Steven spielberg スティーブン・スピルバーグ監督の新作『ブリッジ・オブ・スパイ』は、アメリカとソ連が冷戦下にあった時代のスリラーである。今年の3月に、その音楽を、スピルバーグ監督作品のほとんどを手がけてきたジョン・ウィリアムズに代わって、トーマス・ニューマンが担当することが報じられた。その理由には、ウィリアムズの軽い健康の問題が挙げられていたが、今年の1月にも、同じ理由で、サンディエゴ交響楽団のコンサートへの出演が見送られていたこともあり、同氏への健康はそれ以前から懸念されていた。

 ウィリアムズが、スピルバーグの映画音楽を担当しないのは、1985年製作の『カラーパープル』以来、約30年ぶりである。また、それ以前のスピルバーグ監督の劇場作品で、そのことに該当するのは、1983年製作の『トワイライト/超次元の体験』のみである。  

 10月に入り、『ブリッジ・オブ・スパイ』に関するスピルバーグとマーティン・スコセッシによる対談が、今回の作曲家交代の詳細な理由について明らかにしてくれている。スピルバーグは次のように語る。

「ジョンと僕は、今日まで一緒に映画の仕事をこなしてきました。ジョンは、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の音楽を書いていますが、J.J.(J.J.エイブラムス監督)は、ジョンが必要なときには『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の音楽を書くことを止めて貰い、僕のためにスコアを書いてくれるようにすると約束してくれました。そして、35分の音楽が必要となり、ジョンも、映画全体に35~40分の音楽が必要であることを了承してくれました。」      

 このような遣り取りは、まさに、長年のスピルバーグとウィリアムズの不可分な関係性を表している。しかし、スピルバーグは、後日、ジョンから仕事を共にできないとの旨の連絡を受けたことについて続けて話している。  

「ジョンから電話がきましたが、彼は本当に辛そうでした。とにかく、彼の健康を考慮しなければなりませんでした。彼は、ペースメーカーを埋め込まなければならなかったのです。医者は、経過は順調で、合併症もなく、すべてに問題がないと話してくれていたとのことでした。ですが、スコアを書くこと、指揮をすることなど、7週間は何もできないとのことでした。ジョンは電話で、「7週間、何もできないとなれば、どうすればいいかな。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の仕事へ戻らなければならないし、そのスコアを書き上げるよ。」と言いました。これが理由なのです。」     John Williams 

 そして、スピルバーグが代表を務めるドリームワークス作品の音楽を数多く手がけてきたトーマス・ニューマンの起用が決定する。しかし、トーマス・ニューマンの起用理由は、当然ながら、このことにとどまらない。そこには、トーマス・ニューマンとウィリアムズの長きにわたる関係が見えてくる。スピルバーグは、ウィリアムズを映画音楽家の家系として名高いニューマン家の1人であるのだと語る。

「ジョン・ウィリアムズは、ニューマン家の1人なのです。トーマス・ニューマンの父アルフレッド・ニューマンはジョン・ウィリアムズを見つけ出し、そのセッションピアニストから彼の仕事は始まったのです。「ジョンに、ミッツィ・ゲイナーの出演する『南太平洋』でピアノを演奏して欲しいんだ。」とアルフレッド・ニューマンが言ったのです。…ジョンは、セッションのキーボード担当として、『南太平洋』で演奏をしました。それから、アルフレッドは、何度も彼を起用し、作曲をさせるようになりました。」    

 ウィリアムズは、若かりしとき、ジャズピアニストとして活動し、“The John Towner Touch”を始めとするアルバムをリリースしていた経歴を持つ。その彼の才能を見出し、映画音楽界へのきっかけを与えたのが、『イヴの総て』や『西部開拓史』などを手がけたことで知られる作曲家アルフレッド・ニューマンであった。    

 現在、その息子トーマス・ニューマンは60歳、ウィリアムズは83歳である。トーマス・ニューマンは、父アルフレッド・ニューマンとウィリアムズの親交ゆえに、赤ん坊の頃からウィリアムズと面識があった。彼が成長する中で、父アルフレッド・ニューマンとウィリアムズが彼にもたらした影響は大きかったのではないだろうか。彼の記憶には、かつて20世紀フォックス社のステージの下で椅子に座りながら、父が多くの仕事に取り組んでいる姿や、ウィリアムズが大作の指揮をしている姿を見ていた体験が刻まれている。さらに、トーマス・ニューマンは、かつてウィリアムズと共に仕事をした経験を話している。

「彼が僕にチャンスをくれたというのとは違うかもしれませんが、『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』のダース・ベイダーが亡くなる場面のオーケストレーションを任せてくれました。それは素晴らしきことでした。」  

 この世代を超えたニューマン父子とウィリアムズの関係が、今回の『ブリッジ・オブ・スパイ』におけるスピルバーグとトーマス・ニューマンというコラボレーションを生み出したとも考えられる。スピルバーグとの仕事について、トーマス・ニューマンは、次のように評する。

「彼の部屋に座り、何か音楽の一部を演奏します。そして、彼の反応を信じるのです。僕は、ただ彼の中に湧き上がる感覚を捉えようとしました。彼の直感は、とても正しく、明確ですが、まったく説教めいておらず、押し付けがましくもありません。彼は、共に仕事をする人の創作に対する心持を理解し、非常に興味を持ってくれます。」  

Thomas Newman    

 『ブリッジ・オブ・スパイ』は、トーマス・ニューマンの独特な音楽によって彩られている。層をなすように繰り返されながら発展していくピアノ、鋭く小刻みに鳴り響く弦楽器の音色は、トーマス・ニューマンのスコアの特徴を示している。同時に、彼はスピルバーグ監督が表現する美学の条件のもとで仕事をしていることも事実である。その意味において、トーマス・ニューマンの音楽は、バランスを保ちながら、映画を支えつつ、そこに内在する独自性を主張しているといえる。ウィリアムズも、彼の才能を高く評価し、音楽をコンサート用にも書き直すべきだと勧めている。トーマス・ニューマンは、以下のように自身の作曲について振り返る。

「僕はジョンがするようなことをできていたのか分かりませんが、スティーブンが僕に求めていたことをするようには努めました。しなければならないことは分かっていました。他にどうしようもありません。」    

 彼は、長年、スピルバーグ監督と共に活躍してきたウィリアムズの音楽らしさを求めるのではなく、同監督の意向を考慮する中で自己の表現を追求していたことが窺える。    

 映画について話されるとき、しばしば監督ないし主演俳優が作品を代表するかのように語られるが、映画とは、キャスト、スタッフの1人1人によって共同で作り上げられている。そのことを観る側も意識しつつ、作品に臨むことは、さらに内容や背景を理解し、興味の幅を広げる手がかりとなるのではないであろうか。

参考URL:

http://bridgeofspies.com/#about

http://www.empireonline.com/news/story.asp?NID=43731

http://www.sandiegouniontribune.com/news/2015/jan/09/san-diego-symphony-williams-cancels/

http://www.dga.org/Events/2015/Dec2015/BridgeofSpies_QnA_1015.aspx

http://www.npr.org/2015/10/17/449417429/composer-thomas-newman-teams-with-spielberg-for-bridge-of-spies

http://www.imdb.com/name/nm0002354/bio?ref_=nm_ov_bio_sm

http://www.imdb.com/name/nm0002353/bio?ref_=nm_ov_bio_sm

 

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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