先日幕を下ろした第71回カンヌ国際映画祭にて、イ・チャンドン監督『The Burning』がカンヌ国際映画祭批評家連盟賞(FIPRESCI賞)を受賞した。この賞は文字どおり、世界各国の批評家によって構成される映画批評家連盟が与えるもので、近年はマーレン・アーデ監督『ありがとう、トニ・エルドマン』やロバン・カンピヨ監督『BPM ビート・パー・ミニット』などが選出されている。

 

 イ・チャンドン監督の作品は過去に四度、同映画祭に出品されており、なかでも『シークレット・サンシャイン』(2007)では主演のチョン・ドヨンが女優賞を、次作『ポエトリーアグネスの詩』(2010)では脚本賞を受賞している。そしてそれらに続いて通算六本目の監督作品となったのが『The Burning』である。結果的にパルムドールは逃したものの、批評家からの評価は非常に高く、「スクリーン・インターナショナル」の星取表では10人中8人が満点を出したうえでの3.8点(4点満点)という結果を得た。これは『ありがとう、トニ・エルドマン』(3.7点)を抜いての過去最高点である。



 

 村上春樹の短編小説『納屋を焼く』をもとにした本作では、二人の男性と一人の女性のミステリアスな物語が描かれた。アルバイトをして生活をしているジョンス(ユ・アイン)は、偶然幼馴染のヘミ(チョン・ジョンソ)と再会する。彼女はジョンスに、アフリカへ旅行する間、猫を預かってくれるように頼む。帰国したヘミは、アフリカで知り合ったベン(スティーヴン・ユァン)という不思議な男をジョンスに紹介する。ある日ベンはヘミとジョンスのもとを訪れ、自分の秘密の趣味を打ち明ける[*1]。

 

 脚本家に勧められてこの短編小説に出会ったという監督は、その物語の小さな謎が複数の層を持つ大きなミステリーに拡大できるものであり、そこには非常に映画的なものがあると感じたそうだ[*2]。そしてまた、「初めてこの本を読んだとき、その謎は私が長い間考えていた企画と共通点があると思ったのです」と語っている。「『ポエトリーアグネスの詩』を撮ったあと、実現する確信はなかったものの三つの脚本を完成させました。それらの企画に共通していたことは怒りというテーマでした。今日の若者の怒りと無力さ、そして彼らが理解していない世界に何か間違いがあるという感覚です」[*3]

 

 「映画は何のためにあるのか」。映画を撮る前に必ず自問するという監督にとって、“今日の若者”さらに言えば“若者の怒り”は最も重要な問題の一つだった[*3]。「長い間、私は若者、特にこの世代の若者の話をしたかったのです。私の過去のプロジェクトのいくつかは『プロジェクト・レイジ』[Project Rage]と名付けられていました。それは今日、世界中の人々が、国籍、宗教、社会的地位にかかわらず、様々な理由で怒っているように思えるからです。若者の怒りは特に重大な問題です。韓国のミレニアル世代[1980年代から2000年代前半に生まれた世代]は両親の世代よりも暮し向きが悪い初めての世代になるでしょう。彼らは将来が大きく変わることはないと感じています。怒りの矛先を見つけることができず、無力さを感じるのです。この映画は、無力さを感じている、抑圧された怒りをもっている若者についての映画なのです」[*2]

 映画祭後に公開された各媒体のレビューを管見する限り、今作における監督の演出力はとりわけ高く評価されている[*4]。ここでは上記のような“謎”そして“若者の怒り”を表現するにあたり重要な役割を果たしていると思われる“境界線”について紹介したい。それは空間と時間の両方において映画のなかに取り込まれたようである。舞台となったパジュは韓国の北西部に位置し、軍事境界線を隔てて北朝鮮と接する場所だ。パジュを選んだ理由について監督は次のように答えている。「パジュは、現在姿を消しつつある韓国の典型的な田舎の風景なのです。それは過去と、そしてまたジョンスの父親のキャラクターと関係があります。しかしそれは、現代的な考え方についても表しています。北と南の対立は韓国人にとって潜在意識の中に常にあるのです」[*3]The GuardianのPeter Bradshaw氏が「場所の感覚[sense of place]」という言葉を使い監督の表現力を評していることからも、この作品において場所と人の関係性が巧みに構築されていることがうかがえる[*5]。また、「この映画、二人の男性と一人の女性についての物語のなかで核となる映像です」と監督が語るシーンは、「日中と夜の間に位置する夕暮れ時」に設定されたという。このような空間的・時間的な“境界線”は「嘘と真実の、そして現実と幻想の不確かなライン」であり、「この映画の謎を反映している」と監督はいう[*3]。

 

 こうした演出により実現された物語についてThe PlaylistのJordan Ruimy氏は、「『Burning』は謎めいているが、観客を寄せ付けないのではなく、強く惹き付けるほど魅力的である」と述べている[*6]。キャストにユ・アインとスティーヴン・ユァンという二人の人気俳優、そして今回がデビュー作となるチョン・ジョンソを迎えたことでも話題となった『Burning』、日本公開のその日が待ち遠しい。

 

 

[脚注] [*1] https://www.imdb.com/title/tt7282468/plotsummary?ref_=tt_ov_pl

[*2] http://variety.com/2018/film/asia/lee-chang-dong-burning-cannes-1202812485/

[*3] https://www.filmcomment.com/blog/cannes-interview-lee-chang-dong/

[*4]例えば、Sight&SoundのJessica Kiang氏は監督の演出に「驚きと必然性」を感じると述べている。http://www.bfi.org.uk/news-opinion/sight-sound-magazine/reviews-recommendations/burning-lee-chang-dong-love-triangle

[*5] https://www.theguardian.com/film/2018/may/17/burning-review-cannes-2018-lee-chang-dong

[*6] https://theplaylist.net/burning-lee-chang-dong-review-20180521/

 

 

原田麻衣

IndieTokyo関西支部長。

京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程在籍。研究対象はフランソワ・トリュフォー。

フットワークの軽さがウリ。時間を見つけては映画館へ、美術館へ、と外に出るタイプのインドア派。


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