2019年に一般公開(仏)を控えたオリヴィエ・アサイヤス最新作『ノン・フィクション』が現在各地の映画祭で上映されている。『夏時間の庭』(2008)、『アクトレス〜女優たちの舞台〜』(2014)でも起用したジュリエット・ビノシュと再タッグを組んだことでも話題の本作は、ここ日本でも今月末から開催される第31回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門で上映される予定だ。

 

 パリで成功を収めている出版業者のアラン(ギヨーム・カネ)はデジタル革命に順応しようとしている。レオナール(ヴァンサン・マケーニュ)はアランと長年組んできた作家で、自身の不倫を取り入れた私小説を書いている。そんな彼の新作にアランは大変懐疑的だ。舞台女優であるアランの妻セレナ(ジュリエット・ビノシュ)は夫とは反対意見である[*1]。そして彼らの恋愛事情はかなり複雑なようだ。

 

 本作の情報が出始めた頃(2017年8月。当初は“E-book”という題だった)、自身の関心と作品のテーマについてアサイヤスは次のように述べている。「私たちは、世界の変わり方にどう適応し、あるいは適応しないのか(……)映画の持つ、変わりゆく世界を捉える力に私は常に関心を抱いています。変化というのは映画制作の一つのテーマであり、映画が元来ドキュメンタリー性を持つことから、それは常に生じているのです」[*2]

 

 ではなぜアサイヤスは、「変わりゆく世界」として映画業界ではなく出版業界を選んだのだろうか。ヴェネチア国際映画祭での上映後、Cineuropaのインタヴューにて監督はこう答えている。「私は、こうした問題(我々が変わりゆく世界にどう適応するか)に最も打撃を受けているのが出版業界だと思ったのです。ギヨーム・カネ演じる人物はあるときこう言います。『なぜ完全にデジタル化しないのか』確かにそうです。しかし実際、彼も本が好きなのです。少し前、誰もが電子書籍の時代がくると確信していました。しかし全くそうではなかった。もともとこの映画には“E-book”(電子書籍)という題をつけていましたが、少し技術的すぎるし、冷たすぎると思ったので却下したのです。映画の場合、デジタル革命の最大の部分はすでに起こっています。1980年代から1990年代の間に、メディウムは主にいくつかの点で変化しました。その頃表現できないことがあったというのは、単に高価だったからです。今やそういった隔たりは存在しません。メディウムの核心が変化し、映画の消費方法も変わってきました。しかし、私が映画に人生を捧げる理由は、大きなスクリーンを愛しているからです」[*3]

 

 本作の題について言及があったが、最終的にフランス語原題は“Doubles Vies”(二重生活)、英題は“Non-Fiction”(ノン・フィクション)となっている。このことについてVarietyのJay Weissberg氏は「フランス語と英語のタイトル、“Doubles Vies”と “Non-Fiction”はこの映画の二つのテーマを上手く包含しているが、 “Non-Fiction”はより機転の効いた題で、二重生活だけでなく、フィクションが現実に入り込むことへの限界に対して私たちに疑問を抱かせるのです」[*4]と評している。

 また、これまでに出されたレヴューで散見されるのは「コメディ」「ユーモラス」といった語である。この点に関して、アサイヤスはエリック・ローメールからの影響を示しつつこう述べる。「私はエリック・ロメールの大変な賞賛者です。そして私を導いた光は、彼の『木と市長と文化会館 あるいは七つの偶然』(1993)、当時フランス社会で行われていたいくつかの議論を扱ったコメディなのです。『ノン・フィクション』の脚本を書いていたとき、おそらく正しい方向に進んでいるという考えを私にもたらしたのはたった一つのことでした。私はある時点で、自分はコメディを作っているのだと実感しました。私は(いくつかの)アイディアに沿って映画を作り始めましたが、ユーモラスであるときにだけ、それらのアイディアが意味をなしてくるのだと徐々に気づいたのです。『イルマ・ヴェップ』(1996)もコメディですが、本作は確実に一歩前進していると思っています」[*3]

 

 「ユーモラス」というのは、アサイヤスが本作に込めた意図とも関わってくる。「『ノン・フィクション』は新しい経済の動きを分析するものではありません。そのささやかな意図は、社会や現実において最も安定しているようにみえるものへ抱く疑念がどのように私たちを取り巻いているのか、個人的に、感情的に、時にはユーモラスに観察することなのです」[*5]

 

 

 

 

[*1] https://www.labiennale.org/en/cinema/2018/lineup/venezia-75-competition/doubles-vies

[*2] https://variety.com/2017/film/news/locarno-olivier-assayas-e-book-juliette-binoche-guillaume-canet-1202513941/

[*3] https://cineuropa.org/en/interview/359445/

[*4] https://variety.com/2018/film/reviews/non-fiction-review-1202923164/

[*5] https://theplaylist.net/non-fiction-clip-olivier-assayas-20180830/

 

原田麻衣

IndieTokyo関西支部長。

京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程在籍。研究対象はフランソワ・トリュフォー。

フットワークの軽さがウリ。時間を見つけては映画館へ、美術館へ、と外に出るタイプのインドア派。

 


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