[595]ブノワ・ジャコ監督最新作『Eva』——フィルム・ノワールに挑む


 ブノワ・ジャコ監督最新作『Eva』(Eva, 2018)が、現在開催中の第68回ベルリン国際映画祭で上映された。ジャコはこれまで数々の文学作品を題材としてきたが、今作でもその手法をとっている。原作はジェイムズ・ハドリー・チェイス『悪女イヴ』(Eve, 1945)で、若手作家が謎めいた娼婦に出会い、のめり込んでいった結果、破滅の道を歩むという物語である。1962年にはジョセフ・ロージーが同作を原作とし、『エヴァの匂い』(Eva, 1962)を撮ったことでも知られている。その際、娼婦、つまりここでは魔性の女(ファム・ファタル)を演じたのがジャンヌ・モローであり、『死刑台のエレベーター』(Ascenseur pour l’échafaud, 1957)や『突然炎のごとく』(Jule et Jim, 1962)に続いて出演したこの作品は、魔性の女(ファム・ファタル)という役とモローの結びつきをより強固なものにしたと言えるだろう。

 そして今回は、その娼婦役にイザベル・ユペールが迎えられた。これまで『肉体の学校』(L’Ecole de la clair, 1998)や『偽りの侍女』(La Fausse Suivante, 2000)といった作品に出演してきたユペールにとって、ジャコ作品への参加は今作で六度目となる。それだけに、監督からの信頼も厚く、また、「彼女と仕事をするときは、できるだけ才能ある者としてそこにいようとするが、すぐにそうではないと思い知ることになる[*1]」と言わせるほど今作でも完璧に役を演じたようである。

 また、ユペール演じる娼婦にのめり込んでいく若き男の役として、ベルトラン・ボネロ監督『SAINT LAURENT/サンローラン』(Saint Laurent, 2014)、グザヴィエ・ドラン監督『たかが世界の終わり』(Juste la fin du monde, 2016)での好演が記憶に新しいギャスパー・ウリエルが、彼を献身的に支える彼女の役としては、ジャコの前作『ネヴァー・エヴァー』(A jamais, 2016)で注目を集めたジュリア・ロイが参加している。

 

 さて、ベルリン国際映画祭への出品にあたって公開された筋書きは以下の通りである。

 ある夜、年配の作家が自宅の浴槽で死ぬ。彼が最後に書いた原稿の存在を知るのはたった一人の人物だけである。それは偶然にもその死の目撃者となった若い男ベルトランだ。彼は自分の名前でその原稿を出し、成功に酔いしれる。しかし世間はすぐに、この実在しない若き文学的天才が次の作品を出すことを望む。新しい作品を執筆しようとするなかで、ベルトランは魅力的だが謎めいた女性エヴァに出会う。彼にとって彼女は単に最上級の娼婦であるだけではない。彼女との会話は直接彼の新作の台詞となるのである。しかし彼はエヴァの固く閉ざされた心に入り込むことは不可能だとわかっている。誰も彼女を真に突き動かすものを知ってはいけないのだ。やがてベルトランは悲劇を引き起こす感情の罠に陥ることになる。[*2]

 本作がジェイムズ・ハドリー・チェイス『悪女イヴ』を原作としていることは先に紹介したが、監督がこの本と出会ったのはもう随分昔のことだった。「たまたま、13、14歳くらいのときにその小説を読んだのです。それはちょうど、映画監督になりたいと思い始めた頃でした」とジャコは語る。「その思い出はずっと自分のなかにありました[……]この映画はその思い出、読書体験から始まっているのです」。だからこそ、フィルム・ノワールを提案されたときに躊躇いはなかったようだ[*3]。

 そして今回とりわけ意識したのがエヴァをはじめとする主要登場人物の描き方だという。「ギャスパー・ウリエルと議論をするなかで、エヴァはまず男性の視点によって映した方がより興味深くなると思いました。そうすることで彼女は幾種類かのイメージとなるのです[……]主要登場人物全員が、秘密を抱えており、二つの人生を歩んでいるように見せたかったのです[*4]」

 フィルム・ノワールにおける女性の描かれ方に関してはこれまで多くの議論がなされてきた。特に、女性が男性的世界の秩序の外に立っていること、つまり視点や声を持たないことについては、モリー・ハスケルやローラ・マルヴィらによって批判されてきたことである。勿論そのような議論が対象としてきたのは今から半世紀ほど前の作品ではあるが、だからこそ、当時「セリ・ノワール」としてフランスでも刊行された『悪女イヴ』が今どのような形で映画化されたのかは注目に値する。そして、その意味で、エヴァに対する多重のイメージを作ろうとするジャコの手法は興味深い。

 また、ベルリン国際映画祭での上映後にアップされた“Sight&Sound”のレヴュー[*5]を見ると、「原作にみられるミソジニーとなりかねない傾向は取り除かれている」との記述がある。ここからも、監督が、エヴァを単に欲望の対象となる魔性の女(ファム・ファタル)として描こうとはしなかったことが予想される。

 “Sight&Sound”の記事では、エヴァの人物像以外にも大きく二つ、原作そしてロージー版との相違点があると指摘されている。一つは、物語の舞台に関して、「[ウェールズから]パリとアルプスに移っている」こと。もう一つは、エヴァと出会う若い男の設定が、「坑夫から転身した作家から介助士をしながらもジゴロとして生活する男に変わっている」ことである。そうした設定もあって、ベルトランはエヴァよりも捉えがたい存在として描かれているという。このことは、先に紹介したような、主要登場人物の描き方に対するジャコの姿勢と強く結びついているといえるだろう。“Sight&Sound”の筆者が、エヴァやベルトランだけではなく、ベルトランの彼女やベルトランに二作目を迫るプロデューサーも秘密と嘘を抱えていると指摘し、「この作品にみられる欺瞞と道徳が競合する相対主義はクロード・シャブロルの暗い世界を思わせる」と述べていることにも注目したい。

 また、筆者は、人物の二重性に加え、パリとアルプスという二つの場所を用意したことに関連して、繰り返されるとあるショットが大きな意味を担っていると主張しているが、それは是非とも映画の中で確認されたい。記事は、「この映画には目に映るものよりも多くのことがある」と締めくくられている。ジャコが描く2018年版の『Eva』は一体どのような世界を呈示しているのだろうか。

 フランス本国での上映は3月7日から。日本公開の日が待ち遠しい。

 

【新文芸坐シネマテークVol. 20 ブノワ・ジャコ】

2月23日(金)開場19:00/開映19:15 『いつか会える』(2004)

詳細は新文芸坐ホームページをご覧ください。

 

 

脚注

[*1][*3][*4]

http://www.parismatch.com/Culture/Cinema/Festival-de-Berlin-Benoit-Jacquot-nous-raconte-Eva-1463000

[*2]

https://www.berlinale.de/en/programm/berlinale_programm/datenblatt.php?film_id=201812383#tab=filmStills

[*5]

http://www.bfi.org.uk/news-opinion/sight-sound-magazine/reviews-recommendations/eva-benoit-jacquot-isabelle-huppert-moral-mystery-pretence

 

 

参考

http://variety.com/2018/film/reviews/eva-review-berlinale-2018-1202703232/

http://www.indiewire.com/2018/02/eva-review-benoit-jacquot-isabelle-huppert-1201930011/

 

原田麻衣

WorldNews部門。

京都大学大学院 人間・環境学研究科 修士課程。研究対象はフランソワ・トリュフォー。

フットワークの軽さがウリ。時間を見つけては映画館へ、美術館へ、と外に出るタイプのインドア派。


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