来週2月16日に全米で公開、日本でも3月1日に公開される“マーベル映画”の最新作『ブラックパンサー』が、公開前から大きな話題を呼んでいます。経済誌Forbesの記事によれば、米チケット販売会社Fandangoでの公開初週分の前売券の売り上げはヒーロー映画の初動興行記録を作った『バットマンVSスーパーマン』の売り上げをすでに超えており(『バッドマン』の全米初週収入は1億6600万ドル、Fandangoにおける売り上げ金額は非公表)、また1月29日に行われたワールドプレミア直後のSNSでの反応も熱狂的なものが多いため、米国内の初週興行収入が1億5000万を超え、これまでの2月公開映画の興行記録を塗り替える可能性が高いと予想されています[*1]。そうしたニュースの影響か、マーベルと並ぶ人気を誇るアメリカンコミックス“DCコミックス”(スーパーマン、バットマンetc.)の一部のファンが、映画レビューサイトRotten Tomatoesに『ブラックパンサー』の悪評を投稿しようと呼びかけるネガティヴキャンペーンを張ろうとし、Rotten Tomatoesのスポークスマンが「我々は多様な意見は尊重するが、ヘイトスピーチは容認しない。(中略)そうした活動に関わるユーザーはサイトからブロックし、コメントも削除する」との声明を出す騒動まで起こりました [*2]。さらに、アメリカのある中学校で課外授業として『ブラックパンサー』を観に行くことになったと教師が発表した途端に生徒全員が大はしゃぎして喜ぶ様子を撮影した動画なども話題になっています[*3]。
しかし、マーベル作品にあまり詳しくない人(実は筆者もその一人)にとっては、公開前からのこの異様な盛り上がりにいまいちピンと来ていない人も多いのではないでしょうか。というわけで、今回は『ブラックパンサー』がこれまでのマーベル映画とどう違うのか、何故これほど熱狂的な支持を集めているのかを調べてみました。

マーベル映画=「マーベル・シネマティック・ユニバース」シリーズの第18作として製作された『ブラックパンサー』は、アフリカにある架空の王国「ワガンダ」の国王ティ・チャラを主人公とする物語です。ティ・チャラ=ブラックパンサーはすでに2016年公開の『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』に登場しています。同作でワガンダの国王であった父親が暗殺された結果ティ・チャラが王位を継承した後の物語、ワガンダが長年その存在を隠してきた「世界を破壊するパワー」を秘めるとされる特殊金属ヴィブラニウムを狙う外敵との戦いがこの『ブラックパンサー』で描かれます。
やはり本作における最も重要な要素は、アフリカ出身、黒人のヒーローを主人公としていることでしょう。黒人のヒーロー映画といえば、過去に『ブレイド』(98)や『キャット・ウーマン』(04)などもありましたが、1966年にマーベルコミックに登場した黒人ヒーローの元祖ともいえるブラックパンサーの存在はアフリカ系アメリカ人の人々にとって特別なもののようで、実際『ブレイド』に主演したウェズリー・スナイプスも最初は「ブラックパンサー」を映画化したいと考えていたそうです。スナイプスはブラックパンサーというキャラクターについて、「マーベルコミックの中でもすごくクールで、特別なキャラクターだ。白人にも黒人にも、アジアの人々にも訴えかける何かがあり、武道の精神がある。いわば文化的に多様な“肥溜め(shithole)”のようなものだ」と、トランプ大統領がアフリカやハイチからの移民について「何故“肥溜め(shithole)”のような国々から来る人々を受け入れるのか」と発言したことへの嫌味を交えて語っています。
このスナイプスの発言を紹介したVarietyの記事[*4]では、昨年アメリカ国内での映画のチケット売り上げが急落した中でアフリカ系アメリカ人の観客数が前年の約2倍に増えたというアメリカ映画協会の調査結果、そして2017年に大ヒットした『ゲット・アウト』(ジョーダン・ピール監督)や『ブラックパンサー』と同じくディズニーの配給で3月に全米公開されるオプラ・ウィンフリー主演『A Winkle in Time(五次元世界のぼうけん)』(監督は黒人女性のエイヴァ・デュヴァーネイ)を例に挙げ、一昨年のアカデミー賞をめぐって起こった人種問題(#OscarSoWhite)を経て、ハリウッドの考え方が変わりつつあることを指摘。エイヴァ・デュヴァーネイ監督が「黒人の映画監督による様々な映画が同時代に登場したことは30年前にもあった(スパイク・リーやジョン・シングルトンetc.)。大切なのはこの状況を持続し、ただの流行にしないこと」と慎重に語りながらも、『ブラックパンサー』にインスパイアされた格好をした群衆の輪が会場の外にまで広がった同作のプレミア上映のことを「あれは事件だったわ」と言ったことを紹介しています。
『ブラックパンサー』は主演のチャドウィック・ボーズマンだけでなく、マイケル・B・ジョーダン、ルピタ・ニョンゴ、ダナイ・グリラ、アンジェラ・バセット、フォレスト・ウィテカーなど主要キャストの多くを黒人俳優が占めていること、さらにその高い知力や武力によってブラックパンサー支える科学者、スパイ、戦士といったキャラクターがすべて女性であることも見逃せない要素となっていますが、メガホンをとったのがマーベル作品初となる黒人監督であることも注目されています。監督のライアン・クーグラーは、シルベスター・スタローンとマイケル・B・ジョーダン共演のボクシング映画『クリード チャンプを継ぐ男』で知られる31歳の監督で、これが長編3作目の映画になり、本作の脚本もジョー・ロバート・コールと共に執筆しました。主演のボーズマンは「白人監督がこの映画を作れたと思うか?」という質問に対して、「それはきっとイエスだろうね。でも、自分の視点を持てるかどうかと聞かれれば、たぶん答えは違ってくる。その違いは大きい。何故なら同じ葛藤を共有できないということだから。アフリカ系アメリカ人にある葛藤を持たない人が、その歴史を祖先まで辿って考えることはとても難しいと思う」と答え、ボーズマンもそこに「僕はそこで語られている主題と個人的な関係を結んでいる映画作家の作品が好きだ。イタリア系マフィアを扱った映画に『ゴッドファーザー』や『ミーン・ストリート』、『グッド・フェローズ』を超えるものがあるだろうか。ブルックリンについて語った映画に『ドゥ・ザ・ライト・シング』以上のものがあったら見せて欲しい」と付け加えています[*4]。
また、Varietyに掲載された他の記事[*5]では、共同脚本のジョー・ロバート・コールの談話とともに本作がこれまでハリウッドで作られてきた『それでも夜は明ける』『グローリー/明日への行進』『ドリーム』『アミスタッド』といった黒人の苦難の歴史やその痛みや不当な扱いを描いたものとは異なり、“black glory(黒人の栄光)”を描いた作品となっていることが指摘されています。コールは『ブラックパンサー』で描かれるワガンダという架空の国が重要な役割を果たしていると語ります。「ワガンダの最も素晴らしい点は、その国がアフリカの完全な民族自決権を持つ国家であることです。その国は決して征服されず、植民地化されず、侵略もされない。国自身がその行く末を決めます。現在、有色人種の人々が自身の民族自決権を主張し、再確認する時期に差し掛かっています。私たちがこれまでその下で生きてきた支配的な認識の枠組みが崩壊しようとしている。この映画はその変化と共鳴しているように思います」[*5]。

全米公開を1週間後に控え、9日にはケンドリック・ラマーがプロデュースしたサウンドトラック・アルバム『Black Panther: The Album』も発売されるなど[*6]、『ブラックパンサー』フィーバーはさらなる盛り上がりを見せそうです。最後に2月6日のレビュー解禁日に海外サイトで一気に更新された映画評の一部を抜粋してこの記事を締めたいと思います。

「『ブラックパンサー』は文化やアイデンティティー、記憶が持つ本当の意味であふれた最初のマーベル映画である。また権力と支配の関係を論理的に考えるだけでなく、特有の身体性やこの宇宙がいかに形成されてきたかという歴史的な道筋を結びつけることでその思考に重みを持たせた初めての作品でもある」(中略)「観客はティ・チャラを信じ、ワガンダを信じ、そしてもしかしたら初めてマーベル・シネマティック・ユニバースが実際に重要であることを信じるかもしれない。善人が王になることが難しいように、良い映画がそうした巨大なスタジオ作品の中で生き延びていくのは大変なことだ。だか決して不可能ではない」IndieWire[*7]

「『ブラックパンサー』の最も素晴らしい点のひとつは、世界一の最貧国であるように装いながら実際は驚くべき鉱物ヴィブラニウムの鉱脈のおかげて先進的なテクノロジーの温床を持つとされる架空の国の特異性にある。プロダクションデザイナーのハンナ・ビークラーと彼女のチームが“戦士の滝”のような素晴らしい空間を作り上げただけでなく、衣装デザイナーのルース・E・カーターもその世界観の構築に寄与している。ガーナの織物や5世紀に使用されていたナイジェリアの文字、そしてマサイ、トゥアレグ、ドゴン、ズールーといった様々な部族の衣装などが参照されている。カーターは『カリフォルニア・サンデー・マガジン』の取材にこのように話している。“これまでハリウッド映画においてこの大陸(アフリカ)を知的に見せるチャンスは一度も得られなかった。アフリカといえば土がむき出しとなった地面が広がっているだけだった。私たちは古代のアフリカ文化を理解することによって、それを野蛮なものとしてではなく、王族や戦士にふさわしい壮麗なものとして見せたかった”のだと」Los Angeles Times[*8]

「『ブラックパンサー』における人種問題は、善悪の二元論的観点ではなく、過去と現在、そして権力の使用と濫用に関するより大きな人道的問題を探究する手段として非常に重要である。たくさんのメインストリームの映画を観るよりも、この作品ひとつを観るほうが世界がどのように機能しているかについてより深く考えることができる。もし男らしい戦闘シーンやデジタル・アバターがなければマーベル作品だとは思えないだろう。にもかかわらず、黒人の想像力と創造、解放に重点を置くことによって、この映画は否定されてきた過去の象徴であると同時に確かな存在を感じさせる未来の象徴となっている」 New York Times [*9]

(C)Marvel Studios 2017

*1
https://www.forbes.com/sites/markhughes/2018/02/01/black-panther-sets-new-early-ticket-sales-record-and-eyes-100-million-opening-weekend/
*2
http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/films/news/black-panther-rotten-tomatoes-facebook-group-marvel-movie-superhero-a8192641.html
*3
https://www.cinemablend.com/news/2306442/watch-some-middle-schoolers-celebrate-after-finding-out-they-get-to-see-black-panther
*4
http://variety.com/2018/film/features/black-panther-chadwick-boseman-ryan-coogler-interview-1202686402/
*5
http://variety.com/2018/film/features/black-panther-joe-robert-cole-evan-narcisse-wakanda-1202686413/
*6
https://www.rollingstone.com/music/news/kendrick-lamar-details-all-star-black-panther-soundtrack-w516183
*7
http://www.indiewire.com/2018/02/black-panther-review-ryan-coogler-1201925524/
*8
http://www.latimes.com/entertainment/movies/la-ca-mn-black-panther-review-20180206-story.html
*9
https://www.nytimes.com/2018/02/06/movies/black-panther-review-movie.html

黒岩幹子
「boidマガジン」(http://boid-mag.publishers.fm/)や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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