再びコロナウイルスが猛威を振るっているイギリス。今年のイギリス映画の目玉は、言わずもがな007シリーズの記念すべき25作目であり、ダニエル・クレイグが最後のジェームズ・ボンドを演じる「007/ノー・タイム・トゥ・ ダイ」だった。当初は2020年の4月に公開される予定だったが、先日2021年の4月に再延期された。ビリー・アイリッシュによる主題歌のMVが延期決定の数日前にリリースされたことを考えると、土壇場での延期決定だったことがうかがえる。前作の「007 スペクター」(2015)は、世界興収9億ドル(6億9000万ポンド)を稼ぎ、サム・スミスの主題歌でオスカーを受賞した。同じ、いやそれ以上の成功を収めるため「007/ノー・タイム・トゥ・ ダイ」は全てを1年延期したことになる*1。

これを受け、大手シネコンであるCineworldは英国とアイルランドにある127の映画館を一時的に閉鎖する決定を下し*2、同じく大手のOdeonやVueも営業日数を減らすことを決めた。7月に営業再開が認められたものの、多くの映画館が再開に時間を要し、ようやく以前の水準に戻るかどうかというところでの方針転換となった。 

VueのCEOであるティム・リチャーズは、クリストファー・ノーラン監督作「TENET テネット」公開のために感染症対策を含む「かなりの投資をした」。それは、「TENET テネット」1作の成功だけでなく、ハリウッドのメジャースタジオが世界各地の映画館に作品を提供する自信を与えたかったからだ。しかし、「TENET テネット」は国際的に3億ドル(約300億円)の興行収入を記録したにも関わらず、LAやNYというアメリカ最大の市場で映画館が閉鎖されていた影響もあり、本国ではパフォーマンスが悪かった(4500万ドル、約45億円)。 

この結果は、「007/ノー・タイム・トゥ・ ダイ」の延期の理由となった。「世界中の観客に劇場で見てもらえるように」という声明が出されたが、興行収入の大部分を欧州諸国が占めるはずのボンド映画の公開延期は、アメリカ中心主義的な考えを示唆していると業界関係者はいう。 リチャーズは、「映画館は公開をいつまでも待てない。スタジオは世界同時公開だけでなく、それぞれの市場の状態に合った公開を真剣に検討する必要がある。世界規模で見ると、現在でも映画館の約75〜80%が開いているのだから。」と話す。 

一方、ハリウッドの新作に頼らない独立系映画館は比較的強い立場にあるようだ。ロンドン中心部にあるプリンス・チャールズ・シネマのジョナサン・フォスターは、「私たちは常にクラシック作品を上映し、ニッチな観客を獲得してきました。一方シネコンの観客は、ヒット作を見に行きたいというカジュアルな層が多いため、同じ関心を引くことができません。」という。しかし当然、感染症対策をしつつ上映を続けることはコストがかかる。英政府のオリヴァー・ドウデン文化相は、文化復興基金の一部としてイングランドの独立系映画館42館に65万ポンド(約9000万円)の補助金を出すと発表し、国民に「地元の映画館を応援してほしい」と呼びかけた。 

こうした状況は、映画産業全体の脆弱性も明らかにした。配給会社Altitude Film Distributionのハミッシュ・モーズリーは、「映画ビジネスの90%がたった数本のハリウッド大作で占められる状況は危険です。映画館と観客の両方が、それらが映画産業の唯一の売り物であると思っているんです。本当はそんなことないのに。」という。実際、ラッセル・クロウ主演の「Unhinged」を公開したところ、通例であれば2、3週間で大作にスクリーンを奪われるところ、10週にわたりスクリーンを増やし続け、中規模の映画としては大成功を収めた。 

ただし、低予算の映画にとっては劇場公開期間を短くしてすぐに配信した方が得なこともある。配給会社や映画館が恐れているのは、それ同じことがハリウッド大作でも行われることだ。「業界で長年おこなわれてきた契約体系を見直し、劇場、パッケージ、放送、配信などの公開基準を柔軟に考える必要があります。それには犠牲も伴うでしょう」とVueのCEO、リチャーズはいう。しかし同時に、彼は「業界の未来は明るい」と考えている。「パンデミックが終息後は、1〜2年ほど並外れた映画のラインナップがそろい、業界がかつてないほどの賑わいを見せることは間違いありません。」 

私たちは、来る明るい未来を信じ、映画史上最も厳しい冬を乗り切らなくてはならない。そのためには、慣例を壊し、柔軟な思考でビジネスモデルを転換していくことが求められている。

 

*1 現在の規定だと「007/ノー・タイム・トゥ・ ダイ」は2022年のアカデミー賞の候補となる。

*2 現在、Cineworldが約5500人の労働者を無給状態で抱えたままになっていることについて国内で批判が高まっている。

 

参照:

https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-54396415

https://www.theguardian.com/business/2020/oct/09/cineworld-staff-on-zero-hours-contracts-held-hostage-by-management

https://www.theguardian.com/film/2020/oct/13/no-new-blockbusters-means-odeon-could-run-out-of-cash-by-end-of-2020

https://www.wired.co.uk/article/cinema-industry-uk-collapse

https://www.theguardian.com/film/2020/oct/11/vue-to-shut-a-quarter-of-uk-cinemas-three-days-a-week-covid

https://www.gov.uk/government/news/42-cinemas-to-share-650000-in-first-awards-from-the-culture-recovery-fund-for-independent-cinemas

 

北島さつき

World News&制作部。

大学卒業後、英国の大学院でFilm Studies修了。現在はアート系の映像作品に関わりながら、映画・映像の可能性を模索中。映画はロマン。


コメントを残す