9月よりスペインで開催されるサン・セバスティアン国際映画祭が、最も栄誉ある生涯功労賞「ドノスティア賞」をジョニー・デップに授与することを発表し、波紋を呼んでいる。ジョニー・デップは、元妻・アンバー・ハードからドメスティック・バイオレンス(DV)を告発されているが、一貫してその事実はないと主張。ウディ・アレンの養子に対する虐待疑惑と同じく、多くの業界人、映画ファンの姿勢が問われている。

ジョニー・デップは、2016年にアンバー・ハードと離婚。離婚申請時にDVを訴えていたアンバーは、その後、離婚成立時にはDV被害や接近禁止令などの訴えを取り下げた。二人は以下の共同声明も出している。

「私たちの関係は非常に情熱的で、時には不安定でしたが、常に愛で繋がっていました。また、どちらも金銭的利益について虚偽の告発をしていません」「肉体的または精神的な危害を与えようとすることは決してありませんでした」

しかし、その後アンバーはワシントンポストに「私は家庭内暴力を象徴する人物の一人になり、声を上げる女性に対する社会の圧力を感じた」とする文章を掲載。ジョニーはこの記事を名誉毀損として起訴(アンバーの起訴無効の訴えは裁判所により却下)。一方、先立って行われたイギリスのタブロイド紙The Sunがジョニーを「妻を殴る夫」と掲載したことに対する名誉毀損の裁判では、「虐待は事実」とされジョニーが敗訴。ワーナー・ブラザーズからの「ファンタスティック・ビースト」シリーズからの降板の申し入れを受け入れるに至った。しかし、先のアンバーへの名誉毀損を訴える裁判は続いており、ジョニーはDVは事実無根であると訴えている。

そんな中でのサン・セバスティアン国際映画祭での授賞に、批判の声が上がっている。イギリスの慈善団体ウーマンズ・エイドは、賞の授与は「虐待を経験した人々にとって失礼」で、「誤ったメッセージを発する」ものだとの声明を出した。

「加害者が賞賛されることは、彼らが今後の人生で成功し続けることを許可することです。そして、それを社会が受け入れることは、虐待が許容可能な問題であると示唆することにほかなりません」「被害者の言葉は信じられ、支持されなければなりません。彼らが経験したことが真剣に受け止められ、どんな人物であっても虐待行為をおこなうことは許されない、と示すことは重要です」

また、別の女性支援団体であるソラス・ウィメンズ・エイドも声明を出した。

「DVの加害者が暴行を行ったにも関わらず、専門的な業績で称賛されると、虐待は大した問題ではないというメッセージを発することになります」「この生涯功労賞の決定は、パンデミックによる外出制限で家庭内暴力が急増した状況下では特に侮辱的です」

スペインの女性映画製作者・視聴覚メディア協会の会長は、「これは映画祭とそのリーダーシップについて非常に悪い印象をもたざるをえない判断であり、ひどいメッセージを社会に伝えるものだ」と語った。

一方、サン・セバスティアン国際映画祭は、ジョニーのDVの問題については一切触れていない。同映画祭は、過去にも業界で敬遠されている映画人を好意的に迎えており、ウディ・アレンの最新の映画、『Rifkin’s Festival』の会場での撮影を許可し、2020年のオープニングイベントとした実績もある。また、チェコのカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭もジョニーに対して、その「幅広いキャリアと後世に残る遺産」を讃えた賞を授与する予定だと発表している。

虐待の真相が曖昧である中で、映画業界も、映画ファンも、ジョニー・デップのこれまでの功績や今後の活動に対してどのような態度をとるべきなのか、難しい局面に立たされているだろう。映画スターに好意的な感情を抱かないことは難しく、心のどこかで彼を信じたいという思いもあるかもしれない。しかし、真偽のほどにかかわらず、彼はこの問題の象徴的な存在になってしまったことは確かだ。そして、世の中に虐待が存在するのは事実であり、虐待は決して許されてはならず、被害者の声を潰すようなことは絶対にあってはならない。この問題を無視することで、もし間違ったメッセージを発してしまうのであれば、それはするべきことではない。一方で、どんなに象徴的な存在となってしまった映画スターも、血の通った人間だ。そのことも忘れてはならない。私たちは、こうした問題と誠実に向き合うとはどういうことか、考え続けなくてはならないだろう。

 

参照:

https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-58170506

https://www.theguardian.com/film/2021/aug/09/johnny-depp-award-film-festival-san-sebastian-donostia-spain

https://www.sansebastianfestival.com/2021/news/1/19333/in

https://www.bbc.com/news/uk-54779430

https://www.insider.com/johnny-depp-amber-heard-relationship-timeline-2020-7

https://www.washingtonpost.com/opinions/ive-seen-how-institutions-protect-men-accused-of-abuse-heres-what-we-can-do/2018/12/18/71fd876a-02ed-11e9-b5df-5d3874f1ac36_story.html

 

北島さつき

World News担当。イギリスで映画学の修士過程修了(表象文化論、ジャンル研究)。映画チャンネルに勤務しながら、映画・ドラマの表現と社会の関わりについて考察。世界のロケ地・スタジオ巡りが趣味。

 

 


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