[597] イギリス映画にみる英国の理想と現実


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先々週、全米公開された『ピーター・ラビット』。『ステイフレンズ』、『ANNIE』のウィル・グレッグが監督し、人気番組『レイト×2 ショー』のホストも務めるコメディアンのジェームズ・コーデンをピーター・ラビット役(声の出演)に迎えた本作は、興行収入ランキングでも『ブラックパンサー』に次ぐ2位をキープし、大ヒットしている。

映画では、マクレガーさん(ドーナル・グリーソン)と彼の畑の作物を狙ういたずら好きなピーター・ラビットの攻防がおもしろおかしく描かれている。*1
また、湖水地方の美しい風景が観客の目をひく。燦然と輝く太陽に照らされた、エバーグリーンの芝生、なだらかな丘、美しい湖。マクレガーさんの畑はいつも豊作で、奥さん(ローズ・バーン)は温室の壁を塗るくらいしかやることがない。居心地の良さそうなカントリーハウスを相続した二人は、豊かな田舎暮らしを満喫している。まさに、理想の英国のカントリーライフだ。

こうした”理想のイギリス”という表象がいたるところに散りばめられているのも、ヒットの一因だろう。1980年代の『炎のランナー』や『眺めのいい部屋』のようなイギリスらしいビジュアルを重視した歴史映画(Heritage Film)のブームから、『ハリー・ポッター』に至るまで、英国映画産業はそうした”イギリスらしさ”をウリにしてきた。自らのルーツとしての伝統的な英国像を求めるアメリカの人々に、こうした表現が好まれるのは想像に難くない。そして、グローバル化によって古き良きイギリスが失われつつあると感じている英国の人々にも、そうした映画は受け入れられる。

しかし、この一方で、現実的な現代のイギリスの農村社会を描いた作品も、近年注目されている。たとえば、今週イギリスで封切りとなる『Dark River』。ドキュメンタリー作家でもあるクリオ・バーナードが監督する本作は、ヨークシャーの農家の厳しい現実を描いた作品だ。この映画に登場するイギリスの田舎は、泥だらけで、散らかっていて、暗い。閉鎖的な村社会における秘密や裏切り、家庭内での衝突、住民の高齢化問題…そんな中でも人々は日々の重労働をこなさなくてはならない。ウサギは青いジャケットを着た友達ではなく、人々の貴重な食料になる。

2014年にイギリス南部で起こった大洪水で被災した人々のその後を描く『The Levelling』も、そうした田舎の現実を伝えている。監督のホープ・ディクソン・リーチは「田舎を描いたイギリス映画はとても珍しい」という。

「田舎にはたくさんのストーリーがあるのに、ほとんど語られていない。お金に余裕がある、ミドルクラスの人々はロンドンに住む傾向にある。そしてそういう人々が映画を作り、見に行くんです。彼らは、田舎の物語に人々が興味があるということに、気がついていない。それに、農業は保守的で古臭いと思われがち。都会の人々は、田舎のコミュニティを本質的に理解できないと感じているんです。」

また、こうした田舎の現状は英国のEU離脱、いわゆるBrexitにも大きく関わっているという。

「田舎の人々はとても閉鎖的な社会に住んでいて、孤独やプレッシャーにさらされています。そうした現状を変えたいと、彼らはBiexitに賛成したのです。しかし、私はBrexitが彼らに経済的な豊かさをもたらすとは思えません。イギリスはこれから、自暴自棄によって生まれたクレイジーな状況を経験するでしょう。」

また、昨年公開された『God’s Own Country』は、貧しい農家で暮らす青年が、ルーマニアから出稼ぎに来ている青年と恋に落ちたことで成長し、自分の将来を自ら選択していく姿を描いた。監督のフランシス・リーは、「イギリスの農業社会は崩壊しかかっている」という。

「今、このコミュニティを繋いでいるのは、実は移民の労働者たちなんだ。新しいエネルギーとアイディアに満ちた移民がこの世界を救っているという事実を描くことは、とても大切なことだと思う。」

『ピーター・ラビット』のようなロマンティシズムにあふれた大作が作られる一方で、イギリスの若手の映画監督たちは、リアリズムをつきつめ、農村社会の現実を伝えようとしている。もちろん、両者はジャンルも違えば、志向した客層も違うだろう。しかし、どちらも人々の求める、語られるべき物語であることに違いはない。美しい湖水地方の景色に魅了されたら、現実のイギリスを生きる人々の物語にも思いを馳せてほしい。

『Dark River』(2017)
https://youtu.be/mmLTojJW8aM

『The Levelling』(2016)
https://youtu.be/uNC8SeWPiw4

『God’s Own Country』(2017)
https://youtu.be/Bk4Ysb0J0O4

『ピーター・ラビット』(2017)
日本公開 5月予定
https://youtu.be/_evOjiHeRIQ

*1
ブラックベリーアレルギーをもつマクレガーさんにピーターたちがベリーを投げつけるシーンは、「食物アレルギーに対するいじめを助長する」として、物議を醸した。「#boycottpeterrabbit」というハッシュタグでボイコット運動もおこっている。これを受けてソニー・ピクチャーズは「食物アレルギーは深刻な問題であるのに、危険性を軽視するような扱いをしてしまったことを大いに反省する」と公式に謝罪した。
https://edition.cnn.com/2018/02/12/health/peter-rabbit-movie-parents-boycott-bn/index.html

参考URL:
https://www.theguardian.com/film/2018/feb/19/romanticism-v-realism-peter-rabbit-digs-up-cinemas-conflicted-relationship-with-the-country
https://www.theguardian.com/film/2017/sep/15/dark-river-review-clio-barnard-ruth-wilson-toronto-film-festival-tiff
https://www.theguardian.com/film/2017/apr/28/countryside-the-levelling-gods-own-country-abandon-inner-city

北島さつき
World News&制作部。
大学卒業後、英国の大学院でFilm Studies修了。現在はアート系の映像作品に関わりながら、映画・映像の可能性を模索中。映画はロマン。


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