7月28日、第44回ベネチア国際映画祭の主要部門のラインナップが発表されました[*1]。黒沢清監督の新作『スパイの妻』が最高賞の金獅子賞を争うコンペティション部門に選出されたことも話題となっていますが、今回の同映画祭は新型コロナウイルスのパンデミック後、カンヌ国際映画祭を含む多くの春~夏の映画祭が中止となったなかで、初めて開催される大規模映画祭としても注目を集めています。
9月2日~12日に開催される今年のベネチア映画祭では、今のところ60作品弱が上映される予定で、これは昨年より約20本少ない出品数となります。また、秋の初めに開催されるということで、近年は米アカデミー賞を始めとするその年の映画賞レースを占う場としても注目されていましたが、今回コンペティションに選出されたアメリカ映画は例年より少ない3本、かつハリウッドの大手スタジオが製作&スターが出演するいわゆる“ブロックバスター”になりそうな作品は含まれていません[*2]。
ベネチア自体も新型コロナの感染拡大を受け、毎年2月末に行われているカーニバルが会期途中で中止となり、3月上旬から約2ヶ月に渡ってロックダウン(都市封鎖)が敷かれていました。その中でどのように映画祭の準備を進め、開催の決断に至ったのか。映画祭ディレクターのアルベルト・バルベラが複数の媒体から受けたインタヴュー記事における発言を抜粋してご紹介します。

アルベルト・バルベラ氏

■新型コロナウイルスが開催準備にどのような影響を及ぼしたか
「もちろん私たちは非常に困難な状況下で働いてきました。常に不確実な状況が続きました。5月半ばまで映画祭を開催できるかどうか全くわかりませんでした。ほとんどのフェスティヴァルが中止となり、9月になっても開催することは不可能かもしれないと思いました。私たちがやれるかもしれないとようやく思ったのはイタリアの状況が改善されはじめたときでした。しかし安全手順の観点から招待できる映画は25~30作品ほどになりそうでした。それでは不十分です。そして6月の初旬になってようやく楽観的な見通しができるようになりました。秋にプレミアが期待されていた多くの作品が完成が間に合わなかったり、来年に公開延期されましたが、それでも世界中からたくさんの応募があり、品質が非常に高かったからです。だから私たちには十分な作品があることがわかりました。今年のセレクションに満足していますし、例年よりアメリカ映画が少ないですが、この状況下では予想されていたことでした」[*3]。

■出品作のゲストや審査委員の来場
「ヨーロッパの映画監督や俳優は参加できるとわかっています。彼らは参加したがっていますし、物理的に来ることが可能です。他の地域からの参加者については状況はより複雑で難しいものになっています。いまのところヨーロッパの国境は閉鎖されています。9月の初めまでに制限が緩和されるかどうか、アメリカのように都市封鎖が敷かれているいくつかの国からゲストを招くチャンスがあるのかどうか把握するにはもう少し待たねばなりません。中国からは参加できる人もいることはわかっています。オーストラリアやインドや南米についてはわかりません。渡航できない人も出てくるはずですが、映画の宣伝ができるように、オンラインでの記者会見やZoomを使ってのインタヴューを企画するつもりです」[*4]。

■映画祭会場での感染対策
「この映画祭は小さく静かな島で開催するので、厳格な安全対策を施すことは容易です。開催エリアへのアクセスポイントを8箇所に分散し、それぞれで入場者の体温チェックを行うようにします。そして劇場内でのソーシャルディスタンスも順守する必要があります。各会場とも50%の座席のみを使用する予定で、事前に座席の予約をしてもらいます。そして観客には座席番号入りのチケットを携帯してもらうことになるでしょう。会場へ安全に入ってもらうことは容易にできるので、参加者にはそこに到着するまでにリスクを冒さずに来ていただけることを望んでいます」[*4]

■今年の出品が見送られた作品について
「完成間近、あるいはべネチアまでに間に合わなかった映画はたくさんありました。特にフランス映画が多かったです。彼らは公開を延期し、来年のカンヌまで待つことを決めました。私はそれぞれの選択を尊重します。私はこの状況の副次的影響について彼らと話し合おうとしました。映画館を再開するとき――ほとんどの場合秋までには再開されると思いますが――、良い映画のほとんどが翌年に公開延期になったとしたら、観客は戻ってくるでしょうか? それはリスクの高い状況です。しかし今の状況は非常に複雑で前例のないものであり、これらの状況下で正しい決定を下すことは困難です」[*4]

■コンペティションの18作品中、女性監督の作品が8本(※昨年の2本から大幅に増加)
「選考のプロセスは何も変えていません。過去にも女性に対するいかなる偏見も持っていませんでしたし、今年の選考基準も変えませんでした。私たちは品質だけに基づいて映画を選ぶことにこだわっています。幸運なことに、今年は非常に優れた女性監督の映画をたくさん見つけることができました。そしてそれらをメインコンペティションに選ぶことは簡単でした。これに関して過去に提起したすべての問題を解消したいと思っています。私たちは、女性が映画業界だけでなく社会全体でも公正な待遇を受けるための戦いを支援しています」。
「(女性監督作の応募数は)ほとんど変わりません。応募作品の約23%は女性によるもので、昨年とほぼ同じでした。幸運なことに今年のラインナップの約28%が女性によって作られた作品になりました。世界中から寄せられる期待に応えられたことは映画祭にとって大きな成功です」[*4]

■中止となったカンヌ国際映画祭のセレクションから上映作を選ばなかった理由
「(カンヌ映画祭ディレクターの)ティエリー・フレモーとは友人ですし、ロックダウン中も毎週のように連絡を取り合ってきました。最初からコラボレーションする方法を見つけたいと思い、情報や意見、疑念を交換し合いました。我々はいくつかのアイデアを議論し始めましたが、状況は絶えず変化していったため、あらゆる提案がすぐに古いものになってしまいました。そしてある段階でカンヌとベネチアのセレクションを共有しても何の意味もないことを悟り、そのアイデアを諦めたのです。ティエリーは“カンヌ2020”というレーベルのもと独自のセレクションを行うことを決め、私はカンヌに間に合わなかった作品が数多くあることを実感しました。また、カンヌで上映される予定だった映画の多くは他の映画祭――サンセバスチャン、トロント、ローマ、ドゥーヴィルなどにも出品される予定だったので、他の場所にプロモーターを持つ作品を招待する必要もありませんでした。それで私たちが支援できる新しい60の映画を選ぶことに決めたのです。それは秋の映画祭でサポートされる作品数を増やすことにもつながり、現在の特殊な状況下で映画業界を手助けする上でもよりよい選択だったと思っています。なのでカンヌとのコラボレーションを望んでいないわけではなく、彼らとともにできるプロジェクトについては今なお議論を続けています」[*4]

『Nomadland』

■クロエ・ジャオ監督『Nomadland』[*4]がトロント国際映画祭(9月10~21日)のコンペと重複して選出された理由
「私は『Nomadland』が大好きです。それは非常に独創的で、個人的で、人の心を動かす力を持っています。フランシス・マクドーマンドの演技も素晴らしい。だからこの作品が今年のオスカー候補のひとつになっても私は驚かないでしょう。この映画を見れば、トロント、ニューヨークの同僚たちと一緒に私がそれをサポートできることを誇りに思っている理由がわかるでしょう。私たちは全員この映画に首ったけです。規模の大きい映画ではないので、(配給会社の)フォックスサーチライトにどれほどの興行収入がもたらされるかはわかりません。しかし美しく感動的なのは間違いない。宣伝がうまく行き、多くの観客の注意を惹くことができれば、大成功を収められる可能性はあると思います」[*4]。
「(ベネチアとトロントは)どちらの映画祭もそれぞれのテイストや観客に合わせて選択を行っていますが、基本的な態度が変化してきています。昨年までは純然たる戦争ではないものの事実上のライバル関係がありました。今年はその点で全く違います。私たちは皆、異例な状況に置かれていることを理解しており、4月の頭には話し合いを始めていました。私たちは映画祭間の競争の論理や映画祭のアイデンティティーについて考えることを止めました。意見を交換する中で最も頻繁に出てきた言葉は“連帯”や“協力”といったものです。映画祭同士の連帯というよりは、映画業界全体における連帯ですね。“皆が気に入って、一緒に宣伝したいと思える作品があれば、その方法を見つけよう”と話しました。それが『Nomadland』に関して起こったことで、ジャンフランコ・ロッシの『Notturno』などどちらの映画祭でも上映される作品は他にもあります。私はこうした姿勢が来年以降にも引き継がれてほしいと思っています」[*6]

■Netflixの出品見送り(※ベネチアでは2018年に同社作品の『ROMA/ローマ』が金獅子賞を受賞)
「Netflixはロックダウンに関して非常に厳格な態度に出ました。パンデミックが終息するまで社員の誰にも旅行することを認めていません。その結果、彼らは安全だと思えるまでいかなる映画祭にも映画を出品しないことに決めました。私たちはNetflixと長い話し合いを持ちました。彼らは将来的には支援したいが、この状況下ではいかなるリスクも冒したくないという見解でした。いずれにせよ彼らの新作の多くが製作をストップしています。彼らは将来また戻ってくると思いますが、今年に関してはその立場を受け入れる必要があります」[*4]

■ロックダウン下で製作された映画
「ロックダウンの最中に撮影されたたくさんの映画を観ましたが、そのほどんどはその状況下での生活の記録以上の何かにはなっていませんでした。しかし(アウト・オブ・コンペティションのノンフィクション部門に選出された)アンドレア・セグレの作品『Molecole』[*7]はベネチアのカーニバルが中止になった直後、そして3月8日にその町が封鎖されるまでの2週間で撮影されています。その都市はすでにほとんど空っぽで、観光客が全員去っていました。アンドレアはその空っぽの街を撮影し始め、かつて同じく映画監督だった父親と一緒にそこを訪れた際の個人的な記憶をナレーションで付け加えています。彼は自身の思い出と向き合うことでパンデミック下の孤独について省察しており、とても感動的です。それがこの作品を選んだ理由です」[*4]

『Molecole』

■テルライド映画祭の中止について
「(9月3~7日に開催予定だった)テルライド映画祭の中止[*8]は予期せぬ打撃でした。プロデューサーたちは秋にリリースする映画には通常よりも強力なプロモーションが必要であり、テルライド、次にベネチア、そしてトロントでそれらを宣伝するというマーケティング戦略を練っていました。テルライドの中止はこの計画を狂わせるものです。自信を持っていたプロデューサーに再度疑念をもたらし、より良い時期を待つことを決断させました。私は直にその変化を目の当たりにしました! これによりセレクションは宙に浮いた状態になっています。まだ返答を待っている作品もいくつかありますし…まだプロセスの途上にあります」[*6]

■コロナ禍で映画祭が果たす役割とは
「ロックダウンに入ったとき、すべての映画祭が自分たちがなすべきことについて話し合い始めました。他の映画祭に対して普段のコンペに固執できないことはわかっていました。映画製作者や映画会社との連帯、そして映画祭同士のコラボレーション。この危機から浮かびあってきたポジティヴな要素がひとつありました。それは映画祭は私たちの自我に奉仕するためにあるのではなく、映画製作者や映画全般をサポートするためにあるということです」[*3]。
「ベネチアは(新型コロナウイルスのパンデミックが起きた後)最初に開催されるメジャーな映画祭で、その後、トロント、ニューヨーク、サンセバスチャンなどが続きます。一部のフェスティヴァルは通常より小規模で行われますが、ロックダウン後の再スタートを切るという意志が何より強く前向きなサインになるでしょう。私たちは皆、過去数ヶ月で経験してきたことより悪い結果にならない限り、孤立した状態でもう待つことができないという気持ちを共有しています。映画祭はそこでひとつの役割を果たすことができます。私たちが導入するプロセスによって安全に劇場に戻ることができることを示すことができるのです。ベネチア映画祭が開催されることで、それが皆にとっての先例になることを願っています。さまざまな恐れや疑念、不安が広がっているなかで、再スタートする努力をする必要があります。さもなければ映画文化全体にとっての惨事が起こってしまうでしょう」[*4]

*1
https://www.labiennale.org/en/cinema/2020/lineup
*2
https://www.nytimes.com/2020/07/28/movies/venice-film-festival-2020-coronavirus.html
*3
https://www.hollywoodreporter.com/news/venice-film-festival-boss-alberto-barbera-hosting-first-post-lockdown-fest-1304607
*4
https://www.indiewire.com/2020/07/venice-film-festival-alberto-barbera-interview-1234576761/
*5
https://www.imdb.com/title/tt9770150/
*6
https://variety.com/2020/film/news/venice-film-festival-chief-collaborating-toronto-1234718218/
*7
https://www.imdb.com/title/tt12771918/?ref_=nm_flmg_dr_1
*8
https://www.indiewire.com/2020/07/telluride-film-festival-2020-cancelled-1234573959/

黒岩幹子
「boidマガジン」(https://magazine.boid-s.com/ )や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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