002_ryuichi_sakamoto_chad_kamenshine_custom-6f081add95bcb315909c44348f8fa479653fad8e-s800-c85

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の新作『レヴェナント:蘇えりし者』の音楽を担当したのは、坂本龍一、アルヴァ・ノト(カールステン・ニコライ)、ブライス・デスナーの3人である。
2014年、坂本龍一は、咽頭癌であることが発覚し、すべての仕事のスケジュールをキャンセルした。2015年8月3日の彼自身による文書により仕事への復帰が告げられ、その最初の仕事は、山田洋次監督の『母と暮せば』における音楽の作曲であった。そして、それと同時に進められたのが、『レヴェナント:蘇えりし者』の作曲である。イニャリトゥ監督から依頼を受けた当時、坂本龍一の体調は決して万全とはいえなかった。しかし、2人のコラボレーションは成立することとなる。坂本龍一をそこまで動かしたものとは何であったのだろうか。

「私は、アレハンドロのデビュー作品『アモーレス・ぺロス』以来、その映画の主題や大スター以上に彼の熱狂的なファンです。たぶん、これは15年前になります。その時から、彼の映画はすべてチェックし、彼のしてきたことすべてが気に入っています。数年前に、『バベル』で、彼は、私の作曲した音楽の2曲を使いました。彼の映画における私の音楽の使い方に、大きな敬意を感じました。その時、私たちは、電話で音楽の使い方、音楽の制作の仕方について話し合いました。それからすぐ後になって、ロサンジェルスでコンサートがあった際に、彼を招待し、ついに出会うことができました。『レヴェナント:蘇えりし者』について、今年(2015年)の5月に事務所の電話で話しました。これは、「明日、ロサンジェルスに来てよ。」という、あまりに労を要する話だったのです。
なぜなら、私は、昨年(2014年)に癌を患い、今年(2015年)の5月にはまだ治療をしており、体調は万全とはいえなかったからです。すぐには作曲をすべきかどうかを決めることができませんでした。まずは、自分の健康の管理をすべきだったのです。しかし、それから、ロサンジェルスに行く決心をし、音楽について、長い話し合いをしました。始めの段階での編集されたその映画は、重要なシーンが欠落していました。まだ撮影が行われていなかったのです。とても大事な編集のシーンが無かったのです。しかし、私は、アレハンドロ、そして、彼の才能を愛しています。特に、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』は素晴らしき作品です。」

坂本龍一は、イニャリトゥ監督作品の数々を好んでいる。また、今作より以前には、イニャリトゥ監督が、『バベル』において、坂本龍一の既存の音楽を使用したことがあった。そのラストシーンで流れる「美貌の青空」は、映像の意味を際立たせている。これまでの2人の関係が、今作におけるコラボレーションを導いたといえる。さらに、坂本龍一は、『レヴェナント:蘇えりし者』の音楽を作曲する決心をした経緯について続けて話している。

「音楽家は、しばしば、音楽だけでなく、映画、本、写真からインスピレーションを得ます。私は、他の音楽家からそれほど多くのインスピレーションを受けません。現存している音楽家からは特にです。バッハ、ベートーベンといった昔の音楽家は良いです。恐らく、自然に他の音楽家が作曲した音楽を頻繁に聴くことを避けているのかもしれません。しかし、映画に関しては、常にそれらのインスピレーションへ注意を払う心構えをし、そのことを求めます。私が5月に不完全に編集された映像を観たことは確かですが、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』の後の作品でしたので、すぐに、これは次のレベルの作品であると思いました。『レヴェナント:蘇えりし者』には、テンプトラック(映画へのオリジナルの音楽が作曲される前に一時的に付けられる既存の音楽)が付けられており、彼は、私の音楽をテンプトラックとしてたくさん使っていました。だから、私は「分かったよ。挑戦してみるよ。」と言ったのです。しかし、彼の視覚的な力、自分が好む彼の人柄以上に、映画それ自体が私を納得させてくれました。」

revenant (1)

『レヴェナント:蘇えりし者』は、ハリウッド大作あるが、坂本龍一は、自分の音楽が現代のハリウッド大作の傾向に合うものだと判断していなかった。彼は、イニャリトゥ監督に以下のように申し出ていた。

「追跡のシーンや戦闘のシーンを書くことは本当に苦手です。私は、もっと憂鬱で、悲劇的な音楽を書くことが得意なのです。」

しかし、坂本龍一の音楽を、イニャリトゥ監督は自身の映画に求めていたのである。1970年代後半に、エレクトロニック・ポップ・グループとして結成された「イエロー・マジック・オーケストラ」から坂本龍一の主な経歴が始まった。それからの彼の経歴は、エレクトロニカやテクノ、ネオクラシカル・フィルム・ミュージック、イージー・リスニング、さらには、政治活動と多岐にわたるが、音楽とエレクトロニクスは、常に彼の前面にあり、そのことがイニャリトゥ監督が坂本龍一に『レヴェナント:蘇えりし者』の音楽を依頼した1つの理由であった。イニャリトゥ監督の求めた音楽について、坂本龍一は次のように説明する。

「彼は、旋律や従来のサウンドトラックというよりはむしろ、レイヤーサウンド(何層にも重ねられた音)を求めました。私が強く思い起こしたことは、自然の美しさでした。美しさだけでなく、厳しさもです。」

『レヴェナント:蘇えりし者』は、自分の妻と息子を殺された1人の男性の復讐の物語である。彼は、その物語の中で自然の厳しさに苦しむ。人と自然の残酷さを表現するために、イニャリトゥ監督は、彼自身の古いプロフェット5シンセサイザーと小編成の弦楽器を音楽に用いることを主張した。

「彼は、私の冷たいシンセサイザーの音を好んでいました。彼は、できる限り、その音を保つように希望しました。私は、実際、少しそのことへ異議を唱えました。とても美しい音色を奏でる弦楽器の演奏者とのレコーディングだったからです。しかし、彼はそれらをミックスすることを望みました。」

20151223_revenant_33『レヴェナント:蘇えりし者』において、音楽の制作に携わったのは、坂本龍一のみではなかった。イニャリトゥ監督がブライス・デスナーを招き入れたのである。彼は、ロックバンド「ザ・ナショナル」のギタリストとソングライターとしてポップ音楽界で名を馳せた。彼が書いたコンサートの楽曲は、イニャリトゥ監督によって最初の映画のシーンにおいて使用された。そして、イニャリトゥ監督は、ブライス・デスナーにさらなる音楽の協力を求めたのである。ブライス・デスナーは、自分の音楽について振り返っている。

「私が担当したのは、すべてオーケストラの音楽です。それは、弦楽器、打楽器、いくつかの金管楽器によるオーケストラ音楽なのです。」

ブライス・デスナーは、映画の後半の音楽を中心として、坂本龍一がすでに書いていた音楽を聴いていた。そして、その音楽は、映画と合っており、彼は、坂本龍一の音楽に重ねる音楽を書いたのである。ブライス・デスナーは、自身の音楽について続けて話している。

「そのスコアは、坂本龍一の音楽に重ねられているのです。しかし、『レヴェナント:蘇えりし者』は大作です。その映画には、とても広く、多くの異なった種類の音とテクスチュアがあります。そして、多くの感覚を生み出します。思うに、究極的に、そのスコアの中へ他の声を重ねている感覚です。」

ブライス・デスナーの音楽制作の過程はどのようなものであったのだろうか。また、坂本龍一は、ブライス・デスナーの音楽に対して、どのような印象を持ったのだろうか。坂本龍一は、それらのことを彼の視点から次のように説明する。

「ブライスの音楽は、初期の段階からテンプトラックとして使われていました。アレハンドロは、強く彼の協力を希望しました。ブライスは、私たち(坂本龍一とアルヴァ・ノト)とは別にレコーディングをしました。しかし、彼は、私がしていたことを聞いていましたので、間接的なコラボレーションでした。私は、若く、才能ある音楽家たちと仕事したことをとてもうれしく思います。」

ダウンロード (2)坂本龍一自身も、この映画の作曲にアルヴァ・ノト(カールステン・ニコライ)を参加させた。アルヴァ・ノトは、ドイツのエレクトロニカの音楽家であり、彼の存在は、芸術家の手腕として必要であった。また、坂本龍一は、2014年の6月に咽頭癌と診断され、映画が必要とする2時間の音楽へ1人で取り組むことに不安を感じていたことも参加の理由に挙げられる。

「私は、今年(2015年)になってから回復しました。だから、当然、私は自分の健康を心配していました。1日に16時間、時に、24時間の仕事をこなしていましたが、今回は、8時間、集中するのが上限でした。これが限界でした。」

また、坂本龍一によれば、イニャリトゥ監督は始めからアコースティックとエレクトロニックのレイヤーサウンドを希望していたがゆえに、アルヴァ・ノトが参加したことは自然なことであったとしている。彼の音楽はある部分においては分かたれて機能し、また、ある部分においては随所で交互に現れる。
坂本龍一、ブライス・デスナー、アルヴァ・ノトによる『レヴェナント:蘇えりし者』の音楽は、何層にも音を重ね合わせることによって作り上げられている。その音楽は、第73回ゴールデン・グローブ賞において、作曲賞にノミネートされた。しかし、一方で、第88回アカデミー賞の作曲賞候補に坂本龍一が選ばれることはなかった。その理由には、3人によって手掛けられた音楽の中から誰がどの部分を作曲したのかを判別することが難しいということが挙げられた。つまり、坂本龍一が作曲した部分の判断ができなかったのである。坂本龍一によれば、実際に、イニャリトゥ監督によって3つの異なる楽曲は1つの楽曲に合わせられ、3人の作曲家たち自身ですらも、自分が作曲した部分を判別できなかった。これは、アカデミー賞作曲賞の選考規定「オリジナルスコアは、オリジナルドラマティックアンダースコアリングとして作曲された本質的な本体を持つ音楽でなければならない。そして、提出する作曲家によって、明確に映画のために書かれたものでなければならない。模倣されたテーマや他の前もって作曲された音楽によって弱められたスコア、歌曲が優位に立って使われることによって影響力が少なくなっているスコア、1人よりも多くの作曲家の音楽から組み立てられたスコアは、資格を有さないものとする。」の項目に抵触したとされる。
イニャリトゥ監督は、『レヴェナント:蘇えりし者』の音楽がアカデミー賞の選考対象とならなかったことについて異議を唱えている。今回に限らず、彼の前作『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のアントニオ・サンチェス作曲による音楽も、同様に、ゴールデン・グローブ賞の作曲賞にノミネートされるなどの高い評価を得ていながら、アカデミー賞の選考規定に抵触したとされ、候補作から外されている。クラシック音楽の使用により、オリジナル音楽が中心となっていないとみなされたのである。また、アカデミー賞の作曲部門では、オーケストラが好まれ、ドラムのみによって演奏される音楽が敬遠されたのではないかという見方もある。イニャリトゥ監督は、これらのことを総括して、以下のように語る。

ダウンロード「(坂本龍一がアカデミー賞の候補とならなかったことは、)悲しい知らせだった。アントニオ・サンチェスによる『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』の音楽が拒まれたこともまた、悲劇であった。このことは、困惑させるできごとであり、不平等であったのだ。私は、異を唱え、訴えた。彼ら(アカデミー賞の作曲賞選考に関わる人々)は、ドラムは感情的ではなく、映画の感情の力を伝えることがないと思っている。…彼らは、『レヴェナント:蘇えりし者』の音楽は素晴らしく、(坂本龍一、アルヴァ・ノト、ブライス・デスナーの3人による音楽が何層にも重ね合わさった)綴れ織りの音楽はすごいと言っていた。しかし、彼らは、誰が何をしたのかを理解しておらず、それは彼らを困惑させることになった。これは計画であったのだ。何が何であるのかを理解する方法が存在しない自然の音と自然の複雑さを混ぜ合わせたのだ。調和の中でのその綴れ織りの音楽の複雑さは偶然ではない。その割合の56パーセント以上は、龍一によるものであり、(アカデミー賞選考の)資格の必要を満たす。
私は、映画制作者が、ちょうど、自分自身を引きずっているという奇妙な立場の中にいるが、音楽家は飛んでいるかのようにとても解放されている。だから、私はその意味において音楽を愛している。そして、耳と目を発達させていると思っている。この映画によって、(音の編集監督と音響を担当した)マーティン・ヘルナンデスと共に仕事をする純粋に美しい機会を得ることができた。私たちは、音に関して30年間、共に仕事をしてきた。それゆえに、私たちは、音の規則を理解している。そして、坂本龍一、アルヴァ・ノト、ブライス・デスナーのトリオの音楽は、風変わりなガカモーレ(食材を磨り潰して混ぜ合わせて作るメキシコ料理)になったのだ。
アカデミー賞は、若手音楽家が映画音楽の制作へアプローチする方法を狭めている。これは、本当に悲しい。彼らは、新たな方策を探究するべきなのだ。音楽はとても力を持っており、これは、明らかな恥である。作品における仲間に対して、彼らが正しい判断を下さなかったのは2回目である。これは不名誉なことである。龍一は、彼らに美しい手紙を送った。私は、彼らがこのことに対して考え直すことを望んでいるよ。正しい判断を下さなかったことは、音楽家にとって深刻な脅しであるのだ。それは、皆に送った誤ったメッセージであり、何か異なる試みを追求する人を妨げている。私は、自分が誤ったことをしていると考えている部門の人々のすべてには敬意を払う。しかし、もし、それが、『レヴェナント:蘇えりし者』の綴れ織りの音楽への理解を示すことならば、私と龍一に、(彼らが正しい判断をしなかったことを)明らかにさせて欲しい。そうすれば、彼らは音楽制作に対する新たな方法を理解するでしょう。」

判断が覆り、坂本龍一の音楽がアカデミー賞作曲部門の選考に含まれることはなかった。しかし、アントニオ・サンチェスや坂本龍一のアカデミー賞選考におけるできごとが周知されることにより、今後の選考基準に変化がもたらされるかもしれない。
坂本龍一は、自分自身を『レヴェナント:蘇えりし者』の音楽と作品に重ねて語っている。坂本龍一は咽頭癌は治癒したと話す。しかし、その恐怖は、スコアの中に独特な綴れ織りという複合的な音楽の形態で表れている。また、その恐怖によって、坂本龍一は物語の中で怪我をしている主人公と自分自身を繋げている。最後に、彼の言葉を紹介して締め括る。

「私はとても死と近いところにいました。私の人生において、最も死と近い瞬間であったのです。そのテーマ曲の速度は、私の呼吸に基づいています。重苦しく、長く続き、恐らく、少し悲しいです。これこそが、『レヴェナント:蘇えりし者』の意味です。これが、死からの帰還なのです。」

参考URL:

https://www.sitesakamoto.com/

http://deadline.com/2014/12/birdman-out-oscars-academy-rejects-appeal-1201332029/

http://www.yourclassical.org/story/2014/12/24/birdman-oscar-antonio-sanchez

http://blogs.indiewire.com/thompsononhollywood/the-revenant-q-a-ag-inarritu-finds-cinema-poetry-in-harsh-locations-blasts-academy-sakamoto-score-rejection-20151219

http://www.yourclassical.org/story/2015/12/23/sakamoto-revenant-oscar

http://www.rollingstone.com/music/news/ryuichi-sakamoto-details-gigantic-score-to-birdman-directors-the-revenant-20151217

http://www.thefader.com/2015/12/04/ryuichi-sakamoto-interview-the-revenant

http://www.npr.org/2015/12/22/460711062/in-the-revenant-a-return-from-deaths-door-onscreen-and-off

http://www.vanityfair.com/culture/2015/12/the-revenant-composer-ryuichi-sakamoto-interview

http://www.npr.org/2015/12/30/461409253/first-listen-ryuichi-sakamoto-alva-noto-bryce-dessner-the-revenant

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


1 Comment

コメントを残す