本記事では、今でも多くの囚人が政治的理由により処刑されているというイランにおいて、その死刑制度に切り込んだ『悪は存在せず』を紹介する。

 

『悪は存在せず』


妻と幼い娘とともに家族3人で日々の暮らしを営む、よき父親ヘシュマッド。同室の仲間たちと言い合いになりながらも恋人と連絡を取り続けている兵役中のプーヤ。恋人の誕生日に求婚することを決意し、3日間の休暇を取ったジャヴァッド。そして、田舎で“はちみつと一緒に”生活している医師のバーラム。本作はイランにおける死刑制度をめぐる4つのエピソードから成るオムニバス作品だ。
死刑制度が題材であるとはいえ、犯罪や法廷の描写はない。映し出されるのは、我々と同じように日々の暮らしを営むイランの人々の日常だ。しかしそんな日常の中に、死刑制度の闇が潜んでいる。

一つ一つの選択が自らの人生を形作っていくというこの現実は、平凡な毎日においてすら残酷で過酷なものだ。しかしその過酷さに目を背けることは同時に、その希望にも目を背けることを意味する。本作は、1人の発する「No!」という言葉の中にこそ、日常に忍び込む権力に立ち向かう力が宿っているという信念を提示し、観る者の人生の選択に、新たな可能性を与える。それはイランの独裁的な政治体制への抵抗ともとれるが、死刑制度を有する日本においては、我々がその意味をもう一度問い直す機会を与えてくれるだろう。

 

本作を監督したのは、イラン出身のモハマッド・ラスロフ。2011年には『Good Bye』がカンヌ映画祭ある視点部門にて監督賞を受賞、2013年には『Manuscripts Don’tBurn』が同部門のFIPRESCI賞を受賞するなど、これまで数々の賞を受賞してきた。
しかしイラン政府からは、これまで彼の作品が反政府プロパガンダであるとして問題視されてきた。2011年には、反体制的な映画制作を理由に監督が逮捕され、6年の懲役と20年間の映画制作禁止が命じられた。その後も幾度となく政府との衝突を繰り返し、今年の2月、今作がベルリン映画祭で最高賞を受賞した際にはパスポートを押収され、出国禁止を言い渡されている。授賞式には娘が代理で出席したが、その後は実刑判決が下され、イラン当局により収監もされた。
それでもラスロフ監督はイラン国内での映画制作を止めることはない。これまでより直接的に体制批判を行ったという本作は、監督がラスロフであることがばれないよう、エピソード毎にクルーを分け、別々の短編作品として仕上げたという。

プロデューサーのカヴェ・ファルナムやラスロフ監督の詳細なインタビュー、ラスロフが収監された際に出された各映画祭からの声明など、詳しくは以下の記事をご覧いただきたい。
 [850]モハマド・ラスロフ監督 金熊賞受賞後にイランで実刑判決

今後の上映は11/4(水)13:30-の1回のみとなったが、チケットを持っている方は11/9(月)21:45-、ラスロフ監督登壇予定のオンライントークイベントに参加することができる。

 

《作品情報》

原題:Sheytan vojud nadarad ドイツ、チェコ、イラン/2020/カラー/151分/ペルシャ語
監督・脚本   モハマッド・ラスロフ
プロデューサー カヴェ・ファルナム、ファルザド・パーク

 

 

 

小野花菜

現在文学部に在籍している大学3年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。