2019年から「国際映画長編賞」に変更されたアカデミー外国語映画賞。コロナ禍の影響で4月に延期されることになった2021年のアカデミー賞だが、サウジアラビアからはシャハド・アミーン監督の長編第一作 “Scales” (2019)が国際映画長編賞に出品されることとなった。

“Scales” の主人公ハヤトが住んでいるのは、人里離れた貧しい漁村である。村の伝統では、各家族が娘一人を生贄として、海の怪物に差し出さすことになっている。 父親の助けによってこうした残酷な運命から救われたハヤトであったが、村人からはこれをきっかけに、呪いの子だと考えられるようになる。自ら命を差し出すことを求められるハヤトはしかし、こうした運命に屈することなく、自分の居場所を求めて戦うことを選択する。

サウジアラビアは4度目のオスカー出品作品として、フェミニズムを強く打ち出した女性監督の映画を選んだことになる。

●国際的な評価

本作の制作は、UAEに拠点を置くイメージネーション・アブダビ。CCOのベン・ロスは、その力強い物語とユニークな表現を高く評価している。

「当初のコンセプトから、“Scales” が特別で魅力的な展望を見せてくれることは明らかでした。アラブ地域の映画製作において全く新しいやり方でした。シャハドと深く関わりながら、創造的で発展的なプロセスを通して彼女のビジョンに息を吹き込んでいくことは、我々のチームにとっても、楽しくやりがいのある仕事でした。
この風変わりな物語りは、アラブ世界に深く根差したものでありながら、世界中の人々に直接関わるようなテーマを探求しています。これはイメージネーション・アブダビのアラビア語コンテンツの質を高めようとする取り組みをまさに形にしたものといえるでしょう。私たちは、サウジアラビアの映画委員がこの作品をオスカーへの出品作品に選んだことを嬉しく思っています。今作の視覚的な芸術性や物語の前衛性だけでなく、サウジアラビアとUAEの共同制作の成果も高く評価されたのだと考えています。」

監督のアミーンは、今作が「アラブ世界におけるジェンダーロールや、それにまつわる信念、フェミニズムについて広く議論するきっかけ」となることを期待している。

「私の映画がオスカーへの正式な出品作品として, 特にアラブの女性監督として, サウジアラビアから選ばれたことは、今まで私がこのプロジェクトに抱いていたどんな期待をも超えました。“Scales”の制作は私にとって個人的で素朴な道のりでしたし、このような世界的な舞台で、今作が自分の国を代表する作品に選ばれたことをとても誇りに思っています。」 「この映画の信じがたい行程が、私の仲間であるサウジアラビアの映画監督にとって、自ら成功を切り開くための源泉になることを願っています。」

“Scales”は2019年のヴェネツィア国際映画祭の国際批評家週間にて初めて上映され、ヴェローナ映画クラブ賞を受賞した。その後各国の国際映画祭での上映、受賞を経て、2020年11月にサウジアラビアで劇場公開。今後はアメリカを含め、国際的に劇場公開されていく予定である。

●監督シャハド・アミーンについて

サウジアラビアのジッダ出身のシャハド・アミーンは、自らが育った保守的な社会や、幼少期から十代にかけて感じていた女性差別を作品に大きく反映させている。

「もちろんこの映画には、たくさんの象徴的な表現があります。女の子を海に投げ入れるという風習は、イスラム教が入って来る前に存在していた伝統に由来するものです。女の子が男の子と比べてどれだけ軽く扱われているかを表現しようと思いました。」 「小さい頃はよく私と女友達とで、男の子だったらよかったのにという話をしていました。外に出て楽しいことをして、世界中を旅できるのは男の子だったので。今はもう馬鹿らしく思えますが、当時はそう思っていました。私たちは教室や学校の中でも抗議もしましたが、自分が所属している文化に否定されてしまうと、自分のものの見方に誠実でいることや自分の視点を守ることは難しいのです。」

アミーンはイギリスのウエスト・ロンドン(テムズバレー)大学に留学し、映像制作と映画研究を専攻した。2018年にサウジアラビアが制度改革の一環として映画館を解禁し、女性に運転免許を認めるおよそ10年前のことであった。しかし、彼女の初期の短編作品 “Leila’s Window ” (2011) や “Eye & Mermaid ” (2013)は、すでに故郷の社会情勢への挑戦が込められていた。

“Leila’s Window ”の主人公は家族から孤立した若い女性だ。“Eye & Mermaid ”では、父親が持ち帰ってきた真珠が人魚から暴力的に奪い去ったものだと知ってショックを受ける、10歳の少女が描かれる。

「別の道を選び取った女性の物語を伝えたいと思いました。自らの文化にとらわれず、異なる現実を選んだために周囲から拒絶されてしまう女性の物語を。」「これは、伝統を打ち破って違う人生を選び取るという普遍的な物語です。私は自分の文化、両親が私を育ててくれたこと、祖父母の生き方に対して、大きな敬意をはらっています。しかし同時に、変化に対しても敬意を持っているのです。」

“Eye & Mermaid ”は2013年のドバイ国際映画祭で上映され、エミラティ短編映画祭で最高賞を、2014年のアブダビ国際映画祭では撮影賞を受賞した。この作品がアブダビの制作会社イメージネーションから注目され、“Scales” の制作へと繋がった。 監督は現在、故郷のジッダで長編第二作に取り掛かっている。姉の失踪、それをとりまく家族を通して社会を見つめようとする少女が描かれるようだ。アミーンは、エンターテインメントや芸術、文化、さらに映画館や女性の運転の解禁を受けて、ジッダが活気づいているという。

「最近その辺りで商業作品を撮りました。そして今回初めて、路上撮影に対して心配したりおびえたりしなくて済んだのです。かつて私はここをモノクロの切り貼りした社会だといいましたが、今は道路にも色彩が溢れています。」

●サウジアラビアにおける女性の権利

アラブ諸国の中でもサウジアラビアは、女性の後見人制度の厳しい国として知られている。 男性後見人の下、サウジアラビアの女性は生まれたときから死ぬまで、男性のコントロール下に置かれている。すべての女性が父親や夫、時には兄弟や息子といった男性の後見人を持っており、彼らは女性の代わりに重大な決定を下す権限を持つ。サウジアラビアの法律は本質的に女性を永久的な未成年者として扱っている。 そんな中、サウジアラビアではムハンマド・ビン・サルマン皇太子の下、女性の権利向上が進められている。

2018年6月には女性の運転が認められた。2019年7月下旬には、21歳以上の女性が男性後見人の許可なく、パスポートの取得、子供の出生の登録ができるようになり、雇用差別における新たな保護措置も受けることができるようになった。8月上旬にはさらなる変革として、後見人の許可なく海外旅行することも可能になった。 サウジアラビアは法整備の観点から女性の権利向上を進めているようだが、運転禁止解除の数週間前には、女性人権活動家が拘束され、拷問されたという事実も報道されている。HLWによれば、多くの女性人権活動家が拘束、拷問されており、評価の高い外向きの政策がサウジアラビアの実情と異なっている点も指摘されている。

●W&Mグローバル映画祭に先駆けてW&Mに掲載されたQA

—映画業界に身を置いてどのくらいになりますか?

かなり小さい頃から映画を作り始めましたが、高校卒業後に映画学校に通った時から数えると、10年くらいになると思います。

—“Scales”の主人公を通して描こうとしたことは何ですか?

今作は始終、生[life]の尊厳について、つまり伝統や、私たちが自らに押し付けている価値観よりも「生」の方が大切であることに私自身が気づいた、その過程を描いています。私にとっては、今作において父親が死よりも生を、伝統よりも娘への愛情を選びとっているということになります。そしてそれが、今作の主人公の名前がハヤト[Hayat (アラビア語で“life”の意味)]である所以です。私たちは「生」を何よりも大切にすべきなのです。

—この映画のメッセージ—伝統、周囲の期待からの逸脱-はあなたにとってどれほど重要なものですか?

私にとってもっとも大事なことの一つです。
この世界は外側から眺めてみると、もっとはっきりと見えてきます。でもその世界の内側にとどまっている時、それはあなたが持つただ一つの信念となるのです。このことが、私が自分の立場—両親が私に教えたものではなく、私自身の—から世界を見つめようと、サウジアラビアから離れて経験したことでした。
私は彼らから教わったことを投げ捨てたわけではありませんし、むしろ自分の中に持ち続けています。しかし私は、自分の道を切り開き、自分なりに解釈をし、そして自分を取り巻く世界に対し、もっと心を開くことにしたのです。それは人間ができることの内で最も難しいことでもあります。だからこそ私は、強固な信念の内側から来た人が、なんとか自らをその外側に置こうとしている、そんな人と出会う度に誇らしく思うのです。なぜなら、自分自身をそのような信念の外側に置くということ、批判するだけでなく、一度は一人の人間として自分なりの解釈をすること、それがいかに困難であるかを、私も知っているからです。 そして私にとっては、それがハヤトの辿った道でもあります。彼女はアウトサイダーであり、そして他者です。彼女は海の向こうから世界を見つめる一人の人間なのです。最後にハヤトは、彼女も自分自身の道を歩むことができると理解するようになります。社会の事柄を尊重しつつ、同時に、社会における一個人として生きることができるのです。

—映画の主題の一つとしてフェミニズムに言及していましたが、このテーマの重要性についてどう考えますか?

フェミニズムが何か売れるもののようになっていると感じますが、それは良くないと思っています。なぜフェミニズムを売り渡し、メディアの関心を集めるものとして利用するのでしょうか? 女性として私たちは、私たち自身のこと、私たちの物語、なぜ私たちがフェミニストであるのかを知っているはずです。なぜ他の人々に私たちの物語が乗っ取られるようなことを許してしまうのでしょうか? でも彼らがやっているのはそういうことなのです。ここ数年、突然フェミニズムが思想ではなく、売り買いできるものになってしまったことを悔しく思っています。
よく憶えていませんが、おそらく母や叔母が力を持っていたからでしょう、私は子供のころからフェミニストでした。私がフェミニズムの意味するものを理解していなかったとしても、私はフェミニストだったのです、ほんとうに自分で意識する前から。
女性たちが近寄ってきて「私達はフェミニストにはならない。私たちは男性たちが自分のためにドアを開けてくれたら喜んで感謝するから」と言われても困ります。そしたら私はこう答えるでしょう、「そう、フェミニズムをそのバカバカしいコンセプトに当てはめればいい」。 私は、本人が自覚しているかどうかにかかわらず、全ての女性がフェミニストであると思っているのです。

—この業界にいる女性へのアドバイスは?

正直でいることです。自分が語ろうとしている物語に対して誠実でいること。私は以前から映画を作っていましたが、そこにはごまかしがあったように感じています。映画学校にいる時は、まだ自分の声を探そうとしていて、ありのままの自分ではありませんでした。どんな映画製作者も映画を作るときは、自分の言おうとしていることに対して十分に正直に、飾らずに、誠実でいるべきだと感じています。もしあなたが嘘をつけば一瞬にして、それがあなた自身ではないと皆が気づくでしょう。

●Variety のインタビュー

—この映画は明らかに、非常にパーソナルな作品です。しかし物語の舞台となっている時代も国も、特定のものではありません。

男性が歴史を綴り、世界の物語を描いています…私は特定の時代に縛られない物語を伝えたいと思いました。なぜなら、それはいつの時代も、そしてどんな場所でも起こりうるからです。ヨーロッパやアメリカでは、女性に対する偏見はより隠されています。しかし私は、そこにも確かに存在すると思っています。

—今作がアラブ社会で鑑賞され、理解されることに関して何を期待していますか?今作が大きなインパクトを与えることができると思いますか?

はい、そう信じています。だから映画を作ったのです。でもそれは目に見えないものでしょう。それが目立つものである必要は感じていません。 映画には自分のアイデンティティを吹き込みたいと思いました。私は時代ものが好きです。自分の好きな詩のような作品にしたいと思いました。私はアラブの詩を読むといつも、それが自分たちのアイデンティティであり、自分たちの声だという感じがするのです。でも自分たちの映画を観ても、それが視覚に訴えかけてくる力強い声を発しているとはあまり思えません。私が欲しかったのはそれです。アクションはあまり気にかけていません。これは観想、瞑想の物語なのです。他にはない、視覚的にはっきりとわかるアイデンティティを表現したいと思いました。

《参考》
・国際的な評価(引用)
https://thearabweekly.com/saudi-film-scales-represent-kingdom-oscars
・監督シャハド・アミーンについて(引用)
https://www.screendaily.com/features/jeddah-has-come-alive-says-rising-saudi-talent-shahad-ameen/5144959.article
・サウジアラビアにおける女性の権利(参考)
https://www.hrw.org/news/2019/01/30/saudi-arabia-10-reasons-why-women-flee Repression Under Saudi Crown Prince Tarnishes Reforms | HRW
・W&MのQA(引用)
https://www.wm.edu/offices/revescenter/publications/worldminded/2020-spring/qa-with-shahad-ameen.php
・Varietyのインタビュー(引用・抜粋)
https://variety.com/2019/film/festivals/venice-film-festival-saudi-arabia-shahad-ameen-scales-trailer-1203321491/

小野花菜
現在文学部に在籍している大学3年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。


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