グレタ・ガーウィグ監督作『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019年)の音楽は、アレクサンドル・デスプラによって作曲された。デスプラは、これまでにフランスとアメリカの両方の映画音楽を手がけてきているが、その経験はこの映画にも反映されているといえるだろう。また、デスプラは自身の部分的な作曲法について述べている。
「最初、私はフランス映画で経験を積みました。常にどのように音楽が流れるのかについてとても慎重です。フランス映画では、音楽のための余地がほとんどありません。大規模なオーケストラが入り込む余地もほとんどありません。的確であり、簡潔であり、映像よりも登場人物を追う経験を積みました。その点は、アメリカ映画とは大きく異なります。多くの作曲家は、スクリーン上で見ていることや動きを音楽にしています。
私はいつも冗長なリズムの落とし穴を避けようと心がけています。緑色であれば、緑色は使いません。オレンジ色または黄色を使います。青色であれば、灰色を使います。スクリーン上と同じ色を使わないのです。避けることのできる落とし穴とは何であるのか、どのように落とし穴を飛び越えて感情への別の道を模索できるのかを、いつも考えています。繊細さを求めています。どのようにそれらの響きが生じるのかは分かりません。ですが…長く連なった音ではありません。儚くて感情を引き出してくれます。儚さによって抑制されているからです。そして、登場人物の儚さを感じるのです。」[#1]
デスプラが4人姉妹の物語を描くにあたって、彼自身の生い立ちが役立ったといえるだろう。姉とともに育った経験が、女性の葛藤、夢、願望、存在の理解へとつながったからだ[#2]。
「(アメリカ人や女性と関係づけることは)困難なこととはなっていません。そのこと(アメリカ人女性の古典的な物語であること)がこの映画を担当したいと強く望んだことにもなっています。私は女性に育てられました。両親がいますが、2人の姉もいます。女性とは何か、少女とは何か、思春期とは何か、若い女性とは何かを学びました。姉とはとても親しかったです。すでに15歳のときに両親とは暮らしてはいませんでした。両親はカリブ海の島にいましたが、私はパリに戻りました。そこで、15歳から19歳のときに姉と暮らしたのです。とても親しかったです。姉の初恋、はじめての芸術家になりたいという想い。家でピアノを演奏していて、偉大な音楽家であったのです。私は少女ではありませんが、そのときの記憶や感情に身を置くことができました。」[#3]
ガーウィグ監督が求めたのは、過去、現在、未来のすべてがバレエのようなダンスの中にあるということであった。登場人物たちは成長をしていくが、若さこそがエネルギーなのだということが感じられるようにしたかったのだ[#4]。ガーウィグ監督は、歌がなくともその映画をミュージカルとして考えた[#5]。以下はデスプラの言葉である。
「この映画はミュージカルなのです。可笑しなことに、これがバレエだと後になって気づきました。映画を通して音楽が流れているのだと。感情や動きに合わせたスコアではありません。その逆なのです。映画が撮られる前に書かれた音楽のようなのです。自分にとってそれは途轍もなく素晴らしいことです。」[#6]
ほかにもガーウィグ監督は、デスプラに「19世紀の終わり」と「現代」という2つの時代を提示した[#7]。彼女は、「古典」と「現代」の両方が描ける作曲家を必要としていたのだ[#8]。デスプラは、シューマンやシューベルトのようなメロディやハーモニーのスコアを響かせたくはなかった。「現代」のサウンドを目指したからだ。例えば、オープニングのシーンのリズムは、明らかに19世紀にはなかったであろうものだ。デスプラは、スクリーン上のエネルギーを捉えて、スコアにそれを凝縮しようとした[#9]。
デスプラは2台のピアノとともに、40人編成の弦楽器による室内管弦楽団を採用した[#10][#11]。小編成のオーケストラを採用した理由には、スコアが俳優の演技を押し潰さないようにしたことも挙げられる[#12]。2台のピアノを演奏するためには、「4本の手」が必要となるが、「4本の手」は4人姉妹を表している。[#13]。
また、ガーウィグ監督はスコアに“Mozart meets David Bowie”を提案した。そのモーツァルトの部分にあたるのは、彼のピアノ協奏曲を思い出させるクラシックのオーケストラである。一方で、そのリズムには、ボウイの歌曲由来のエネルギーがある。活気があって跳ねるような音楽である[#14]。
さらに、ガーウィグ監督は、古い作品に影響を受けているが、「古い」という方向に傾倒し過ぎないようにしている[#15]。
「私は古い作品に影響を受けています。決して、それが強く感じられたり、基盤にならないようにしました。自分にとって、若さの高揚感を与えてくれるような古い作品の非常に良い例のひとつは、(フランソワ・)トリュフォーの映画です。『突然炎のごとく』(1962年)のような数々の映画を調べていました。古い映画ですが、まったくそれを感じさせません。そのような映画が大好きでした。それらの映画音楽も大好きです。表面上の明るさがあります。それが愛おしいのです。アレクサンドルの音楽は、その音楽のように美しいですが、感傷的過ぎません。それは容易なことではないのです。ある喪失感があります。これこそが私が求めていたものです。」[#16]
作曲家のジョルジュ・ドルリューはトリュフォー監督作の映画音楽を数多く手がけている。1962年の『突然炎のごとく』もそこには含まれている。デスプラは、ドルリューが自分にとってのアイドルであると述べている。ドルリューは、デスプラがその音楽を聴いて多くを学んだ作曲家のひとりであるのだ[#17]。
雨の中で次女のジョーとベア教授がキスをする場面は「映画の中の映画」であると、ガーウィグ監督は述べる。そして、レコーディングでその場面の音楽を聴いた際に、「おお、これだ!これだよ!」とそのときの印象を振り返った。デスプラは、その場面の音楽について説明をしている[#18]。
「40年代のスコアのように、豊かで感情がいっぱいの音楽が必要でした。マックス・スタイナーやアルフレッド・ニューマンの音楽のスコアです。50年代、40年代、さらには30年代においては、クロースアップされてそれに合わせて音楽は大々的になります。明るくて楽しくて陽気にさせてくれる音楽です。その音楽は、観客にグレタが何を示唆しているのかを理解させてくれます。つまり、これは映画の中の映画であるということです。」[#19]
【参考:以下の動画でグレタ・ガーウィグ監督と作曲家のアレクサンドル・デスプラが『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』のサウンドトラックについて話しています。】
参考URL:
[#1][#15][#16][#18][#19]https://www.rollingstone.com/music/music-features/greta-gerwig-little-women-oscars-946360/ [#2][#5][#8][#10][#13][#14][#17]http://www.filmmusicmag.com/?p=20046 [#3][#11]https://www.billboard.com/articles/news/9389536/musicians-major-twilight-fans [#4][#6][#7][#9][#12]https://deadline.com/2019/12/little-women-composer-alexandre-desplat-greta-gerwig-interview-news-1202812823/https://www.indiewire.com/2020/01/little-women-alexandre-desplat-1202204019/
https://variety.com/2019/film/news/alexandre-desplat-little-women-music-1203431957/
https://variety.com/2019/film/news/alexandre-desplat-little-women-oscars-1203409435/
https://variety.com/2019/film/awards/oscar-score-1917-jojo-rabbit-little-women-1203428156/
宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。
日大藝術学部一年生の遠藤誠之助と申します。
オオデラシンスケ先生の映画史に関する授業をとっています。
映画音楽について興味があり先生に質問したところ、宍戸先生をご紹介をいただきました。
映画音楽がどのようにして制作されているのかをとても知りたいです。
ご返信いただければ幸いです。