北米では今年、昨年2016年に比べ映画チケットの売り上げは、全体で6%も減少、特にこの夏は過去最低レベルと謳われていた。
そんな中、封切り週の週末に1億2300万ドルという、これまでのホラー映画市場最大の興行収入をうちたてたのが、スティーブン・キング原作のホラー『IT イット “それ”が見えたら、終わり。』である。

『IT』は90年にも映像化されており、ティム・カリー演じる強烈なピエロ”ペニーワイズ”の恐怖を覚えている方も多いのではないだろうか。
今回の新作では、2013年に『MAMA』でハリウッド長編デビューを果たしたアルゼンチン出身のアンディ・ムスキエティ監督がメガホンをとり、ペニーワイズ役はスェーデンの俳優ビル・スカルスガルドが演じている。
舞台は1989年夏のメイン州デリー。町では不可解な連続子供失踪事件が発生し、行方不明になった弟を探すビルと彼の友人達“ルーザーズ・クラブ”。しかし、次第に彼らは各々で恐ろしい体験をしはじめる、というあらすじで、原作が彼らの子ども時代、そして成長し、また”それ”と対峙すべく町に戻ってくる大人時代を描いているのに対し、本作では前半部分にフォーカスしている。すでに後半部分も続編として制作が決定しているようだ。

一時、『キングスマン』の第2作に首位を奪われたものの、先週には返り咲き、まだまだヒットは続く見込みだ。
しかし、今年の興行収入を引き上げているホラー映画は『IT』だけではない。
『アナベル 死霊人形の誕生』は9600万ドル、今月末には日本でも公開される”ゲット・アウト”も1億7500万ドルと大ヒットを記録している。
さらにさかのぼると2016年の『死霊館 エンフィールド事件』、『ドント・ブリーズ』から続いており、ここ2年、ホラー映画が好調と言えるだろう。

ボックス・オフィスのレポーターIan Sandwellは、「ホラー映画には、常に一定層のコアファンがおり、そこでいいレビューを得ることができれば、それは一般層にも広がっていくものだ。『IT』はメインストリームのホラーとして、いいレビューを獲得するだけの映画であり、前作(90年に製作されたもの)をティーンエイジャーとして観ていた世代から、今回初めてホラー映画を観るという世代まで、幅広い客層を取り込むことに成功している。」と言う。実際に、レビューサイトのロッテン・トマトでも86%となかなかの高評価である。

近年のホラー映画のほとんどが、古い作品に影響を受けている。『アナベル』はビジュアル、テーマともに60、70年代の超自然的ホラーを糸口としている一方、
『ゲット・アウト』はもう少しモダンで、『ステップフォード・ワイフ』のような人種の偏見という題材を盛り込みつつ、『ローズマリーの赤ちゃん』にも影響が見られる。
ロンドンのフライトフェストのディレクターAlan Jonesは、こう語る。
「ホラーは循環型のジャンルである。常に新しい映画がその前の名作を追い払ってしまう。最初はハマーで、次にサイコ、ローズマリーの赤ちゃん、エクソシスト、悪魔のいけにえ、ハロウィーン、エルム街の悪夢、スクリーム、ブレア・ウィッチ、ホステル、パラノーマル・アクティビティ、ソウ、そして今は死霊館シリーズとITというように。」

また、Jonesは「ホラー映画は、インターネットであらゆるコンテンツに自由にアクセスできる、より若い世代を惹きつけるようになってきているようだ。」と言う。
幸いにも、10代、20代の若者はストリーミングやダウンロードと同じくらい、大きなスクリーンでホラーを見る。
最近『IT』を友人と観に行ったという、とある19歳の学生も「最高のホラー映画には、完全な暗闇とサラウンド音響、そして静けさが必要だけど、同時に自分の周りに他の人がいることで、部屋に恐怖感が充満するんだ。」とコメントする。
予告編やオンラインのレビューを簡単にチェックできるようになったことで、映画のチケットを買うかどうか決めるのは、その親以上の世代がDVDやVHSを選んでいた時よりもずっと簡単である。
実際『IT』は、興行収入のみならず、予告編動画が公開後24時間で1億9700万回も再生されたことでも話題になっている。

ロンドンのキングスカレッジで映画学を教えるAlice Haylett Bryanはホラーブームをこう分析する。
「政治、文化情勢が間違いなくホラー映画の作り手・受け手の両者に影響しているでしょう。例えば、『ゲット・アウト』が成功し、それが黒人に対する迷信や搾取を追求していることは、トランプ政権に対するメッセージだと考えるのも面白い。他の国のホラー映画も含めると、過去10年間で、右翼政党の興隆が人種、移民、国家と言ったテーマを探求することで、それらが物語に反映されているようです。」

また、バージニア工科大学の教授、Stephen Princeは、こう語る。
「以前より世界がより危険な場所になっているかというと、それはどうかわからない。しかし、以前よりもより多くの脅威にさらされていることは確かである。
その要因のひとつとなるのが、インターネットにより、危機感が増幅されることだ。アメリカでは、テロ事件よりも交通事故で亡くなる人の方が多いが、テロ事件の方が恐れられるのは、より報道されているからであろう。ホラー映画は、人体のもろさや生命力の儚さ、人間の曖昧さといった私たちの心をつかむ疑問を投げかけるのだ。」

社会学者で”Scream: Chilling Adventures in the Science of Fear”の著者でもあるMargee Kerrも、『IT』の公開に合わせ以下のようなコメントを寄せている。
「北米の複雑な政治情勢に各地を襲った2つのハリケーンが加わり、我々は現実からしばらく逃げ出し、打ち負かすことのできるモンスターと戦う準備ができている。
少なくとも大きなスクリーンの前では、恐怖を体感し、それを打ち負かすことで満足感が得られるのだ。
おそらく、現実の世界で悪いことが起きるほど、死ぬほど怖い思いをする、ということで感情を解放する必要があるのだろう。」

今回のブームを受け、ホラー映画市場はどんな広がりを見せていくのだろうか?
果たして、ホラー映画の黄金期となり得るのだろうか?

参考
https://www.theguardian.com/film/2017/sep/14/horrorwood-will-the-new-golden-age-of-scary-movies-save-cinema
http://fortune.com/2017/09/11/it-box-office-record-hollywood-horror/
https://www.usnews.com/news/business/articles/2017-09-11/record-breaking-weekend-for-it-grows-to-1231-million

荒木 彩可
九州大学芸術工学府卒。現在はデザイン会社で働きながら、写真を撮ったり、tallguyshortgirlというブランドでTシャツを作ったりしています。


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