ジョン・クラシンスキー監督の『クワイエット・プレイス』は、音に対して敏感に反応するモンスターによって命を奪われる世界で、サバイバルを繰り広げる1組の家族の物語である。

『クワイエット・プレイス』は、わずか1700万ドルの予算で製作されたが、同映画の音楽を作曲したマルコ・ベルトラミもまた、限られた時間と、その低予算に対処しなければならなかった[#1]。ベルトラミは、2017年の感謝祭(11月の第4木曜日)の間に契約に決着をつけて、2018年1月のレコーディングに備えた。ベルトラミにとって、それは短い期間であった。そのとき、『クワイエット・プレイス』とは別に、ナショナルジオグラフィックのプロジェクトで音楽を作曲していたからである[#2]。

「予算の都合上、レコーディングにオーケストラを使うことができませんでした。ですが、必要であったわけではありません。映画は、暗示的で抑制されていたからです。必要としたのは、弦楽器とピアノです。」[#3]

作曲家のベルトラミが『クワイエット・プレイス』の音楽を担当するに至った経緯は、パラマウント映画の音楽部門で代表を務めるランディ・スペンドローヴから、ベルトラミのエージェントであるローラ・エンゲルに掛かってきた電話に始まる。スペンドローヴは、ニューヨークで同映画の撮影が行われていることを告げ、ベルトラミが脚本を読み、気に入ってくれるかどうか、もしそうであれば、クランシンスキー監督に会わないかという打診をした。ベルトラミは脚本を読んだ際に非常に驚いたと語る。彼にとって、これほどまでに台詞がほとんどない脚本は初めてであったからである。ベルトラミは、映画のセットへと赴き、音楽の面でそこに多くの面白い可能性があると感じた[#4]。
ベルトラミによれば、クラシンスキー監督は、従来の映画の観点からではなく、エモーショナルなレヴェルにおいて自分が駆り立てられていることからアプローチをする[#5]。スコアへの最初のブループリントは、クラシンスキー監督が愛着を持っている歌曲に基づいていた。ピーター・ガブリエルがカヴァーをしたデヴィッド・ボウイの「ヒーローズ(英雄夢語り)」である。

「ジョンは私にその歌を聞かせてくれました。その歌は、そのスコアに求められていることを示してくれました。ジョンにとって、ホラー映画ではないのです。何よりもまず、家族ドラマであるのです。家族のテーマ曲を彼に送りました。カットの中にそれを落とし込み、彼がそれに対して熱心に返答してくれました。それぞれの楽曲の試行錯誤の始まりでした。」[#6]

『クワイエット・プレイス』の音楽には、強い悲しみや寂しさが漂う。ベルトラミは、映画に登場する家族は喪失感を抱え、皆の間には言葉には表されない悲嘆があるのだと話す[#7]。ベルトラミは俳優たちの感情に対する演技を信頼し、その支えとなる音楽を書いた。

「台詞がない状態で感情を伝えることができるというのは、俳優たちの技量の証左であると思います。音楽はその部分を支えています。特に、サブテキスト、強調または追加の説明が必要な場合です。スコアが一切存在しないエモーショナルなシーンも多くあります。」[#8]

ベルトラミは、音に反応して襲ってくるモンスターのサウンドを考えた際に、途轍もなくプレッシャーを感じていた。その際、ベルトラミは、テーマとなるモンスターのサウンドを考えようと努めた。彼が音楽に求めたのは、画面上にモンスターがいなくても、これまでに聞いたことがないような恐怖を染み込ませるサウンドである[#9]。
その音楽の一部を作り上げる際に、音のサンプルを集めた[#10]。また、モンスターのサウンドを制作する上で、ピアノの黒鍵の音を少し歪めるためにその音をデチューンし、さらに、弦楽器とドラムの音に処理を加えて電子音にした[#11]。

「わずかな方法の上でサンプルを集めました。私のスタジオに弦楽器の演奏者がやって来た際の初めの方のセッションで、身振りで奏でるタイプの弦楽器の音をレコーディングしました。それらは、後で電子音的に扱うことができます。アコースティック楽器の素材を得られるのです。私は、アコースティック楽器の素材から得られる電子的な要素を求めていました。モンスターの音楽で聞かれるその類のサウンドは、アコースティック楽器の素材から得ています。さらに、私はピアノを選び、四分音によって黒鍵の音をデチューンしました。それをこのテーマ曲に使いました。このサウンドは、どこかずれています。慎重になる必要があり、控えめにそのサウンドを使わなければなりませんでした。一部で大きな役割を果たしているからです。」[#12]

<『クワイエット・プレイス』のサウンドトラックから“It Hears You”>

結果として、そのトラックはスコアのテーマ曲となった。“It Hears You”というタイトルの曲である[#13]。
ベルトラミの音楽は、モンスターのコンセプトからも多大な影響を受けている。しかし、彼が最終的なコンセプトを知った時期が非常に遅かったため、最初のモンスターの容姿に基づいて書いた楽曲を手直しする必要があったという経緯を明かした[#14]。
ベルトラミにとって作曲する上で最も困難を極めた箇所は、最後のシーンであった。

「モンスターを殺すことができると分かり、モンスターが向かってくる際の映画の最終シーンの音楽は、本当に正念場でした。その部分を解決すると、ほかの部分がうまく収まったのです。美しいメロディの音楽ではありませんが、モンスターの音楽に繋がる勢いがあります。」[#15]

『クワイエット・プレイス』では、音を立てることが死を意味する。そのような設定であるにもかかわらず、「音楽は存在すべきであるのか?」という疑問がそもそも湧かなかったのかという問いに対して、ベルトラミは1944年のアルフレッド・ヒッチコック監督の映画『救命艇』のエピソードを例に挙げて説明をする。

「これは、映画に対して常に問われることです。ヒッチコックの『救命艇』において、ヒッチコックは、(作曲家の)ヒューゴー・フリードホーファーに言いました。『なぜ音楽があるのか?』、『オーケストラはどこにあるんだ?』と。それらは救命艇の外にあります。フリードホーファーは答えました。『良い質問です。では、キャメラはどこにあるのでしょうか?』と。同じことがここでも当てはまると思います。これは映画です。必ずしも音楽を意識しなくてもよいのです。ですが、音楽は、照明、撮影、演技と同様に、観客をコントロールします。音楽は慎重に扱われなければならないことは明らかです。明確に、静寂へと注意を向けさせ、静寂がどのように使われるのかを位置づけるためです。それは、映画における感情の暗示、感情を展開させていく登場人物たちの物語のための部分でもあります。」[#16]

ベルトラミは、映画が編集される際に音楽のスポッティング(映画において音楽が付与されるシーンと、そうでないシーンを決めること)が、絶え間なく変化していたと述べる。もともと音楽が存在したシーンから音楽が取り除かれることもあれば、その逆でサイレントであったシーンに音楽が与えられることも有り得るのだという[#17]。
また、『クワイエット・プレイス』は、プロセスの上で非常に遅い時期にダビングが行われたために、ニューヨークでのプレミア上映まで自分の思い描いた通りになっているのかどうかが分からなかった。

「映画をどのようにミックスしたのか、何を取捨選択したのかをまったく聞いていませんでした。非常に遅い時期に行われた多くの視覚効果処理も存在しましたので、私はそれらを観ていません。プレミア上映で、再度、改めてその映画を観たようなものでした。」

ベルトラミは、最終的に完成した映画に打ち負かされて、映画のアフターパーティの席でクラシンスキー監督と抱き合った。

「ジョンを見かけた際に、抱き付いて言いました。『おお、見事にやり遂げたね』と。多くの点で彼は要求が厳しい人ですが、やりがいのあるプロジェクトでした。ジョンは完璧であるようにすべてを望みます。そして、全体を通して自分のヴィジョンを崩さない彼のやり方は本当にすごいのです。」[#18]

参考URL:

[#1][#2][#3][#6][#9][#11][#13][#15][#18]https://www.hollywoodreporter.com/heat-vision/a-quiet-place-composer-couldnt-afford-orchestra-score-1101906

[#4][#5][#7][#8][#10][#12][#14][#16][#17]http://www.filmmusicmag.com/?p=18645

http://marcobeltrami.com/

https://www.syfy.com/syfywire/the-composer-of-a-quiet-place-explains-how-he-helped-make-it-so-damn-scary

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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