本記事ではイラン出身ホセイン・テヘラニ監督の『世界、北半球』を紹介する。

活気あふれる市場で少年が鳩を売っている。中年の男性が難癖をつけてきて、売っていた鳩を殺してしまう。やり切れなくなった少年は鳩を1羽ずつ放したあと、先ほどの中年の男性の後頭部を殴打する。怒って追いかけてくる男性に捕まらぬよう、少年は市場を縫うようにして走る、走る、走る。物語冒頭のこの場面は子供相手であろうと決して優しくはない社会に力強く、かつ不条理さに抗うように生きる少年の姿がよく表れている。舞台となるのはイラン南西部のフーゼスターン州。イラン・イラク戦争が始まった地方である。少年はアフマドという名で14歳。父親と死別したのち、鳩を売る仕事や農作業をして家計を支えている。アフマドの姉は従兄に結婚を打診されているが、母はまだ若すぎる、と言って許可を出さない。

幼いながらも大人に塗れて市場で物を売り、母を助けて農作業に勤しむアフマド。そんな彼が同じ年ごろの友達とバイクに2人乗りしながら言葉を交わす場面がある。2人の少年を乗せて田園風景を駆け抜けるバイクは、日ごろ気負っているアフマドの心を束の間ほどいていくような風を演出していた。バイクに乗るアフマドは、友達がなぜいつも同じ木の下に座っているのかを訊ねる。友達は同じく既に父を亡くしており、父の骨が行方不明になっているからあの木をお墓代わりにしているのだ、と答える。アフマドはその答えを風の中で聞いている。

アフマド一家が耕す畑の地中から突如人骨が見つかったことで一家は翻弄される。母は農作業が出来なくなると生計がたたなくなるという恐れから出てきた人骨を隠蔽しようとする。一方でアフマドは、以前に聞いた友達の言葉を思い出し、どうにかして人骨の身元を判明させようとする。身元捜しに出かけるアフマドを母は快く思わない。そんななか、従兄は姉へ結婚を打診しつづけている。人骨の身元は見つかるのか、姉は若くして嫁入りしてしまうのか。アフマドの鋭い目つきがそのすべてを見届けていく。

ホセイン・テヘラニ監督TIFF公式インタビュー記事 https://2021.tiff-jp.net/news/ja/?p=58087

 

≪作品情報≫

イラン 2021/カラー/81分/ペルシア語

 

川窪亜都
2000年生まれ。都内の大学で哲学を勉強しています。散歩が好きです。