世界中の映画人、映画ファンの話題をさらっているアナ・リリ・アミリプール。彼女の長編デビュー作、『ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女』(原題『A Girl Walks Home Alone at Night』日本公開決定)の主人公は、スケートボードに乗ったイラン人のヴァンパイアの少女です。この強烈な個性をもったキャラクターは、どのように生まれたのでしょうか。それには、イラン系移民の両親のもとイギリスに生まれ、アメリカ、イランと渡り歩いた彼女の半生が大きくかかわっています。

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イギリスで生まれたアミリプールがアメリカに移住したのは、彼女が8歳のときでした。ブリティッシュアクセントを話す彼女は、学校で珍しがられました。

「それは、優しい歓迎ではなかったわ。私は、自分がエレファントマンであるかのように感じたの。」

クラスにうまくなじめなかった彼女は、マイケル・ジャクソンのスリラーのミュージックビデオやホラー映画に熱中してきます。#1

「私には、友達がいなかった。眉毛がつながっていて、不器用で、木のぼりが大好きなやんちゃな子供だった私は、柔らかい髪にベレー帽をかぶった女の子たちと一緒に遊べるほど、女の子っぽくはなかった。それで、私はスケートボードに乗ったり、もの作りをしたりしていたの。」#2

このもの作りのひとつが、ショートムービー製作です。12歳の時に父親のビデオカメラを借りて撮影したホラー映画は、両親をおおいに喜ばせ、彼女は手ごたえを感じたといいます。#3

2003年、一家はイランの首都、テヘランに移住します。エキセントリックな髪型に鼻にはピアス・・・アミリプールは、顔以外の全身を覆い隠す民族衣装のチャードルを着るように言われたといいます。しかし、アドヴァイスに従っても目立っていた彼女は、歳上の女性と口論になることもしばしばだったそう。#4

「彼らは私が西洋人だとすぐに気づいた。だけど私は、顔を上げて、彼らの目を見て話すように心がけたの。あの抑圧的な雰囲気は、混沌としていて、中世のように古くさくて、私は窒息しそうだった。まるで首をしめられているようだったわ。」#5

しかし、それでも彼女はケープのように風にはためき、空気をとらえるチャードルを気に入りました。そして、気づいたのです。チャードルは、まるでコウモリのようだと。10数年後、新作の構想をねっていたアミリプールは、これぞ‘イラン風ヴァンパイア’だ、と確信しました。#6

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自身もイラン系アメリカ人である主演のシェイラ・ヴァンドは、チャードルについてこうコメントします。

「チャードルがなぜ政治的で社会的なイメージをまとっているかについては、私も理解しています。しかし、それはリリーがチャードル選んだ理由ではないの。獲物をかくし、暗闇にまぎれることもできるチャードルは主人公にとって便利だというだけ。ブルース・ウェインがバットマンになるとき、彼はバットスーツを着なければならないでしょう。それと同じで、チャードルは、彼女にとってのスーパーヒーロー・コスチュームなの。このチャードルがムスリムの女性の解放の象徴であるという意図は、私たちにはありませんでした。」#7

彼女のコメントからもわかる通り、この作品はしばしばフェミニスト的な解釈をされ、アミリプールにも説明が求められます。

「私が、映画の中で女性に言及している?そうね、だけど女性だけでなく、男性、子供、猫にもね。もしこの作品がフェミニスト映画だというなら、それはただ男性を殺す少女の物語だからでしょう。もし作品がフェミニストだというなら、私もフェミニストかもしれないけどね。でも、私はポルノもみるわ。クレイジーな、ギャングのポルノを。つまり、私は私がどういう人間かわかっているつもり。」#8

定番の質問に少し憤慨しつつもそう答える彼女は、ふと表情をゆるめてこう付け足します。「あなたは、誰がフェミニストであるかわかってる?
ラース・フォン・トリアー。
彼こそ最大のフェミニスト。もし彼に会えたら、私はかけよって、飛びついて、ハグするわ。」#9

アミリプールが‘イランのおとぎ話’と表するこの作品は、全編ペルシャ語でつくられました。彼女は自分自身を「Very American」と表現しながらも、イラン人としての要素を自分の中に感じているといいます。#9

彼女と似たようなバックグラウンドをもつヴァンドは、まさにこういった映画の役を待っていました。

「私は、パワフルな中東女性の役だけでなく、女性の悪役でさえ探すのに苦労しました。ですが、私がいま出ているテレビシリーズでは、メインキャラクターは女性で、アメリカの大統領の役も女性です。私は、アメリカはゆっくりと変わり始めていると思います。移民の文化によって、新しいタイプのアメリカ人も多くなりました。イランについてもそうで、新しいタイプのイラン人が増えています。私はこれまで、私自身の独特のハイブリッドなアイデンティティを表現できるものに、多くは出会えませんでした。しかし、この映画はそんな私を表現できる数少ないもののひとつです。」#10

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イランの町という設定でありながらアメリカの郊外の雰囲気を残した映画のロケーションは、まさにヴァンドのいうハイブリッドなアイデンティティそのものです。

「この、カリフォルニアを感じさせるイランの町というロケーションは、あなたの感覚を奪い、混乱させるかもしれません。でも、これこそが、過小評価されてきた人々の、ディアスポラのコミュニティであり、アミリプールであり、私なのです。私は第一世代のイランの移民であるため疎外感を感じてきました。どこか別の、他の世界から来たように感じるのです。そして、主人公の少女は、まさにそうした世界にいるのです。」#11

ヴァンドが「彼女の全世界である」と表現する『ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女』は、まさにアミリプールの自己紹介とでもいうべき、デビューにふさわしい作品です。

彼女は、映画製作への情熱をこう表現しています。

「私は、自分の頭の中を探求したい。私は、自分が孤独だから映画をつくっているのだと思う。そして、それは私が誰であるか、世界に伝えようとする方法でもあるの。」#12

ハイブリッドなアイデンティティをもつ、新世代の才能あふれる映画作家、アナ・リリ・アミリプール。彼女の頭の中を、あなたもぜひのぞいてみてください。

#1,2,3,4,5,6,8,9,12, 掲載画像1,2
http://www.theguardian.com/film/2015/may/07/skateboarding-iranian-vampire-ana-lily-amirpour-feminism-porn-girl-walks-home-alone-at-night

#7,10,11
http://www.salon.com/2014/12/12/sheila_vand_this_is_not_a_movie_about_being_feminist/

掲載画像3
http://i-d.vice.com/en_us/article/sheila-vand-the-brooklyn-anti-starlet?utm_source=idfbus

北島さつき
World News担当。早稲田大学卒業後、現在は英国、レスター大学の修士課程 Film and Film Cultures MAにて世界各国の映画作品、産業、文化について勉強中。


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