9月17日に日本公開予定の『レミニセンス』。今作で脚本、監督を担当するリサ・ジョイは、アメリカABCのテレビシリーズ『プッシング・デイジー 〜恋するパイメーカー〜』 の脚本家としてハリウッドでのキャリアをスタートさせ、『バーン・ノーティス 元スパイの逆襲』では脚本家、プロデューサーを担当したドラマ出身の脚本家です。HBO製作の大ヒットドラマ『ウエストワールド』では、夫であるジョナサン・ノーランとともに脚本等を担当、エグゼクティブプロデューサーとしても作品に携わり、注目を集めました。本記事では、テレビドラマの脚本家としてスタートした彼女のキャリアと、ドラマの脚本家から初の長編映画を監督するまでの経緯を、彼女が語った言葉とともに紹介します。(1)
スタンフォード大学では英語と中国語を専攻し、卒業後はコンサルティング会社で数年間勤務した経験があるリサ・ジョイ。幼い頃の彼女にとって脚本家という職業は、全く考えられないものだったと言います。
「大学の学費がとても高く、私はお金もなかったので、学生ローンを返して自分の生活を形作っていくには仕事に就く必要がありました。作家になるのは現実的なキャリアではありませんでした。リスクが大きすぎるし、あまりに不安定です。ビジネスをして健康保険に入り、両親を喜ばせ、安定した仕事と年金を得る必要がありました。」
移民であったために相当な苦労をしてきたという彼女の両親。一家の意識は「医者や法律家などより安定的なもの」に向いており、家ではテレビや映画をみることも許されていなかったといいますが、彼女自身が企業に就職してからの生活については次のようにも語っています。
「(仕事で忙しくしている間も)ずっと、もし本当に書くことが好きなら、そこから完全に離れることはできないと考えていました。いつも何かを読んだり書いたりしていました。その頃、私は詩に関心を持っていました。記憶にある限り、小さい頃からずっと詩が大好きで、たとえ本業ではなくても追求したいと思っていました。夜は短い詩を書いて、昼はエクセルで財務モデルを作成する、それが私の生活でした。充分満ち足りた生活でした。」
その当時、エンターテインメント業界については全く無縁だった彼女ですが、毎晩夜遅くまで詩を書いている彼女に脚本というツールを紹介したのは、当時交際していたジョナサン・ノーランだったと言います。「もしかしたら、その情熱と仕事を結び付ける方法があるかもしれない。でもそれはおそらく詩ではないだろう。詩だけでは学生ローンは返せないから」というノーランの言葉を振り返ります。
「私は脚本など一度も読んだことがなかったので、それがどんなものか見てみようと、いくつかの脚本を読み始めました。そこには私がそれまで愛してきた詩と似通った部分もあり、心を打たれました。たくさんのスペースは必要ないが、コンパクトに物事を進める必要がある。400頁の長さは必要ないけれど、それでも刺激的な世界を創っていける。(略)脚本の形式自体は魅力的でしたが、それでもまだ私自身のアイディアというものは全くなく、こうしたことについて話せるコミュニティーも持っていませんでした。」
その後、彼女はオンラインで開校されているUCLA のクラスで脚本を学び、本格的に脚本家としての活動を開始していきます。しかし、就職後にコンサルティング会社の資金でハーバード大に通って弁護士資格を取得した彼女は、その後も2年間のコンサルティング会社で勤務する必要があったと言います。
「自分の将来のビジョンについて考えても、それが私を満たしてくれるものだとは思えず、とても恐ろしく感じていました。そこで私は、実存的な不安からやってくるこの力すべてを注いでドラマのオリジナル脚本を書き始めました。日中は法律の勉強をし、夜は脚本を書く。私は、『やらずに後悔するわけにはいかない。これを誰かに送り付けなければ。業界で働いている友達に送ってみて、何でもいいから仕事がないか探してみよう』と考えたのです。」
実際に彼女は、友人で共同脚本家であるマイケル・グリーンに『ヴェロニカ・マーズ』のオリジナル脚本を送り、実際に仕事を得ることになります。このことががコンサルティング会社を止めて脚本家としての活動を始めるきっかけになったそうです。その後、『バーン・ノーティス 元スパイの逆襲』やドラマ『ウエストワールド』といった作品では、脚本だけでなくプロデューサーとして製作に全面的に関わるようになっていきます。
9月に公開される映画『レミニセンス』は、そんな彼女にとって初の長編映画です。新作映画のアイディアについて、2018年には次のように語っています。
「今作のアイディアが浮かんで、『これはテレビ用のプロットするのはやめよう』と思い始めました。テレビで何かしようとすると、ネット配信の場合は特に、たどり着けない場所、できない事が出てきます。自分で検閲する必要が出てくるのです。そこで、テレビシリーズでやるという考えを捨て、『長編映画にして、自分の書きたいように書こう』と思いました。こうして一歩踏み出せてからは、すぐに物語を構築することができました。」
テレビシリーズで注目を集めた彼女ですが、映画とテレビの相違点について、次のように指摘しています。
「テレビシリーズでは時に、視聴者が予測できるようなペースで進めることが最も重要になります。彼らはCMがいつ挟まれるのか、次に起こることも知っていて、そのリズムを感じることができるからです。それは直観で分かる時もあります。しかしあなたは、そうした流れを少しでも転覆させて、テレビや映画の中に驚きを投じたい、もう少し実験性を持ちつつ、前進したいと言うでしょう。私はテレビから、ストーリーを進めていくことの厳しさを学びました。なにか新しいことを起こしていかなければなりません。各回ごとに新しい発見が必要になるのです。(略)もし気になることがあっても、それが少しでも余計な話であるように見えると、テレビの場合は通常その部分をカットしてしまいます。率直に言って、特にネット配信されるようなテレビ番組には時間をかけられないのです。(略)長編映画なら、物事を探求し、脱線するために少しは時間をかけることができます。その重要性をすぐには理解できなくても、後にそれは世界の豊かにし、脚本を新しい段階に引き上げてくれるものだと考えています。」
また、別のインタビューではこのようにも語っています。(2)
「私にとって『ウエストワールド』はとても野心的な試みで、多くのキャストやスタッフが長編映画出身のメンバーでした。彼らの多くがこの映画にも携わり、一緒に製作しています。私は今作のスタッフとは親しく、俳優陣ともすぐに馴染んで信頼関係を築くことができました。そのため、ドラマから映画への移行は私にとっては自然に感じられました。
視聴者と長期間の関係を築いていくテレビシリーズとは対照的に、映画の観客との間にはある特定の時間しかないので、映画の脚本と監督を務めるのはテレビとは違ってきます。私にとって映画の魔法は(略)人々が集って同じ映画を観て、経験を共有することです。安全でないうちは映画館に行くべきとは思いませんが、同じ瞬間に人々に囲まれて歓声をあげたり涙したりするのは素敵なことだと思います。」
リサ・ジョイは自身の妊娠によってドラマ『ウエストワールド』のスタッフから一度外れていますが、「長い間書かない期間が続くと気分が落ち込み始める」とも言う彼女は、この間に『レミニセンス』の脚本を仕上げたといいます。しかし同時に、子供を産むことが自分のキャリアに影響する可能性について悩んだともコメントしています。一時は、仕事と子育ての両立に悩み、「女性がすべてを成し遂げるのは可能か?」という問いに対する恐怖心にとらわれていたそうですが、後に彼女はこの問いに次のように反論しています。
「こんな問いは、そもそも成立しない、ばかげたものだと思います。誰もがすべてを手に入れることは出来ないのです。すべてのケーキを食べることもできませんし、スーパーモデルのような容姿を手に入れることもできません。出来ない事、不可能なことがあります。「すべてを手に入れる」というのは、女性だけに向けられている問いですが、完全におかしな問いなのです。なんでも、すべてあるか、何もないかの二つに分けるのです。そしてもし「すべて」が不可能なら、何も望むべきではない。こんな論法はそれ自体が滅茶苦茶です。私が(自分のキャリアについて悩んでいたころの)異常な精神状態から脱して気づいたのは、私は全てを望んでいたわけではないということでした。私が望むこと。それは、私が愛している今の家族と、自分がなれる最高の脚本家になること。仕事と家族、この二つです。これは「すべて」ではありません。全然不可能な望みではありませんし、この望みに対して馬鹿々々しいと思ったり不運だと嘆く時間も不要です。そのかわりに私がすべきことは、それを手に入れるために自分の力を注ぐことです。」
ヒュー・ジャックマンを主役に迎え、リサ・ジョイの夫であるジョナサン・ローランも製作に携わっている今作は、記憶をめぐるSFノワールとなっているようです。日本劇場公開は9月17日に予定されています。
〈参考〉
1.https://stanfordmag.org/contents/westworld-wrangler-Lisa-Joy
2.https://www.townandcountrymag.com/leisure/a37296242/reminiscence-movie-hbo-max-lisa-joy-interview/
3.https://gointothestory.blcklst.com/go-into-the-story-interview-lisa-joy-896b92235428
4.https://www.indiewire.com/2021/08/reminiscence-review-1234658741/
5.https://wwws.warnerbros.co.jp/reminiscence-movie/index.html
<p>小野花菜
現在文学部に在籍している大学4年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。
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