「白すぎるオスカー(#OscarsSoWhite)」という議論が巻き起こってから5年。偏った視点での評価から脱却するために、作品を選考するアカデミー会員に多様なバックグラウンドをもつ人々を増員しておこなわれた今年の第93回アカデミー賞は、史上最も多様性が反映される結果となった。性別、国籍、人種、宗教、障害の有無、ライフスタイル…様々な多様性が見られたが、年齢もその一つだ。ハリウッドの年齢差別は長い間指摘されてきたが、その議論はここ数年でさらに高まっている。

2016年に南カリフォルニア大学でおこなわれた調査では、高齢の登場人物が映画の中で軽視されていると指摘された。例えば、昨年の第92回アカデミー賞では、年配の俳優が主役よりも脇役として評価されるという傾向が見られた。主演男優賞の候補者には、60歳以上の俳優は72歳のジョナサン・プライス1人しか含まれていなかった。一方、助演男優賞には、5人の候補者のうち4人の年配の俳優が含まれていた(トム・ハンクス63歳、ジョー・ペシ76歳、アル・パチーノ79歳、アンソニー・ホプキンス82歳)。女性の場合、この傾向はさらに悪く、主演女優賞に60歳以上の候補者はなく、助演女優賞の候補者はキャシー・ベイツ(71歳)1人だけだった。

しかし、今年の第93回アカデミー賞では、主演男優賞にアンソニー・ホプキンス(83歳、史上最高齢で受賞)、ゲイリー・オールドマン(63歳)が、助演男優賞にポール・レイシー(73歳)らがノミネートした。また、主演女優ではフランシス・マクドーマンド(受賞、63歳)、ヴィオラ・デイヴィス(55歳)、助演女優賞にはユン・ヨジョン(受賞、73歳)、グレン・クローズ(74歳)がノミネート。年齢差別を感じさせない顔ぶれであるとともに、若手からベテランまで、20代〜80代の幅広い俳優が候補となった。

このような変化は、ハリウッドの俳優や脚本家による努力によってもたらされたものだ。例えば2015年には、ハリウッドの40歳以上の女性脚本家のための団体「The Writers Lab(ザ・ライターズ・ラボ)」が設立された。メリル・ストリープやニコール・キッドマンらの援助を受け、これまでハリウッドで軽視されてきた彼女たちが物語を製作するためのワークショップやマーケットの仕組みづくりへの取り組みがおこなわれている*1。

また、先の研究では、高齢者が誤った描写をされていることの問題も指摘された。こうした傾向が続けば、映画での喫煙描写が人々の喫煙を促す可能性があるのと同様に*2、実際の高齢者の健康生活にも影響を与えかねないと研究者は警告する。

2015、16年のハリウッド映画の中では、健康上の問題を抱えている高齢のキャラクターはほんの10%だけだった。さらに、死亡した者はほとんどおらず、わずかに亡くなった登場人物の死因のほとんどは暴力のよるものだった。これらは、現実の高齢者の健康状態や死因とは乖離する内容だ。こうした描かれ方がスクリーンで多ければ、高齢者自身の考え方にも影響を与えるだろう。高齢者は、自身が直面する非常に現実的な(そして時には予防可能な)健康上のリスクよりも、他人からの攻撃を恐れる可能性がある。

また、映画で描かれる高齢者のライフスタイルもステレオタイプ化されたものばかりだ。同研究によると、スクリーン上の高齢者の25%は、趣味を追求したり、イベントに参加したり、旅行したりして活動的に過ごし、40.9%が最新のテクノロジーも使いこなしていたという。これは、必ずしも現実には即していない。高齢者の現実的で多様なライフスタイルが作品の中で充分表現されているとは言えない結果だ。

しかし、今年のアカデミー賞では、その点においての進歩が見られる作品が脚光を浴びた。「ファーザー」は認知症を患う高齢の男性が主人公であるし、「ミナリ」には韓国人の型破りなおばあちゃんが登場し、「ノマドランド」では高齢の車上生活者たちの生き様が描かれた。

特に、年配の女性が主人公の「ノマドランド」が評価されたことは画期的な出来事であった。映画における女性についての専門家であるアリシア・マローンは、ハリウッドでの高齢の女性の扱いについてこうコメントする。

「ハリウッドは歴史的に非常に年齢差別的な場所でした。特に、女性にとって。男性が主導権を握る映画業界では、女性が一定の年齢に達すると不要とされてきたのです。“特定の年齢の男性”については、ラブストーリーの主役やアクションヒーローとして活躍の場が与えられてきました。しかし、ほとんどの50歳以上の女性は脇役や限定的な存在として描かれてきたのです。彼女たちは傍観者であり、その周りを多くの固定観念が取り巻いています。彼女たちが重要で複雑なキャラクターとして物語の中心にいることはめったにありません」

「ノマドランド」でフランシス・マクドーマンド演じる主人公ファーンは、そうしたこれまでのステレオタイプから脱却することに成功したキャラクターだ。ドキュメンタリーの手法を取り入れて、ある種の親密さをもって彼女の人生に寄り添う本作は、複雑な感情を抱えながらも気さくで率直な人柄である彼女を親しみ深い人物として描いている。無機質なアマゾンの倉庫からアメリカ西部の大自然まで、彼女と同じ風景を見ることで、観客は彼女に親しみを感じずにはいられなくなるだろう。

作家のジェナ・シェラーは、「ノマドランド」についてこうコメントする。

「私は、母親、祖母、賢い叔母などの立場ではなく、自分自身との関係性について考える年配の女性についての映画をこれまで見たことがなかったと思います。フランシス・マクドーマンドがスクリーンで自分のために時間と空間を使って思考をめぐらせ、自由に遊び、生きている姿に喜びを感じるんです」

映画の中だけでなく製作現場にも多様性を広げる活動をするフランシス・マクドーマンド*4は、メディアにめったに登場しないリアルなアメリカ人女性を描くプロジェクトに取り組むクロエ・ジャオ監督と仕事ができたことを幸運に感じていると語った。

「私が鏡を見て、ファッション誌や映画に登場する女性に自分を重ねられないと感じたらどうすればよいか?あるがままの自分を認められず、そうしたイメージによって誤った方向に導かれてしまったら?それは仮定にすぎないけれど、私にとってのアメリカンドリームのひとつは、クロエ・ジャオのような人々と新しい作品を作ることでした」

先述のアリシア・マローンは、映画業界のジェンダー不均衡のために、観客がいかに貴重な物語を体験する機会を奪われているかについて考える必要があるという。

「ハリウッドからどれだけの年配の女性の存在が消されたかを考えるとき、私たちは彼女たちの人生、経験、知恵、ユーモア、そしてバイタリティを体験するチャンスをどれほど失ってきたかを思い知るのです」

物語を伝える芸術として、また娯楽として多くの人々に伝える力をもったメディアとして、多様な人々の物語を伝えることは映画の社会的役割のひとつであるだろう。今年のアカデミー賞は、そうしたことを思い出させてくれるものだったように思う。これまで、語られてこなかった物語、私たちが体験する機会を失ってきた物語に思いを馳せ、新たな物語との出会いを楽しみにしたい。

 

*1 「The Writers Lab(ザ・ライターズ・ラボ)の創設者は、活動の目的についてこうコメントしている。

「私たちは、40歳以上の女性が書いた脚本の開発に専念しています。これまで聞かれることが少なく、失われる危険性すらあった成熟した女性の声をしっかりと育てていくことが重要だと感じています。私たちは、女性の物語が男性の物語と同じように重要視され、お互いのつながりを強化し、若い世代に力を与えるような環境を作っていきたいと思っています。私たちは女性の脚本家を支援していますが、物語のテーマを女性に関するものに限っている訳ではありません。あらゆるジャンル、様々な手法を通じて、普遍的なテーマを探求しています」

*2 過去の研究結果から、喫煙のイメージが含まれる映像コンテンツの視聴は、若者の喫煙率の増加に影響があることがわかっている。近年、ストリーミングサービスの普及により、そうしたコンテンツの若者への影響に再び注目が集まっている。配信大手のNetflixは、歴史的正確さ、または正当な理由で事実に忠実であることを必要とする場合を除いて、電子タバコを含む喫煙シーンの削減に取り組むと宣言している。

*3 昨年おこなわれたリサーチでは、トップ100本の映画の中で45歳以上の男性が主演または助演を務めている数は、女性の倍ほどあったという。また、2019年の上位100の映画のうち、45歳以上の女性が主役またはそれに準ずる役を演じたのは3つだけであり、有色人種はそのうちの1つだけだったということが報告された。

*4 フランシス・マクドーマンドは、「インクルージョン・ライダー」の普及を促進する俳優の一人である。「インクルージョン・ライダー」とは、俳優が出演契約を結ぶ際に条件として要求する「付加条項(ライダー)」に「インクルージョン(社会的包摂性)」を含んだもの。俳優が付加条項で多様な人々の雇用を条件とすることで、ハリウッドの映画製作現場の多様性を確保しようとする試みである。これには、性別、人種、宗教、障害の有無などあらゆるものが含まれる。

 

参照:

https://www.forbes.com/sites/nancyberk/2020/01/31/researchers-writers-and-actors-highlight-and-tackle-ageism-in-hollywood/?sh=39e59589520d

https://truthinitiative.org/sites/default/files/media/files/2019/07/WUWS-SOD-FINAL.pdf

https://www.forbes.com/sites/nancyberk/2019/07/09/tobacco-imagery-media-messages-and-stranger-things-can-netflix-changes-decrease-youth-smoking-initiation/#5913b969451f

https://annenberg.usc.edu/sites/default/files/2018/01/22/Still%20Rare%20Still%20Ridiculed%20Final%20Report%20January%202018.pdf

https://www.nbcnews.com/news/amp/ncna1258414

 

北島さつき

World News担当。イギリスで映画学の修士過程修了(表象文化論、ジャンル研究)。映画チャンネルに勤務しながら、映画・ドラマの表現と社会の関わりについて考察。世界のロケ地・スタジオ巡りが趣味。

 

 


コメントを残す