられる。(一方で、今回の特集ではキャラクターたちのコミカルな動作から彼らの出来心まで伝わってくる『花折り』や、安部公房原作、きらきらと降りつもる雪やジャケツの赤が画面に鮮やかな切り紙のアニメーション『詩人の生涯』など、作風の幅広さを垣間見ることができる。)
しかし、アニメーションとして作品の持っている力は人形そのものの存在の魅力を超えたところにあるのだろう。『花折り』の住職の脳裏に一瞬過ぎる美しい女の顔のフラッシュバックや、『鬼』の蒔絵の背景によって作り出されている独特の闇と奥行きを感じさせられる世界、『道成寺』の女の執念の表情を陰影で見せる照明や、僧を追う姿のスローモーションの動きといった映像ならではの演出が印象深い。画面越しにも、人形たちがまるで温かさや冷たさといった温度を持っている存在に錯覚してしまうような、唯一無二の映像表現が探求されていると感じた。『鬼』の年老いた母親や『道成寺』の執念の炎で焼き尽くされた僧の姿は情けなどつけ入る隙の一切ないほど無慈悲なのに、完璧な美しさで圧倒させられてしまう。
個人的に印象深かったのは『火宅』に登場するおしどりのつがいだ。莵名日処女への愛を競う二人の男が、向こうに泳いでいるおしどりのつがいを射止めた者が彼女と結ばれる権利を持つ、と放った二人の矢は一羽のおしどりに命中する。そのおしどりは小さいながらも本当に可愛らしく、遠くに泳いでいる姿は輝くように目を引く。おしどりの死に、莵名日処女は自分の存在がおしどりのつがいの運命を引き裂いてしまったのだと悲しむが、そのように慈しんでしまうのも難なく理解できるほどに、繊細に大切に作り込まれているというのが感じられる佇まいをしている。どんなに小さなものにも、川本の作品の中では魂が宿っているのだと感じさせられた一幕だった。
Bプログラム=岡本忠成5作品
『チコタン ぼくのおよめさん』(1971年・11分 Ⓒ株式会社学習研究社 株式会社エコー)
チコタンが好きな訳をあれこれ考え、子供ながらに気持ちのやり場に悩む“ぼく”。勇気を出してチコタンのためなら嫌いな勉強もするし、いたずらもやめると告白するが、家が魚屋だから、魚の嫌いなチコタンにふられてしまう。そこで、エビとカニとタコの好きなチコタンのために、それだけを売る魚屋にすると言うアイデアで、見事“ぼく”はチコタンからOKをもらうのだが、思いがけない不幸が待ち受けていた。
『サクラより愛をのせて』(1976年・3分 Ⓒ株式会社エコー)
満員電車の中でふんぞりかえって足を組んでいる男。汚い靴の裏が他人の服に当たって汚している。そこで登場したのが花束を抱えたグラマーな中年のオバちゃん。電車が曲がり角に差し掛かるとオバちゃんは男の上に倒れかかる。オバちゃんは、男をいじめるいろんな仕掛けを隠し持っていた。
『虹に向って』(1977年・18分 Ⓒ株式会社エコー)
源次とおりつは、信濃の国の深い谷に隔てられた2つの小さな村でそれぞれ育ったが、川を挟んで向き合ううちに、いつしか惹かれ合うようになっていた。ある日、川に架かる虹に誘われるように川下におり、二人は初めて会うことができた。あの虹のように村を結ぶ橋を作ろう、そう誓い合い、建設費を工面するため身を粉にして働くのだった。
『注文の多い料理店』(1991年・19分 Ⓒ株式会社 桜映画社 株式会社エコー)
猟に出たのはいいが、山奥で道に迷ってしまった二人のハンター。霧の中、二人は「山猫軒」という西洋料理店にたどりつく。一息つけると二人は安堵するが、店内に入るや「身なりをきれいにしてください」や「銃と弾をおいてください」などの細かい注文を次々と要求される。
『おこんじょうるり』(1982年・26分 Ⓒ株式会社 桜映画社 株式会社エコー)
東北のある村にイタコの婆さまがひとり住んでいた。ある夜、子供もおらず、もう半月もひとりで寝たきりになっている婆さまの家に、腹を減らした狐が山から迷い込んできた。力が衰えてしまった婆さまには狐を追い払う気力もない。それどころか今まで散々狐をいじめてきた罪滅ぼしにと、家中の食べ物を狐に食べさせようとするのだった。狐はその恩返しにと、浄瑠璃を歌い始める。
岡本忠成作品については、子供の頃に観た『チコタン ぼくのおよめさん』への印象を強く持っていた。結末への衝撃だけでなく、その不条理への怒りがストレートに描写されていて少し怖いと思ったことを覚えているが、デジタル修復された美しい映像で作家の特集の中の一本として改めて鑑賞すると、どのようにその迫力を作り出しているのだろうかと考えさせられた。
岡本は「同じことは二度としない」とのモットーで多彩なスタイルのアニメーション作品を作り続けた作家だという。今回上映される作品の中でも、例えば同じセルアニメーションでも『チコタン』はポスターカラーやクレヨンなど、『サクラより愛をのせて』はマーカーを使用して描かれているそうで、画材や手法を変えることで様々な表現技法が取り入れられているという。今回の上映は、修復によってそれぞれの作品に用いられた素材から得られるテクスチャーがより鮮明に伝わってくるのも大きな魅力だろう。
そして、アニメーションの制作における柔軟なスタイルと同じように、岡本の作品は内容やストーリーの描写の面でも、一つの型にはまらずに、物事のいくつかの面から捉えて同時に語っているように思えてならない。
子供の無邪気な恋心を微笑ましいものとしてだけ描くのではなく、それを強烈な痛みと怒りの感情へと爆発させた『チコタン』はその衝撃の一方でとてもエネルギッシュでもあるし、『虹に向かって』は、橋作りの工法まできっちりと描かれ、劇中のフォークソングも相まって、お伽話でありながら地に足のついた若者たちの青春の物語といった趣も感じられる。
ちなみに筆者は『おこんじょうるり』に夢中になってしまった。人形のぽってりとした丸みを帯びた素朴な造形やおこんの健気さ、彼らの交わす方言まじりの言葉の温かさといった可愛らしさに真っ先に惹かれてしまったが、作品の最大の魅力は、おこんと婆さまの交流の物語だろう。二人の関係は当初、互いの存在のもたらす利益を視野に入れた打算的な面も含んだものであり、ただほのぼのとしただけのものではなかったはずだ。しかしそこから互いを本当に思いやり、いたわる関係へと変わっていく。キャラクターの持つ可愛らしさだけでなく、ただ相手が自分のために何かをしてくれるだけで癒される、という二人の関係の描写によって、作品に深く感じ入ってしまった。
今回の特集上映は川本の没後10年、岡本の没後30年という作品の再評価・継承のタイミングを迎えたこともあり実現されたという。筆者には川本の作品は「情念」の世界、岡本の作品は「情緒」の世界というように感じられ、二人の作品から受ける印象は全く異なっている。しかし、それぞれの手法から一つの表現を探り、独自の世界を完成させている作品群は、どちらも一つの神業のようだった。
二人の作家は深く親交があり、岡本の逝去後、彼の企画していた『注文の多い料理店』は川本が監修に携わり完成させられたという。また、1972年から1980年にかけてイベント「川本+岡本パペットアニメーショウ」を開催していた。二人によるアニメーション作品上映と人形劇上演を組み合わせた公演だったそうで、その作品を揃ってじっくり観た今、当時にタイムスリップしてでも行ってみたい!と思ってしまう。叶わぬ願いだが、せめてこの特集上映の作品を、そしてもっと彼らの作品を観ることで、その世界にもっと触れたいという衝動に駆られている。
「アニメーションの神様、その美しき世界 Vol.2&3 川本喜八郎、岡本忠成監督特集上映(4K修復版)」
提供:株式会社WOWOWプラス 配給:チャイルド・フィルム
公式サイト
5月8日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
吉田晴妃
四国生まれ東京育ち。映画を観ているときの、未知の場所に行ったような感じが好きです。