古典作品では『市民ケーン』『ヒズ・ガールフライデー』、そしてウォーターゲート事件の調査を描いた『大統領の陰謀』。記者・ジャーナリストの活躍や生活をドラマとして描く作品を「Newspaper Movie」と呼ぶことがある。今、インターネットや世界各地のメディアで話題になっている『Spotlight』という映画もその系譜の作品だ。2001年のボストン・グローブ紙を題材にしたノンフィクション作品である本作だが、これだけ多くのメディアが高く評価しているのは異例といえそうだ。

 映画は2001年に “カトリック教会の聖職者による児童虐待疑惑とその隠蔽” を報じたアメリカの「ボストン・グローブ」紙の記者たちの8ヶ月にわたる調査報道をドラマ化したもの。ボストン・グローブ誌のこの報道は、ピューリッツァー賞を受賞し、現在まで続く、カトリック教会をめぐる疑惑の(もちろん、様々なゴシップも含まれる)口火となった事件ともされる。「Spotlight」とは5人の男女からなる調査チームに冠された名前だ。

 欧米の新聞・雑誌は軒並み本作に惜しみない賛辞を送っている。レビューを掲載した新聞メディアは、ネット上で閲覧できるものだけでも枚挙にいとまが無く、先日『ニューヨーカー』にも長文の論考が掲載された(1)。多くのメディアは、「報道機関」の内部で起きるドラマと、調査をベースに進むミステリーとしての展開、このふたつが織り交ざり、ある種の王道をいくエンタメ作品の上質さを讃えている。

「『Spotlight』は、心をつかむミステリーであると同時に、扇情的でないやりかたで、不正義と立ち向かう記者達を描く、上質なニュースルーム・ドラマでもある。… 人物描写の精緻さ、より広い政治的な輪郭と隠蔽を描くこと、この二点の両者が強調された作品だ」(2)

 また、キャストの魅力について評価する記事も数多い(3)。一方、『フィルムコメント』紙は、この映画を「Newspaper Movie」の一作であるとしながらも、犯罪調査の過程で楽しませる『大統領の陰謀』などのノワール劇とは異なり、「ワイズマンのドキュメンタリーを、“コンパクトで興奮できるようにした”作品だ」と評している。(4)強度の客観的観察力をも備えた芯のある作品ということのようだ。
 

 ただ、『Spotlight』がいま高く評価され、各媒体が賛辞を送っているのは、作品の良質なエンタメ性と記録作品としての洗練性だけではなく、別の側面もあるようだ。それは、編集、取材、ジャーナリズムという活字をめぐる「文化」、世界各地でそれぞれ形を変えながらもきっと共有されうる「文化」に対する直接的な擁護であり、インターネットの普及とともにそれが失われてしまうことへの危惧でもあるのだろう。多くの記事からそういった雰囲気が伝わってくるのだ。例えば——「映画の主要な目的とは、 “物語”を追求するとき、ジャーナリズムがどれほど成功できるかを示すことだ」(5)。

 決して一人の仕事ではなく集団的でコレクティブである「ジャーナリズム」——チームワークによって社会の悪と闘うというある一つの「典型」への回顧、本作の評価の背景にはこうしたものがあるのだろう。そしてもちろん、こうした「文化」と映画が辿った歴史は決して無関係ではなく、たびたび交錯してきたものでもある。

 監督はテレビドラマ「ワイアー(Wire)」などで役者としてのキャリアを積む一方で、インディペンデント映画を製作してきたトム・マッカーシー氏。キャストには、レイチェル・マカダムスや、マーク・ラファロなどを迎えた。 トロント映画祭で初上映を迎え、先週から各地で上映がスタートしている。

 

1)「New Yorker」http://www.newyorker.com/culture/richard-brody/the-curiously-generic-journalists-of-spotlight

2)New York Times http://www.nytimes.com/2015/11/07/business/media/the-artless-look-of-the-boston-journalist.html?_r=0

3)「Guardian」http://www.theguardian.com/film/2015/sep/03/spotlight-review-catholic-church-child-abuse-film-decently-tells-an-awful-story

4)「フィルムコメント」http://www.filmcomment.com/blog/deep-focus-spotlight/

5)「ワシントンポスト」 https://www.washingtonpost.com/express/wp/2015/11/10/researching-spotlight-made-the-films-makers-into-journalists/

 

井上二郎

「映画批評MIRAGE」という雑誌をやっています(休止中)。文化と政治の関わりについて(おもに自宅で)考察しています。趣味は焚き火。


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