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犬の映画です『中国は近い』(1967)

犬の映画です『中国は近い』(1967)

次の選挙に出馬するヴィットリオとその姉エレナに対して、その下で会計士として働くカルロとジョヴァンナが二人に性的な関係を用いて取り入っていく。いわゆるブルジョワ批判として、いかにも“ベロッキオらしい”という一言で括られてし

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レイジング・プチブルの痙攣する美

レイジング・プチブルの痙攣する美

『ポケットの中の握り拳』。怒り、衝動、悔しさ、決意、歓喜… 劇的なエモーションの爆発が観る者を待っている、そんなことを予期させる響きだ。 あるイタリアの田舎に住むプチ・ブルジョワ家族、母と四人の子供たち。物語

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気づくと母も弟も死んでいた『ポケットの中の握り拳』

気づくと母も弟も死んでいた『ポケットの中の握り拳』

  中学英語ほどの単語力しかない私は、英語字幕をなんとなくフィーリングで読み飛ばし、言葉で切り与えられるところの何かをぼんやりとやり過ごした結果、ひとりの青年の鬱屈と愉快と癇癪に触れていたのでした。 &nbsp

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キアラという女性の映画 『夜よ、こんにちは』

キアラという女性の映画 『夜よ、こんにちは』

ベロッキオの映画を説明するのは難しい。扱う事件やテーマの鋭さ、フィクションの物語としてのおもしろさ、撮影や照明のかっこよさ、音楽や音響の斬新さ、とにかくどれもビシビシくる。なんというか、あらゆるところから脳を刺激する映画

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セラミック製品に買い換えよう。マルコ・ベロッキオ『肉体の悪魔』

セラミック製品に買い換えよう。マルコ・ベロッキオ『肉体の悪魔』

 冒頭、静かな晴れの日、屋根伝いを歩くひとりの女性が突如として現れる。意味不明な言葉を叫んでいるが、どうやら恋人と別れたらしい。いつ飛び降りてもおかしくない。女に踏みとどまるよう諭す周囲に混じって、一人の青年、彼の見つめ

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愛についての考察~イーダ・ダルセルの場合~

愛についての考察~イーダ・ダルセルの場合~

美容サロンを経営する才女イーダの前に現れた一人の男、それは後にイタリア史に名を刻む唯一無二の独裁者となる若きベニート・ムッソリーニだった―― 『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』は、その名の通り、イタリアの独裁者ムッソ

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マルコ・ベロッキオ監督作『ポケットの中の握り拳』における抑圧と解放

マルコ・ベロッキオ監督作『ポケットの中の握り拳』における抑圧と解放

1965年のイタリア映画『ポケットの中の握り拳』は、当時、26歳であったマルコ・ベロッキオ監督の第1作でありながらも彼の力量をまざまざと見せつけられる作品となっている。この作品は、視野を拡大していくと、1960年代後半に

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『眠れる美女』

『眠れる美女』

死者に死を望んでいたのかということを聞くことはできない。 だがしかし、死に際にある人を見て、私たちはそのときに決めることができるのだろうか。 彼らに死を選ばせても良いのだろうか。死の権利とは、そしてそこから対照的に描かれ

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『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』

『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』

 花粉症には辛い季節がやってきましたね。みなさまこんにちは。のりさだと申します。本日はベロッキオ女子・通称「ベキ子」として、『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』について書かせていただきます。    

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サミュエル・フラー監督作『裸のキッス』ー観客を熱狂の渦に巻き込む衝撃とは(フラー女子)

サミュエル・フラー監督作『裸のキッス』ー観客を熱狂の渦に巻き込む衝撃とは(フラー女子)

「衝撃的すぎる。」 作品を観終わった後、この言葉しかでてこなかった。 監督のサミュエル・フラーの作品はそれぞれ個性的であるが、中でも『裸のキッス』でコンスタンス・タワーズ演じる売春婦ケリーが、男性を何度も殴打する衝撃的な

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