今日本で公開されているミュージカル映画「マンマ・ミーア!ヒア・ウィ・ゴー」(1)。ABBAの曲をふんだんに使い大ヒットを記録した「マンマ・ミーア!」(2009年公開)の続編であり、主人公を演じたアマンダ・セイフライドやコリン・ファース、ピアース・ブロスナン等が歌って踊りまくる映画だ。この映画の撮影を担当したのはアメリカの撮影監督ロバート・イェーマン(2)。ミュージカル映画の撮影は初めての事だったが、ウィリアム・フリードキン監督の「ランページ/裁かれた狂気」やガス・ヴァン・サント監督の「ドラッグストア・カウボーイ」、そして「アンソニーのハッピーモーテル」(日本未公開 配信・DVDリリースのみ)に始まり「グランド・ブタペスト・ホテル」に至る全てのウェス・アンダーソン監督の実写映画の撮影を担当してきた経験豊かなカメラマンだ。「僕はユニークな視点を持った監督や、新しいことに挑戦する事が好きなんだ。ウェス・アンダーソン監督と仕事をする時も色々なアイデアが監督から出るんだけど、初めは”不可能だ!どうやってこれを撮影したらいいんだ”と本当に頭を悩ませるんだ。僕はカメラマンのコンラッド・ホール(3)が言った”毎回毎回撮影現場に行くたびにすごく不安になる。でもその不安がなくなった時がカメラマンを辞める時なんだ”という言葉に賛成なんだけど、その映画
のために新しい方法を編み出し、映像を作り上げるんだ」と語る(4)(5)。様々な作品で新しいヴィジュアル・スタイルに挑戦するロバート・イェーマンの撮影人生をウェス・アンダーソン監督との関係を中心に振り返ってみたい。

ロバート・イェーマンは1951年の3月10日フィラデルフィア生まれ(6)。3歳の時に家族でシカゴ郊外の街ウィルメットに引っ越し、そこで育つ。高校生の時にロバートはカメラを両親に買ってもらい撮影に興味を持つようになった。そのカメラで人々や建築の写真をモノクロで撮り、学校でフィルム現像を教えてくれるクラスを選択したが職業カメラマンになろうとは思っていなかったという。「当時バスケットボールもしていたし、映画の世界に将来入ろうなんて全然考えに浮かばなかったよ。ノース・カロナイラ州のデューク大学に入ったけど、それは今までと違う場所に住んでみたかったからだし、専攻は心理学だった。でも大学の映画サークルに入って変わったんだ。友達と週末に映画をよく見に行っていたんだけど、スタンリー・キューブリック監督の「時計じかけのオレンジ」を映画館で見た時に、スクリーンで繰り広げられるイメージに陶酔した。そして”これが僕のやりたい事だ!”と分かったんだ」と語る(7)(8)。その後、映画制作の勉強をする為に南カルフォルニア大学 大学院で映画制作を専攻するが、当初は監督を目指していた。しかし大学院の友人達からカメラマンをやって欲しいと頼まれることも多く、次第に撮影に惹かれていったという。大学院卒業後はカメラマンとして低予算だが35mmフィルムで撮影できるコマーシャルの仕事をしていた。映画の世界に入るのは突然だった。「1980年代前半だったんだけど、仕事に行き詰まりを感じていたんだ。でも突然電話がかかってきて、撮影監督のロビー・ミュラー(9)がウィリアム・フリードキン監督の「L.A大捜査線/狼たちの街」を撮影しているんだけど、別班のカメラマンを探していて、ダミーの橋が落ちるカットをテスト撮影して欲しいというんだ。それで参加したんだけど、そのテスト撮影の結果その映画のB班カメラマンとして雇ってくれることになった。ロビー・ミュラーがその後別件の撮影で現場を離れたんだけど、その後はロビーが撮るはずだったシーンも僕に任してくれたんだ」と語る。そこでの仕事が認められウィリアム・フリードキン監督の次作「ランページ/裁かれた狂気」やガス・ヴァン・サント監督からカメラマンとして声がかかるようになり、「ドラッグストア・カウボーイ」ではインディペンデント・スピリット・アワード賞撮影賞を受賞することとなる。そして当時、初の長編映画を準備していたウェス・アンダーソン監督は「ドラッグストア・カウボーイ」の撮影を見て気に入り、直接会えないかとロバート・イェーマンに手紙を書く事となった。

ロバートは手紙をもらい初めてウェス・アンダーソン監督に会った時、印象はあまり良くなかったと言う。「どうやって僕の住所を調べたか解らないんだけど、ウェスから直接手紙と次回作の脚本が送られてきたんだ。脚本は好きになったんだけど、ロサンゼルスのオフィスで初めて会った時、ウェスは厚底のメガネをかけていて ”よくわからない不思議な奴が、どうにもならない映画を作ろうとしているぞ”と感じてしまったんだ。でも話してみると彼が、何かとても良い素質を持っている気がした。ヴィジュアル面で同じ趣向のものに惹かれるし、好きな映画嫌いな映画も似ている事が分かり気が合ったし、この仕事をオファーしてくれてとてもラッキーだと感じたよ。彼と仕事ができることは撮影人生の一つのハイライトだよ。でも当時、ウェスが今の彼のようになるなんて誰も想像できなっかたけどね」と語っている(10)(11)。ウェス・アンダーソン監督はイメージをスタッフと共有するために「アンソニーのハッピーモーテル」(12)用に数多くの絵コンテを書いたという。撮影監督は「ウェスより
僕の方が経験あるから、撮影が始まった頃は少し映画学校の授業のような感じもあったよ。でもウェスはすごく頭が良いからすぐに現場でどのように演出していくべきかを学んで、途中からは彼が現場を仕切っていたね。とてもはっきりした映画に対するビジョンがあるからとても分かりやすいし、そのプランをウェスと一緒に映像で作り上げていくのは楽しかった」と語る。強盗計画を企む男達の珍道中が主なストーリーラインだが、その後幾度となくウェス・アンダーソン監督の映画にモチーフとして登場してくる冴えない男性3人組や双眼鏡を使った遊び、カメラのスイッシュパンや素早い編集のカッティングなどが随所に盛り込まれ、見ていて楽しい。「全員ではなくても、撮影スタッフは同じにしたいんだ」と語るウェス・アンダーソン監督とロバート・イェーマンのコンビはここから始まることになる。

現在、この二人のコンビによって作られた最も新しい映画は「グランド・ブダペスト・ホテル」だ(13)。ロバート・イェーマンはこの映画を撮影する前にウェス・アンダーソン監督とエルンスト・ルビッチ監督(14)の「街角 桃色の店」、「極楽特急」「生きるべきか死ぬべきか」や1930年代のホテルに関する写真集を数多く見たという。また「ウェスはすごく厳密に撮影の準備を事前にするからね。この映画の数本前から彼はこういう風に撮りたいとアイデアを皆と共有するために、映画に即したアニメーションを彼自身で描いて作り、登場人物達の声も彼がみな吹き込んで、撮影スタッフや時には俳優にも準備期間中に見せるんだ。それを見ればウェスがこの映画で何をやりたいのか良くわかるし、皆が彼のヴィジョンを実現するためにしっかり手助けできるんだ」と撮影監督は言う。私事の経験談で少し余談となるが、撮影の勉強をするためにアメリカの撮影監督達が所属する組合、ASCーアメリカ映画撮影監督協会(15)に2年前に勉強しに行った時、その担当講師がロバート・イェーマンだった。その時ロバートは「グランド・ブダペスト・ホテル」の準備や、撮影方法について語ってくれたのだが、ウェスがとても正確に頭の中のプランを映像にしたいために、セットで使われるホテルの壁紙の色や、小道具として置くスタンドライトの光色や俳優達のスキントーンの発色を照明を変えて何パターンもテスト撮影したと教えてくれた。「撮影は冬のドイツだったんだけど夕方5時には暗くなって、光が変わると映像に写る物の色味も雰囲気も変わってしまうから、どんな時間でも同じ条件で撮影できるようにホテルの広いロビーを照らす太陽光を大量のライトで人工的に作ったんだ。そのために4Kワットのライトを20台と、その他24台の別のライトと巨大なシルクスクリーン等を屋上に設置したんだけど、プロデューサーからは機材に予算を使いすぎだと言われたね。でもウェスと決めた映像のトーンを作り上げるのには必要だったんだ」と語ってくれた。主な物語上の舞台となった1930年代の雰囲気やホテルが柔らかな光と上品な色使いで、おかしくも可愛らしく表現されており「グランド・ブダペスト・ホテル」でロバート・イェーマンはアカデミー賞撮影賞と、英国アカデミー賞撮影賞にノミネートされる事になる。「確かに他の監督とやる時のほうが、撮影プランもゆるいからカメラマンとして自由度はある。でもウェスは僕たちを今までにない映画を自分たちのやり方で作ろうと触発し、押し上げてくれる。だから彼と映画を作るときはいつも冒険みたいなものだよ。」(16)と撮影監督は言う。

先月、ウェス・アンダーソン監督の新作の撮影が来年2月からフランスで始まると報じられた(17)。キャストはまだ発表されてないとの事だが、ウィリアム・フリードキン監督作品からウェス・アンダーソン監督の作品群、現在公開されているミュージカル映画「マンマ・ミーア!ヒア・ウィー・ゴー」まで、様々なジャンルで撮影をするロバート・イェーマン撮影監督の映像スタイルの変遷を今後も追っていくのも面白いかもしれない。

 

(1) http://www.mammamiamovie.jp

(2) https://www.imdb.com/name/nm0005934/

(3) https://www.imdb.com/name/nm0005734/?ref_=nv_sr_1

(4) https://www.youtube.com/watch?v=w1uW96LFYQE

(5) https://www.telegraph.co.uk/films/0/make-wes-anderson-movie-trusted-cinematographer-robert-yeoman/

(6) http://www.cinematographers.nl/PaginasDoPh/yeoman.htm

(7) https://www.huckmag.com/art-and-culture/film-2/robert-yeoman-cinematography/

(8 )http://dukemagazine.duke.edu/article/hollywood-calling-robert-yeoman-73

(9) https://www.imdb.com/name/nm0005810/

(10) https://lwlies.com/articles/robert-yeoman-shooting-wes-anderson-bottle-rocket/

(11) https://www.amazon.co.jp/Wes-Anderson-Collection-Grand-Budapest/dp/1419715712/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1536033987&sr=8-3&keywords=the+grand+budapest+hotel

(12) https://www.imdb.com/title/tt0115734/

(13) https://www.imdb.com/title/tt2278388/

(14) https://www.imdb.com/name/nm0523932/

(15) https://theasc.com

(16) https://ascmag.com/magazine-issues/march-2014

(17) https://www.nme.com/news/film/wes-anderson-new-movie-france-2366508

 

<p>戸田義久

普段は映画やテレビの撮影の仕事をしています。

https://vimeo.com/todacinema

これ迄30カ国以上に行きました。これからも撮影を通して、旅を続けたいと思ってます。趣味はサッカーで、見るのもプレーするのも好きです。


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