[420] 秋の映画祭で注目を集める黒人映画『Moonlight』


9月上旬に米コロラド州で開催されたテルユライド映画祭、そして先週開催されたトロント国際映画祭で上映され高い評価を受けている黒人映画があります。今年最も注目を集めている黒人映画といえば『The Birth of Nation』(ネイト・パーカー監督)ですが(同作もトロントで上映されました)、今回取り上げる作品はもっと規模も小さく、より私的な作品です。それは『Moonlight』という、『エクス・マキナ』や『AMY/エイミー』などの配給でヒットを飛ばした若い映画会社A24とブラット・ピットの制作会社プランBが製作したインディペンデント作品です。監督のバリー・ジェンキンスは36歳、本作が長編第2作になります。

『Moonlight』の主人公はマイアミの貧困した地区で生まれたカイロン(Chiron)という黒人男性で、本作は彼の幼少期、ティーエイジャー時代、成人期の3つのパートで構成され(監督のジェンキンスはトロントの会見でホウ・シャオシェンの『百年恋歌』を参照したと語ったとのこと)、それぞれの時代の主人公を異なる3人の俳優(アレックス・ヒバート、アシュトン・サンダース、トレヴァンテ・ローズ)が演じています。本作は小さな男の子=カイロンの後ろ姿を移動撮影でとらえた場面から始まります。“チビ(Little)”というあだ名で呼ばれる彼の幼少期は麻薬中毒の母親(ナオミ・ハリス)に育児放棄され、学校ではいじめの対象となるつらい環境です。少年にとっての救いは、彼を可愛がってくれる近所に住む麻薬ディーラーの男(マヘルシャラ・アリ)とその妻(ジャネール・モネイ)、そしてただ一人の友人ケヴィン(ジェイデン・パイナー)の存在でしたが、ある日、カイロンは自分がケヴィンに性的魅力を感じていることに気づくのです。しかし自分が生きるコミュニティがゲイであることを受け入れる/放っておいてくれる環境ではないことを身をもって感じたカイロンは、ゲイであることを隠し、「他の黒人と同じように」「ただ波の中を転がるように」生きることを選びます。カイロンはそのまま自分の心の奥にある感情を表す術を知らぬまま大人になり、“ブラック”という別のあだ名とグリル(歯の装飾)をまとった麻薬ディーラーになりますが闇社会の中で身動きがとれなくなっていきます。この作品はそんな人生を送ってきたカイロンがいかにして心理的に解放されるかを描くものです。

「ガーディアン」のベンジャミン・リー氏は、まだ観た人が非常に限られている現時点において、すでにネット上で本作を「黒人の男らしさを脅かす」作品だという批判があがっていることを指摘、ジェンキンス監督や出演者への取材をもとに黒人社会における男性性と脆弱性(弱さ)を描くことをテーマにした記事を書いています。
たとえば出演者のひとりであるアンドレ・ホランドはこう言います。「僕はアラバマ州バーミンガムで育ったが、近所に住むのは黒人ばかりだった。本当に粗野で乱雑な地域で、脆弱さといったものを受け入れる余地のない場所だった。僕は高校生になって初めて町を出て、生徒のほとんどが白人の高校に通うことになったんだけど、そこでは傷つきやすく、もろいことに価値が見出されていた。いま脆弱性(vulnerability)という言葉を使ったけれど、当時の僕にとってそれは脅威が存在しないということだった。そしてそれはフェンスを越えないと得られないものだったんだ」
また成人したカイロンを演じるローズは、「黒人男性は成長する過程で、より強く、男らしく、あらゆるときにその場を支配する力を持つ必要があると考える。そうすることが自動的に防壁を築くことになるし、自身の脆さについて考える必要がなくなるからだ」と述べ、ジェンキンス監督もその意見に賛同し、「アメリカ社会は黒人男性が世間に出て、独り立ちし、生き抜くために、自身を強化することを強いていると思う」と付け加えています。

「Indiewire」のエリック・コーン氏は『Moonlight』について「ゲイ映画というよりはむしろアメリカ史の転機において疎外感を具現化した作品」だと評しています。
「オバマ時代が終わりを告げようとし、多様性という言葉をキーワードにした人種問題に関する議論が最高潮を迎えているこの重要な節目に、これまで黒人映画では放っておかれた領域に踏み込んだ目を見張るような映画が登場した。『Moonlight』は怒りや苛立ちを純然たる親密さに転換する。息の詰まるような世界を描いたこの魅力的なポートレートにおいて、唯一の潜在的なカタルシスはカイロンが自分はこうなりたいのだと強く願い、その感情を認識することにある。地味なトーンではあるものの、この映画はより自由に意見を言い合える未来を照らすかがり火なのだ」

一方、主人公のカイロンが作品を通してずっと無口であることに着目し、ジェンキンス監督がその静けさを見守り、尊重している点を本作の魅力として挙げているのが「LAタイムズ」のジャスティン・チャン氏。
「カイロンは3つのパートでそれぞれ異なる俳優によって演じられているが、だからこそその感情の連続性は非常に素晴らしいものになっている。主人公がひとつの岐路を経たことが身体的な変化として示される部分もあるものの、ひとりの俳優は他の2人が持つ身体的特徴を特に引き継いではいない。にもかかわらず、彼らはそろって無口で情熱的だ。ジェンキンスのこの演出は非常に的を得たものだ。彼は映画を観る者に、過去のカイロンの外見、アイデンティティの表面を見るように促しているのだ。固定概念を乗り越え、主人公の内面を外見から切り離して考えさせるために。(中略)この作品は多くを語ってはいないが、全てを語っている」

『Moonlight』はこのあとニューヨーク映画祭やロンドン映画祭、ヴァンクーヴァー国際映画祭で上映され、10月下旬にアメリカで劇場公開される予定です。

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http://www.imdb.com/title/tt4975722/

https://www.theguardian.com/film/2016/sep/15/its-impossible-to-be-vulnerable-how-moonlight-reflects-being-a-black-gay-man-in-the-us

http://www.indiewire.com/2016/09/telluride-film-festival-2016-moonlight-review-barry-jenkins-1201722499/

http://www.latimes.com/entertainment/movies/la-et-mn-toronto-2016-barry-jenkins-moonlight-makes-the-case-for-quiet-eloquence-20160911-snap-story.html

黒岩幹子
「boidマガジン」(http://boid-mag.publishers.fm/)や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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