[331]ローラ・ポイトラスがホイットニーで展覧会


  2013年1月、記録映画作家のローラ・ポイトラスは一通の暗号化されたメールを受け取る。送り主はアメリカの国家情報局=NSAの内部情報を暴露したことで当局に追われ、モスクワへと亡命していた27歳の青年だ。「ローラ」。メールはこう始まる。「この段階では僕の言葉を信じてもらうしかない」。「僕があなたを選んだ理由が知りたいだろうと思う。でも僕は選んではいない。あなたが選んだんだ」。このメールを直接のきっかけとして、ポイトラスは自身の創作活動を大きく前進させることになる映画の製作に取りかかることになる。
 魅力的な始まり方だ(このメールのテキストは『Citizenfour』では実際に冒頭で登場する)。この作品の概要と撮影された経緯については、以前ワールドニュースで紹介した(※1)。それ以来、本作が日本で公開される気配が無いのが残念だが、今月からポイトラス氏がニューヨークのホイットニー美術館で展覧会を開催しているということなので、関連した記事を紹介しようと思う。展覧会のタイトルは『Astro Noise』。

 展覧会はホイットニー美術館の8階のギャラリーで行われているもので、その内容についてはすでにニューヨーク・タイムズ紙などが詳しく紹介している(以下※2)。まず入り口の横の壁には6点の大判の写真がある。画像は不鮮明で、一見何が映っているのか判別は難しい(おそらくこのページ※3に掲載された画像だろう)が、タイトルなどから、それが衛星やドローンを駆使して「監視」された個人や国家の情報が暗号化されたものであることが明らかになる。さらに会場を進むと、今度はいくつかのスクリーンに投射された映像が現れる。ひとつのスクリーンには、9・11の直後と思われるグラウンド・ゼロを眺める人々のクロース・アップがスローモーションで映し出されている。奇妙な映像だ。ある人はマスクをつけ、ある人は顔をしかめているが、大部分の人はただ「見つめている」。映像にはアメリカのナショナル・アンセムのサウンド・トラックがのせられているのだが、これは2001年10月、ヤンキー・スタジアムでのワールド・シリーズで観客によって歌われた国家を録音し、編集したものだということだ。

 こうした断片を眺めてみるだけでも、ポイトラスが一貫してある主題と向き合っていることが感じられるだろう。彼女の問題意識は一貫して、「9・11以後のアメリカ」——そしてそれに伴う21世紀の世界情勢——にあてられている。アメリカ軍の事実上の占領下にあったイラクで市民を撮影した『My Country, My Country』と、ビン・ラディンのドライバーとして働いた経験を持つ男性らをイエメンで追った『The Oath』、そしてエドワード・スノーデンとガーディアンの記者らとともにつくりあげた監視社会アメリカの実像を描き出す『Citizenfour』。監督として、そしてジャーナリストとしての姿勢を一貫して崩さない彼女が、今回展覧会という場に活動を拡げたのにはどういう理由があったのだろうか。ガーディアンの記事(※4)では彼女がスノーデンからNSAが入手している情報の告発を受けたとき、「ある種のフラストレーションを感じていた」と紹介されている。

「私は義務感に駆られていた。ジャーナリストとして、もちろんそれを告発しなければならない。一方で、映像を用いるジャーナリストとしての制限があった。パワーポイントで告発を行うのには無理がある」
(展示で使用された画像について)「私は映画の仕事をしながら、美しさと、そして底で流れるものを求めてきたのだと思う。表面だけではなく、重なったレイヤーに関心がある。これは抽象画であると同時に、イスラエルが占領地の上を飛行する無人機によって得た複雑な情報でもある」

  今回の展示では他に、「Bed Down Location」と題されたインスタレーションが紹介されている。観客は部屋の中央に設けられた簡易ベッドに横になり、天井のスクリーンにはイエメンやパキスタンの夜空が照射されている。満点の星空。しかし、やがて太陽が上ってくると空は砲撃を行うドローンで埋め尽くされる。

「(展覧会という形式では)私はある部分までコントロールを失っている。例えば時間のコントロールを。あなたはそこにどれだけいて映像を見続けるかを自分で決めることができる。映画ではそれはできない。「あなた次第」だということには楽しさがある。けれど、別の形で、私は観客を誘導するでしょう。空間の設計という方法で、人々がどのように会場を動くかについて考えることができる。そうしたことが折り重なったり、逆転したりすることに興味がある」

 映像と記録、それがどのように見られるか——私たちは映画館と展示のほかに、インターネットについても考えなければならないだろう——をめぐる作家の選択を考える上でも興味深い。

※ 1 http://indietokyo.com/?p=1011
※ 2 http://www.nytimes.com/2016/02/05/arts/design/laura-poitras-astro-noise-examines-surveillance-and-the-new-normal.html
※ 3 http://whitney.org/Exhibitions/LauraPoitras
※ 4http://www.theguardian.com/artanddesign/2016/feb/04/laura-poitras-astro-noise-whitney-the-art-of-surveillance

井上二郎
「映画批評MIRAGE」という雑誌をやっていました(休止中)。文化と政治の関わりについて(おもに自宅で)考察しています。趣味は焚き火。


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