今年も、アカデミー賞の季節がやってきた。アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督『バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』が作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞の4冠に輝き、激戦を制した。(*1)
 

 そんな中、外国語映画賞部門で、ロシアのアンドレイ・ズヴャギンツェフ監督『Leviathan(原題)』や、先日セザール賞7冠に輝いた『Timbuktu/ティンブクトゥ』などを抑え、パヴェヴ・パヴリコウスキ監督によるポーランド映画『イーダ』がオスカーを勝ち取った。(*2) 初めてこの賞にノミネートされたポーランド映画は、ロマン・ポランスキー監督『水の中のナイフ』(1963)である。ポーランド映画はこの部門に10回ノミネートされており、そのうちの四作品は『鉄の男』(81)『カティンの森』(07)などアンジェイ・ワイダ監督の作品で、近年では『ソハの地下水道』(11)がノミネートされていた。そして、『イーダ』が初めてのアカデミー外国語映画賞受賞作品となった。(*3)『イーダ』は、2013年にロンドン映画祭で最優秀賞に選ばれてから、世界の映画関連の賞レースのなかで有力な候補として挙げられるようになり、英国アカデミー賞で外国語映画賞、ヨーロッパ映画賞で作品賞に輝いた。(*4)パブロフスキ監督は、生活と映画製作の拠点をロンドンに置いており、北米ではエミリー・ブラントのテビュー作『マイ・サマー・オブ・ラブ』(04)などで知られている。(*5)

 プレゼンターのニコール・キッドマンとキウェテル・イジョフォーから名前を読み上げられ、壇上へと上がったパヴリコウスキ監督は、興奮さめやらぬ様子で受賞の喜びを語った。

 “どうしてここに辿りついたんだろう?白黒の、世界から身を引いた静寂と黙考の場所についての映画をつくったのに、いま、こうして世界の喧騒と注目の真ん中に立っている。素晴らしいよ、人生は驚きに満ちている。”
 途中で二度も音楽によるスピーチの締めの合図が流れたものの、監督はその後も早口で広大な謝辞のリストを述べ続け、観客からは笑いと温かい拍手が送られた。(*6)

 1962年のポーランドを舞台に、カトリックの修道女として聖職に就こうとする一人の若い女性を、多くのロングショットと最低限のセリフで描いたこの映画は、飾り気のないドラマティックな映画である。赤ん坊の頃に孤児として修道院に引き取られた主人公は、修道女になる前に外の俗世界へ数日間送られることになり、そこで存在すら知らなかった唯一の親戚の叔母と過ごすことで、自身のアイデンティティーに関する事実を発見していくという物語だ。(*3)(*2)

 しかし、2013年10月にポーランドで公開され、ポーランド映画賞で最優秀賞を含めた四つの賞を受賞し、国内の、主にアート系映画を愛する映画ファンおよそ12万人に見られたこの映画が、ポーランド国内である議論を呼んでいる。(*7) ポーランドの名誉毀損防止組合が、世界大戦中のドイツによるポーランド占領についてきちんと表現しておらず、反国家的で、特に欧州の歴史について詳しくない観客にホロコーストについて間違った印象を与えかねないとして、作品を批難しているのだ。そして組合は、‘1939年から1945年までポーランドはドイツの占領下にあり、死に値する行為であったにもかわらず、多くのポーランド人がユダヤ人を匿った’という事実を今一度はっきりさせるために請願書を提出。四万人もの署名が集まっている。これに対し、パヴロフスキ監督はばかばかしいと一蹴した。(*7) 

 “その四万人の署名者のなかで実際に映画をきちんと見た人は何人いるのだろう?この作品は歴史を語るために作ったわけではない。物語は、人間らしさとパラドックスを抱えたとても複雑な登場人物たちに焦点を当てている。あるイデオロギーや歴史の見方について解説しているなんてことではないんだ。人生は複雑だろう?なのになんで芸術が複雑じゃ駄目なんだ?”

 “この作品がブラジル、スペイン、フィンランドでも温かく迎えられたのは、作品の持つポエティックな面に、時間や場所を超えて訴えかける力あったからで、彼らにポーランドの歴史についての教養があったからではない。その署名をした‘愛国者’たちは、本気で『イーダ』を見にいく観客たちがドイツによるホロコースト、残虐行為について知らないとでも思っているのだろうか?”

 監督は、この映画がポーランド映画であることを誇りに思っており、“ポーランド映画は優れた伝統を持っている。しかし、キシェロフスキ以降、世界に衝撃を与えてはいない。このような我々の国のイメージを傷つけ辱める人工的に企まれた論争などではなく、『イーダ』という作品そのもので衝撃を与えるべきだ”と述べた。(*7) アメリカ映画界で最高の栄誉とされるアカデミー賞を受賞し、全世界にその名を轟かせた『イーダ』は、本国の論争を尻目に、これからもっと様々な人々に見られ、評価されていくだろう。パヴロフスキ監督の次回作にも期待したい。
 『イーダ』は、現在イメージフォーラム渋谷にてアンコール上映中である(上映は3/6まで、連日21:00~)。(*8) 静かで美しいモノクロ世界のなかで自身と向き合うひとりの少女の姿を、ぜひ劇場で目に焼き付けて欲しい。

 

松崎舞華
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参考
#1) http://www.indiewire.com/…/the-2015-oscar-winners-live-as-t…
#2) http://variety.com/…/ida-oscar-for-best-foreign-language-f…/
#3) http://oscar.go.com/nominees/foreign-language-film/ida
#4) http://www.theguardian.com/…/ida-wins-oscar-for-best-foreig…
#5) http://www.independent.co.uk/…/oscars-2015-polish-movie-ida…#
#6) http://www.independent.co.uk/…/oscars-2015-foreign-language…#
#7) http://deadline.com/…/ida-debate-petition-holocaust-poland…/
#8)
http://www.imageforum.co.jp/theatre/index.html


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