[596]なぜハリウッドは英国を愛するのか


■アカデミー賞にそよぐ英国の風

第90回アカデミー賞まで約2週間と迫った18日、ひと足先に英国アカデミー賞の授賞式がロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで開かれました。オスカーの行方を占う前哨戦として有力視されている賞のひとつです。マーティン・マクドナー監督の『スリービルボード』が作品賞、脚本賞、主演女優賞(フランシス・マクドーマン)、助演男優賞(サム・ロックウェル)、英国作品賞の5冠を制覇し、最多12部門でノミネートされたギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』は監督賞、オリジナル音楽賞、美術賞の3部門受賞に終わりました。

主演男優賞を受賞したのは、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』でチャーチル首相に生き写しの姿を見せ周囲を驚かせたゲイリー・オールドマン。アカデミー賞でも同作で主演男優賞候補となっていますが、彼は現在、元妻からDVを受けたとの訴えを起こされており、それが#MeTooならびに#TimesUp旋風が吹き荒れるハリウッドでどのような影響を与えるかは不透明です。

そのゲイリー・オールドマンにまつわる興味深いアカデミーエピソードがひとつ。第84回アカデミー賞で主演男優賞(『裏切りのサーカス』)にノミネートされた経緯です。事前のオスカー前哨戦では全米映画批評家協会で主演男優賞候補となったのみで、放送映画批評家協会賞やゴールデングローブ賞からは圏外視されていました。ところが、英国アカデミー賞で主演男優賞にノミネートされるやいなや、アカデミー賞でも主演男優賞候補に躍り出たのです。

今年のオスカー賞のノミネートの顔ぶれを見ると、ハリウッドと英国は今まさに蜜月時代を迎えているさまが見えてきます。英国出身の映画制作者や俳優だけではなく、英国そのものに熱い視線が注がれているのです。

■愛される二つの理由

そのひとつの要因として、英国での映画の購入と消費の量が着実に増大し続けていることが挙げられます。英国映画協会が今年1月に発表した数字によれば、映画部門は前年比23%の伸びで24億ドル、テレビ部門では前年比27%増の967万ドルに飛躍するなど、2017年は英国にとって史上最大のお買い物イヤーとなりました。

もうひとつが、撮影地としての魅力です。ハリウッドが今、注目する撮影地はアトランタ、ニューオーリンズ、そしてロンドン。『ブレードランナー2049』、『エイリアン:コヴェナント』は、いったんは英国での撮影が検討されたものの、ロンドンおよび周辺の施設が既に飽和状態にあったため、撮影地を変更せざるを得ませんでした。しかしその後も『ジュラシック・ワールド/炎の王国』、『レディ・プレイヤー1』、『トゥームレイダー(2018)』、『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』、『アラジン』、『ミッション:インポッシブル6フォール・アウト』といった作品が英国で撮影を行っています。英制作会社はこの増大する需要に対応するため、既存のスタジオを拡張し、さらにイースト・ロンドンを開発する計画を進めています。英国老舗スタジオの筆頭パインウッドスタジオは、向こう5年の契約をディズニーと交わしており、『スター・ウォーズ』シリーズだけでなく、マーベル系の作品もこちらでの撮影が予定されています。

■ハリウッドが愛してやまない英国スタジオたち

1936年開設の『ソロ:スター・ウォーズ・ストーリー』、『ダンボ』、“Mary, Queen of Scots”を手がける

1.パインウッドスタジオ

1960年代から007シリーズやエイリアンシリーズの撮影を支えた、世界で最も有名なスタジオの一つ。規模を2倍に拡張するため280万ドルを投入し、施設を増強。ウエスト・ロンドンの郊外にあるこの巨大スタジオは21以上のステージを備え、ヨーロッパ最大の屋外水槽と20エーカー(東京ドームおよそ2個分)の野外撮影地を完備。一度に2本の大作映画を行うことができます。

『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』、『オリエント急行殺人事件』、『アラジン』、“Artemis Fowl”が撮影された

2.ロングクロススタジオ

最近、ディズニーがこのスタジオに「ミレニアム・ファルコン」を隠していることがGoogleマップの空撮によって明らかとなりました。2006年に防衛省車両開発施設の敷地内に建設され、5つの防音スタジオ(最大のものは42,000平方フィート、およそ東京ドーム3分の1個分)があり、19世紀のマナーハウス風の邸宅を有しています。200エーカー(東京ドームおよそ17個分)の野外撮影地、約1.2キロメートルのオフロードコースに、『007/スカイフォール』でも使用された4本の急斜面があります。

『ハリー・ポッター』ファンの聖地、『パディントン2』、『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』、『トゥームレイダー』、『ミッション:インポッシブル6フォール・アウト』と大作を数多く手がける

3.ワーナー・ブラザーズ・スタジオ・リーブスデン

35,000平方フィートの防音スタジオ、巨大な屋外水槽に、100エーカー(東京ドームおよそ8個分)の完璧な地平線がとれる野外撮影地を備えています。『ワンダーウーマン2』の撮影も予定されています。

『名探偵ピカチュウ』、『クリストファー・ロビン』、“Mary Poppins Returns”、“Holmes and Watson” が撮影された

4.シェパートンスタジオ

パインウッドスタジオの姉妹スタジオ。3,000~30,000平方フィートのステージが15個、そのうちの5つは水槽を備えています。そのほかに10エーカーの野外撮影地、古くは『オーメン』から、最近の『バットマンビギンズ』まで、使用された17世紀風のリトルトンハウスが建っています。

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』、映画に加えて“A Very English Scandal”、“The Little Drummer Girl”などテレビシリーズでも使われる

5.イーリングスタジオ

1902年に建てられた世界で最も古い映画制作施設。現在は、95万ドルをかけて8万5,000平方フィートのマルチメディアを増設し、5つの防音スタジオを完備。新しく敷設された鉄道により、ロンドンから11分、ヒースロー空港からも15分とアクセスの良さは抜群です。

■制作費の1/4が返ってくる

ハリウッドはなぜそれほどまでに英国に惹きつけられているのか――劇的な成長を支えているのが、2006年に導入された税制優遇措置です。英国政府は、一定の条件(制作費2,000ポンド以上/制作費の25%を英国で消費/人件費の70%を英国人含む欧州人に支払う)のもと、映画とTVの両方に対して制作費の25%を還元する支援を続けてきました。加えて、編集、VFXなどの技術に熟練したスタッフの存在です。もちろん、すべて英語で済むという利便性もあります。英制作会社フィルム4の演出責任者で、パインウッドスタジオ元役員のニッキー・アーンショーによれば、「良い支払いを受け、良い仕事をする。ここでは映画を愛する者たちの好循環が起こっている。唯一の難点は、とりわけ小規模のプロダクションで人材の取り合いが起こること。誰も不満は言わないけどね。贅沢な悩みだよ」。

■Brexit後に待つは天国か地獄か

この繁栄に懸念材料がないわけではありません。いわゆるBrexitです。英国は2019年3月までにEUから完全に脱退することが国民投票によって決定されました。投票から1年半が経過しても、脱退後の英国がどう進んでいくのかは明確に示されておらず、英国の映画業界、とりわけEUと協力して資金調達をしてきたスタジオにとっては、大打撃となる可能性もあります。

しかしその国難さえも、実はハリウッドにとっては目下のところ好都合なのです。2016年6月の国民投票後、米ドルに対するポンドは1.20ドルと31年ぶりの低水準まで下落しました。ハリウッドの制作者たちは、濡れ手に粟がごとく20%の経費削減に成功したことになります。英国映画委員会のエイドリアン・ウートン氏は、「変動はあるが、いまだ為替レートは特に米国にとって非常に魅力的だ」と指摘しています。実際、ポンドは確かに上昇の兆しを見せ、2月12日の段階で1.38ドルまで回復していますが、国民投票以前の水準、1.5ドルには達していません。

英国映画協会の最高経営責任者、アマンダ・ネヴィル氏は「つかめるうちにつかみ取れ。ハリウッドの会計士たちはこの好機にわいているかもしれない。しかし、Brexitが引き起こす最大の問題は、英国の外からの労働力に頼っている部門がどうなるかということにある」と憂慮しています。『ブリジット・ジョーンズの日記』や『ラブ・アクチュアリー』を手がけたワーキング・タイトル・フィルムズのプロデューサー、エリック・フェルナー氏も、「業界全体が今、二つのことに神経をとがらせている。人とモノの動きがどうなっていくかということだ」と予断を許さない状況にあるとの認識を示しています。

英国のVFX産業は近年、爆発的な伸びを示しています。ダブルネガティブ、ムービング・ピクチャー、フレームストアといった会社の関わった作品は、過去7回のオスカーで5度、視覚効果賞を獲得しています。この分野に携わる従業員の33%は英国以外の欧州人が占めているといった現況からすれば、Brexit後もこうした外からの優秀な人材をとどめ置けるかというのは英国の映画業界にとって死活問題になってくるでしょう。

U.K. Screen AllianceのVFX産業部門最高責任者、ニール・ハットン氏はこうした懸念を否定しています。「政府はこの産業の重要性を十分認識している。Brexit後に同僚たちが国へ帰っていく姿を見ることはないだろう。もし、来週、作曲家をもっと増やさなければならない事態になったとしても、私は電話一本でフランスから月曜までに必要な人材を呼び寄せることができる。移民政策は、現在のこうした柔軟性を維持するため、その期限とスケジュールには変更が加えられるべきだ」。

ワーナー・ブラザース英国・アイルランド・スペインのジョシュ・バーガー社長兼マネジングディレクターも、「業界全体が一丸となって、政府に対し、Brexitの過程の中で英国が開かれた環境を保ち、投資とコンテンツ制作力を維持することの重要性への理解を得る努力をしている」と前向きな発言をしています。ユニバーサル・ピクチャーズ・インターナショナルのトップ、ダンカン・クラーク氏の言葉、「私が知り得る限り、スタジオはいつもフル稼働している。この状況は当分変わらないだろう」は、英国とハリウッドの蜜月時代はもうしばらくは続くだろうとの見解のように聞こえます。

フレームストア創業者のウィリアム・サージェント卿は、Brexitをめぐる従来の議論とは違う見方を展開しています。「英国の成功を横目に後を追う中国、カナダほかの地域でのビジネスは、今後数年で英国を追い抜くだろう」と、Brexitにかかわらず、これまでのビジネスモデルはいずれ通用しなくなることを踏まえた上で、「それでもまだ我々の産業には大きなチャンスがある。それには大胆かつ野心的に新しい顧客を探すことだ」とビジネスの構造自体の変革を訴えています。「ヨーロッパとアメリカで我々の消費者となり得るのは10億人以下。しかし、インドや中国には、その周辺国を合わせると、約40億人がいる」と、アジア方面での市場開拓に強い関心を示しています。「5年、遅くとも10年以内にそうした構造を確立することが我々の責務だ」。

こうした世界のトレンドに応じて、アカデミーを賑わす作品の傾向も変わってくるかもしれません。

《参考URL》

https://www.hollywoodreporter.com/news/britains-brexit-production-boom-grab-it-you-can-1084448

https://www.hollywoodreporter.com/lists/5-london-studios-hollywood-loves-1084530/item/5-london-studios-hollywood-loves-pinewood-studios-1084533

https://news.sky.com/story/british-film-industry-at-a-defining-point-in-its-history-11255025

 

小島ともみ

イーストウッドは初恋の君にして永遠の片想い。ホラー・スプラッター・スラッシャー映画大好きですが、お化け屋敷は入れません。

 

 


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