現在ユタ州パークシティで開催中のサンダンス映画祭2016(1月21日から31日まで)で、一本の作品が大きなセンセーションを巻き起こしている。
タイトルは『The Birth of a Nation(国民の創生)』。『セインツ』や『フライト・ゲーム』で知られる36歳の俳優ネイト・パーカーが7年間かけて実現した企画である。パーカーは自らこの作品を製作し、監督と主演もつとめた。
『The Birth of a Nation』は、現在のハリウッドシステムの外側で作られた、あらゆる意味で反抗的で挑戦的な作品だ。まず、それは現在では作られなくなったクラシックなコスチュームプレイである。そして、白人優位主義が強まる現在のハリウッド(今年のオスカーでノミネートされた候補が白人ばかりだった事実に象徴される)の中で、それは主要なキャストの殆どが黒人で占められている。そしてそれは、1831年にバージニア州で起きたナット・ターナーの反乱の史実に基づいた奴隷蜂起の物語を語っているのだ。
パーカーはこの作品を10億円足らずの予算、そして27日間の撮影期間で撮りあげた。そして、数日前サンダンスでワールドプレミアされた『The Birth of a Nation』は、そのショッキングな内容によって大きな反響を呼び起こし、3度に渡る観客からの熱烈なスタンディング・オベーションを受けた。これは、多くの映画ジャーナリストにとってかつてない例外的な体験であったとのことだ。すぐさま、ワインスタイン・カンパニーやネットフリックスなど業界大手のバイヤーが夜通し入札を競い合い、この作品の配給権を奪い合った。最終的に勝利したのはフォックス・サーチライト。その金額はサンダンス映画祭史上最高額である1750万ドル、およそ21億円に達したと報じられている。
バージニア州サザンプトンで生まれ終生そこで暮らしたナット・ターナー(ターナーは白人所有者の姓であり、彼自身はナットと呼ばれていた)は、幼少期から知性に恵まれ、信仰心が厚く、奴隷仲間からの信頼を集めていたとのことだ。神のお告げを受けたと信じた彼は、仲間らとともに蜂起し、南北戦争へと向かう時代のアメリカで最も注目された奴隷反乱事件を主導した。反乱においてナットらは見つけた白人を区別なく全員殺戮し、そして白人民兵によって鎮圧されたナットらも最終的にきわめて残虐な手段で処刑されたことが記録されている。その過剰なまでの暴力性から、ナットの事件は現在に至るまで大きな議論の対象となっている。その論争自体を取り上げたチャールズ・バーネット監督作『Nat Turner: A Troublesome Property』(2003)はあるが、ナットを描いた映画はこれまで殆ど作られてこなかった。
ネイト・パーカーは、こうした論争を含んだ主題を取り上げたことについて、上映後のパネルディスカッションで次のように述べている。
「僕はすべての人を挑発したい。これは映画という形を取った闘争宣言なんだ。と言うのは、そう、僕らはハリウッドに広がりつつあるレイシズムに立ち向かわなくちゃいけない。そしてそれは社会にも広がりつつある。だから僕は観客がそれを見て影響を受けるような映画を作って、彼らをまるで捕虜のように映画館の中に閉じ込めようと思った。彼らはそのイメージを見なくちゃいけない、そしてその主題がこの2016年にもそのままエコーしている事実も見なくちゃいけないんだ。
こうすることで、彼らはもはや知らないふりをすることができなくなる。彼らは自分たちが見たものから目を背けることがもはやできない。劇場を後にした後、彼らはこう自問するんだ。自分の役割は何だろう?って。自分はすべきことをしているか、受動的でないだろうか?同じ罪に荷担していないだろうか、ってね。こうした積み重ねによって本当の変化というものが生まれると僕は思うんだよ。」(#1)
この映画のタイトル『The Birth of a Nation』には、映画的にきわめて強い意味が込められている。それは、映画の父、あるいは映画のシェークスピアとも呼ばれる偉大な映画監督デヴィッド・ウォーク・グリフィスが1915年に製作したエピックな歴史ドラマ『國民の創生』と同じ名前を持っているからだ。映画文法のすべてを確立したとさえ言われるグリフィスの代表作として映画史上きわめて大きな位置を占めるこの作品は、同時に白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)の誕生と興隆を白人の側から描いたレイシズム映画としても悪名高い。このタイトルについて、パーカーはインタビューで次のように答えている。
「僕がこの映画の製作に熱中していたとき、アメリカという国をそのアイデンティティという観点から探求することにとりわけ興味があったんだ。現在のアメリカで私たちが耐えなければいけないこれほど多くの差別的不公平の背後には、さらに大きなこの国の病がある。それは、私たちが目を背けるようシステムによって強制されてきた病だ。私たちの祖先に関する真実から奴隷制という暗い過去に至るまで、私たちは私たち自身の過去と誠実に対面することを拒み続けてきた。こうした拒絶という病は、私たちが過去の傷から本当に立ち直るための大きな障害となる。
グリフィスの『國民の創生』と同じタイトルを付けたのは、こうした病を治癒するため必要な多くのステップの中の一つだ。グリフィスの映画は、レイシストのプロパガンダに多くを負っており、恐怖と絶望を喚起することで白人優位主義こそがアメリカの生命線だと信じ込ませる効果を持っている。この映画はKKKの再興に大きな役割を果たしたばかりでなく、私たちが現在知っている映画業界の礎を作り上げたんだ。
だからこそ、僕はこのタイトルを奪い返し、それをレイシズムやアメリカにおける白人優位主義への挑戦のための武器にしようとした。この国、そしてすべての国における不公正に対する反乱を喚起し、すべての人が問題と誠実に向き合うことを要求し、そして最終的に私たちの社会が本当に目覚めて、そのシステムが継続的変容を遂げることを望んでいるんだ。」(#2)
ネイト・パーカーの『The Birth of a Nation』は大きな衝撃を持って受け止められ、正式公開された際には賞レースで旋風を巻き起こすだろうとも期待されている。監督としてのパーカーの手腕は、こうした反時代的で巨大な映画製作をまとめ上げ、かつショッキングな題材を扱う切れ味が高く評価されているものの、やや感傷的で通俗性が目立つという指摘も多い。
Five Questions with The Birth of a Nation Director Nate Parker
参考URL:
http://www.sundance.org/festivals/sundance-film-festival
http://www.wired.com/2016/01/birth-of-a-nation-sundance-sale/
http://www.theguardian.com/film/2016/jan/26/the-birth-of-a-nation-review-sundance-slavery-epic-as-brutal-as-braveheart
http://www.indiewire.com/article/sundance-review-the-brilliance-of-birth-of-a-nation-is-bigger-than-the-movie-20160126
http://www.vulture.com/2016/01/sundance-review-the-powerful-birth-of-a-nation.html
Fox Searchlight Near Sundance Record $17.5 Million Deal For ‘The Birth Of A Nation’
‘Birth Of A Nation’ Electrifies Sundance Crowd In World Premiere
大寺眞輔
映画批評家、早稲田大学講師、アンスティチュ・フランセ横浜シネクラブ講師、新文芸坐シネマテーク講師、IndieTokyo主催。主著は「現代映画講義」(青土社)「黒沢清の映画術」(新潮社)。
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