[710]『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』におけるダニエル・ハートの音楽


ダニエル・ハートは、数々のデヴィッド・ロウリー監督作品の音楽 を手掛けてきた。2009年のSt. Nick、2011年の短編Pioneer、2013年の『セインツ-約束の果て-』、2016年の『ピートと秘密の友達』、2018年のTVシリーズStrange Angel、2018年のThe Old Man & the Gunである。そして、2017年の『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』でも、ハートとロウリー監督は組んでいる[#1][#2]。『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』は、幽霊となって彷徨い続ける夫のC(ケイシー・アフレック)が、妻のM(ルーニー・マーラ)を見守り続ける物語である[#3]。

『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』の音楽を創作していくプロセスは、ハートがロウリー監督に、自身のバンドDark Roomsの歌曲から“I Get Overwhelmed”を聴かせたことに始まる。その歌曲は、映画とは無関係であったが、最終的に映画で使われることとなった。
当時、2人は、一緒に『ピートと秘密の友達』に取り組んでいた。ハートによれば、ロウリー監督が関わったかどうかにかかわらず、ハート自身が取り組んだすべての音楽を2人で共有するという。そのとき、ハートは、ロウリー監督が気に入ってくれると見込んで、“I Get Overwhelmed”を聴かせた。数日が経過した後、ロウリー監督から『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』に同歌曲を使えないかという申し出があったのである[#4]。
ハートは、『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』のために、“I Get Overwhelmed”の弦楽器のトラック、ギターのトラック、シンセサイザーのトラックを創り上げ、そして、それらの音楽の速度を遅くした[#5]。その際に採用されたエフェクトとは、PaulStretch(ポール・ストレッチ)である。

「“I Get Overwhelmed”を基本として、ギターのトラック、弦楽器のトラック、ヴォーカル・シンセサイザーのトラックをPaulStretchを通して響かせました。PaulStretchは、極度に音の速度を遅くするために設計されたアルゴリズムです。幻想的な雰囲気のサウンドスケープに変化させるために使われます。3分間の楽曲を3時間にできます。サウンドを引き伸ばす目的で、PaulStretchを通して、そのDark Roomsの歌曲(“I Get Overwhelmed”)の多数の要素を響かせました。そのことで、初めてスコアの幅が広がりました。実際に、映画で最初に聴くこととなる音楽なのです。“Little Note”という楽曲の始まりの部分です。それらの要素は、テーマ曲としてスコアの至るところで何度も現れます。おそらく、時の流れを音楽で伝える際には最も適した方法です。音楽が非常にゆっくりとなるとき、捉えることが難しくなり、心地よく感じます。」[#6]

<“I Get Overwhelmed”>

ハートは、『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』は、これまでの幽霊を題材にした映画にはあまり当てはまらないと考えている。この映画は、恐怖を与えたり、驚かせたりするような作品ではないからである。ハートは従来のような心霊の恐怖感を与えるスコアを書いたが、数箇所にとどまっている。この映画は、CとMという2人の関係を描いている。そして、Cがその関係に入り込むことができずに、遠方からその関係を観察しているのである。ハートは、その関係を、瞑想的で、悲痛で、喪失と美しさに満ちていると感じた。
ハートには、とても気に入っているシーンがある。Mがベッドで横になっている際に、幽霊となったCが、Mの肩と腕に「手」で触れようとする場面である。初めてケイシー・アフレックがシーツを被って撮影をしたシーンであった。ハートは、途轍もなく感情を掘り下げたシーンであると感じた。ルーニー・マーラが演じるMは、深く悲しむが、幽霊のCは、無駄でありながらも、Mを安心させようとするのである。台詞はないが、2人の俳優の演技が台詞以上のことを伝えてくれるのだと、ハートは述べる。
Cが幽霊になると、Cは一言も発しなくなる。そのとき、ハートは、「Cの感情を伝える音楽がどのように必要となるのか?」、「白いシーツは音楽で感情を伝えた上でも空白のシーツとなっているか?」という観点から音楽について考えた。

「シーツに表現されている本質的な意味が、すべての人々、特に観客に、キャンバスを与えてくれるのだと思います。幽霊の考えや考えていることから起こることについて、それぞれの解釈をキャンバスに描くことができます。幽霊が現れると、台詞はとても制限されますので、いつでも音楽がすぐに中心の役割を担ってしまいます。私は、常に(音楽によって)シーンを引き受けないように注意しました。音楽が過度に影響力を持たないようにしたかったのです。それが、物語の進行における基本であったのです。だから、音楽が幽霊の感情を過度に伝えることを避けようとしました。代わりに、シーンの動きに音楽を付けようと心がけました。そのことで、自分の仕事がやり易くなりました。」[#7]

ハートは、作曲における非常に早い段階で、合唱音楽がスコアに必要であると考えた。映画において、ヴァージニア・ウルフの“A Haunted House”が何度か引用されている。ハートはその物語の文章を取り入れることから、合唱音楽の作業を始めた。スコアの中の数曲にその文章が実際に使われている。
さらに、物語に関係する文章として、『チベット死者の書』、『伝道の書』の5章9節を用いた。それぞれの道理における死の瞑想を扱った文章を使うことで、それらの文章はハートにとっての指標となった[#8]。
ここには、ハートが教会における音楽家の家族の中で育った背景が垣間見える[#9]。そして、その宗教的な面は、文章だけでなく、音楽の音色にも表れている。

「考えを巡らせると、教会における音楽家の家族の中で育ってきたことが、これまでの自分の音楽の決定を左右してきたことには、疑いの余地がありません。この映画には、霊的な音色があることは確かです。死と来世がこの世界の多くの宗教の中心にあるので、デヴィッドの意図にかかわらず、主要なキャラクターのひとりがスクリーン上で3分の2の時間にわたって死んでいる映画は、霊的で宗教的に感じるかもしれません。スコアにおける合唱のパートで使う言葉を探したとき、最初に宗教の文章に目を向けました。私は、死語であるという理由から、ラテン語を選びました。かなり古い言語であるのです。そして、この映画は、自分にとって、とても古く感じられるのです。私は、スコアの中にアラム語の歌詞を取り入れようとしましたが、現在、アラム語の適切な翻訳や発音を知ることが非常に難しいことが分かったのです。ほかのいくつかの古い言語も同様でしたので、試みようとしましたが、使ってはいないのです。」[#10]

ハートは、3歳の頃からヴァイオリンを弾いている[#11]。そして、現在、彼は作曲家というだけでなく、ヴァイオリニストでもある。その経歴もまた、今回のスコアの中にも反映されている。

「私は、言葉で自分自身を表現するよりもヴァイオリンでコミュニケーションを行う方が上手いと思います。『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』のスコアで、ソロのヴァイオリンを取り入れた箇所がいくつかあります。しかし、ヴァイオリンが登場するほとんどの箇所で、ソロよりも大きな弦楽器のセクションパートとなっています。スコアの中に取り入れたいと思った合唱音楽と同様に、イメージしていたように、たくさんの弦楽器の音色が浮遊していて欲しかったのです。だから、私は、ヴァイオリンに“ghost harmonics”と呼ばれるものを少し使いました。 自分にとって、この世のものとは思えないような、かすかな、儚い音色が響きます。いつ何時も、朽ちて、死んでいくように響くのです。この映画ほど、ghost harmonicsが適切に使われている映画はないと思います。」[#12]

ハートによれば、監督や編集技師は、映画編集の間に、アルヴォ・ペルトの音楽をテンプトラックとして使うことを非常に好むという。ハートは、『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』に取り組み始める際に、参考として多くのペルトの音楽を聴いた。オープニングのトラックの“Little Notes”は、ティンティナブリ様式が取り入れられた弦楽器の楽曲であり、その楽曲の序盤と終盤で聴くことができる。ティンティナブリ様式は、ペルトによって創られた。また、同じ様式の弦楽器の響きは、“Post Pie”という楽曲でも使われている。
ペルトの音楽だけでなく、ロウリー監督は、1970年代後半、1980年代から、『ニューヨーク 1997』を始めとするジョン・カーペンターのスコアを引き合いに出した。病院のシーンのために、その音楽の方向性を取り入れたが、ハートが書いたカーペンター風の音楽は、ほとんどが取り除かれた[#12]。ハートとロウリー監督は、音楽を「不気味さ」や「恐怖」に方向転換させることは、物語にはあまり上手く作用しないと考えていたからである[#13]。
また、ハートは、間接的に作曲家のコミタスのスコアに影響を受けた。ハートは、2016年にフォックスのTVシリーズ『エクソシスト』の音楽を作曲した。その際に、悪魔の儀式のシーンに、テンプトラックとしてコミタスの“Chinar Es”という楽曲が使われたのである。ハートは、そこにソプラノの歌声、弦楽器、ピアノによる“Ha Ate Am Anate”という楽曲を書いた。ソプラノパートは、Katinka Vindelevが歌っている。そして、『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』のために、同じアレンジで、再びKatinkaが歌を担当する音楽として、その姉妹曲を書いたのである。この新たに生まれたトラックは、『伝道の書』から文章が用いられ、“Viventes Enim”と名づけられた[#14]。

『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』の音楽は、ダニエル・ハートのバックグラウンドを反映している。彼が教会における音楽家の家族の中で育ってきた影響から宗教的な文章が取り入れられ、宗教的な音色が生まれている。また、作曲家としてだけではなく、ヴァイオリニストとしての経歴が映画音楽を形作っている。その生い立ちや経歴は、ダニエル・ハートの作家性にもなっているといえるだろう。

引用URL:

[#1]https://www.imdb.com/name/nm5740235/?ref_=nv_sr_1

[#2]https://www.imdb.com/name/nm1108007/

[#3]http://www.ags-movie.jp/

[#4][#5]https://www.magneticmag.com/2017/08/interview-a-ghost-story-composer-daniel-hart/

[#6][#7][#8][#10][#12][#13][#14]http://www.filmmusicmag.com/?p=17725

[#9][#11]https://www.danielhartmusic.com/

参考URL:

https://www.npr.org/sections/allsongs/2017/10/19/558561001/how-composer-daniel-hart-brought-a-ghost-story-to-life

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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