2020年に東京で開催されるパラリンピックまでちょうど1年となった。そんな中、イギリスの映画製作会社パッション・ピクチャーズが、ボンド映画のプロデューサーなどで知られるバーバラ・ブロッコリ、映画監督・脚本家のリチャード・カーティスらと共に、パラリンピックをテーマにした新作長編ドキュメンタリーの作成を進めている。現時点では『Harder Than You Think』というタイトルで企画が進んでおり、ブロッコリとカーティスは製作総指揮へ回る。また、夏季、冬季パラリンピックで多くのメダルを手にしてきたパラリンピック選手タチアナ・マクファーデンや、前国際パラリンピック委員会のCEO ハビエル・ゴンザレスも、ブロッコリやカーティスと共に製作総指揮に名を連ねる予定だ。

 

製作会社のパッション・ピクチャーズはアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を二度受賞しており、1999年の 『9月のある日』では、1972年のミュンヘンオリンピックでの人質殺人事件を描いた経験もある。監督は、アレキサンダー・マックイーンの生涯を描いたドキュメンタリー映画『マックイーン:モードの反逆児』(日本では来年の4月5日に公開)で監督・脚本を務め、英国アカデミー賞にもノミネートされたイアン・ボノートとピーター・エテッドギーのペアで、戦後のムーブメントの発祥から、現在のような世界的なスポーツイベントになるまでのパラリンピックの壮絶な物語を伝える。(1)

パラリンピックは、1948年に医師ルードウィッヒ・グットマン博士の提唱によって、ロンドン郊外のストーク・マンデビル病院内で開かれたアーチェリーの競技会に起源を持つ。第2次世界大戦で主に脊髄を損傷した兵士たちのリハビリの一環として行われたこの大会は、その後回を重ね、1952年に国際大会となった。1988年のソウル大会からはオリンピックの後に同じ場所で開催されるようになり、現在ではアスリートによる競技スポーツへと発展している。 (2)

この映画では、かつて目にすることのなかったようなアーカイブ映像を織り交ぜながら、現代におけるアスリートや、その分野を牽引し、明確なビジョンを持って行動しようとしてきた人々の劇的な物語が語られる。ボノートとエテッドギーはこの映画を、「パラリンピックというムーブメントがイギリスの小規模なトーナメント試合から世界的なビッグイベントになるまでに直面した数多くのハードル、失敗、そして勝利を映しだす、全身で感じるジェットコースター」に乗っているような映画にしたいと語る。 (1)

 

負傷兵や退役軍人のために開催されるパラリンピック形式のスポーツイベントInvictus Games を創設し、開催しているヘンリー王子も、現在進行中のこの企画のためにインタビューを受けた人物の一人だという。その他、有名なイギリスの短距離走者ジョニー・ピーコック、フランスの陸上選手ジャン=バティスト・アレーズ、イタリアの車いすフェンシング

選手ベアトリーチェ・ヴィオ、日本のプロ車いすテニスの選手国枝慎吾、ブラジルの水泳選手ダニエル・ディアス,そしてマクファーデンもこの映画に参加している。

映画は、2020年8/25~9/6に開催される東京パラリンピックの前に公開できるようスケジュールが組まれ、このプロジェクトを資金面で支えているHTYT Films が、国際パラリンピック委員会によってすべての著作権が与えられている。

「パラリンピックの素晴らしい物語を世界の観客に届けられるという機会、しかもそれがイアンとピーターの世界的なクリエイティブなチーム, グレッグ・ニュージェント(HTYT Filmsのプロデューサー)、優れた製作グループと共に仕事ができるという機会は、どちらも光栄なことだし、特別なことだ。」とパッション・ピクチャーズのバトセックは言う。(1)

 

イギリスのパラリンピック文化

パラリンピックのムーブメントそのものはイギリスが発祥だ。だが、昔からパラリンピックが盛り上がりを見せていたわけではない。 変化の発端となったのが、イギリスの放送局Channnel4が製作した90秒の広告動画だった。『Meet the Superhumans』と題されたその動画は、2012年のロンドンパラリンピックのプロモーションのために製作されたもので、著名なイギリスのパラリンピック選手を登場させ、音楽にはヒップホップ界のレジェンド、パブリック・エナミーを起用した。このCM動画は、世界最大級の広告祭カンヌ・ライオンズでもグランプリを受賞し、一般大衆にも大きなインパクトを与えたと言われる

ここで使用されたパブリック・エナミーの楽曲「Harder than You Think」も、映像が公開されてから数週間でネット上で急激に広まった。2007年にリリースされた時点ではトップ200にも姿を見せることはなかったが、このキャンペーンにより、UK トップ40にまで上り詰め、その後イギリスで大ヒットを記録したのだ。 (3) ロンドンパラリンピックと、自らの楽曲が Channel 4のキャンペーンに起用されたことを受け、パブリック・エナミーはこの楽曲に、CMの動画を挿入した新たなミュージックビデオ『Harder Than You Think – UK Paralympics Version』を制作した。 (5) 実際、2012年のロンドンパラリンピック大会は、20競技が開催され、史上最多となる164の国と地域から約4,300人が参加するという、非常に大規模なものであったが、このような流れの中で一般大衆の関心も大きく高まったようだ。(1、2)

更にChannel 4は、2012年の 『Meet the Superhumans』 を経て、2016年のリオパラリンピックの際にあらたな広告動画 『We’re the Superhumans』 を作成した。 『We’re the Superhumans』 には、パラリンピックのアスリートだけでなく、音楽家や、あらゆる分野で活躍する一般人など、140人以上の障害者が登場する。主要な登場人物の内、17人は音楽家、39人がパラリンピアンだが、53人はアスリートではない。そして、イギリス人だけではなく様々な国や地域の人々が登場する。さらに、事故により失明を経験したサミー・デイヴィスJr.の楽曲「Yes I Can」が、障害を持つミュージシャンが世界から集まってこの企画のために特別に組まれたバンドThe Superhumans Bandによって新たにレコーディングされて使用されている。

 

Channel 4でマーケティング部門の責任者を務めたダン・ブルックは当時次のように話している。 「『We’re the Superhumans』(2016) は、選ばれたパラリンピアンたちと一般人、その両者が持っている能力への、溢れんばかりの賛美といえる。2012年の企画で、私たちは初めて彼らのようなアスリートと出会うことができた。しかし今ではダウン症の新卒を目にするし、職場にいる車いす利用者は、目の見えない短距離選手や、手足を失った重量挙げの選手と同じ「Superhuman」だ。」 「…このキャンペーンは私たちが携わってきた中で最も重要なものであり、それはリオで終わりではなく、その先ずっと、障害に対する大衆の態度に変革をもたらしていくことだ。」 クリエイティブ・ディレクターのアリス・タンは言う。「全てが不確かで、時には思いやりに欠けているようにも感じられるイギリスにおいて、私たちは力強い積極的なメッセージを生み出したかった。 「Superhuman」であるということは、目が見えるかどうか、リオパラリンピックに出場するかどうか、手足を失ったかどうか、毎朝出勤するためにバスを利用しなければならないかどうかには関係なく、私たちの考え方の問題なのです。彼らができないこと(disability)にフォーカスするのはやめて、代わりにその克服(superability)に目を向けるのです。」 (4)

 

日本でも1964年パラリンピックのドキュメンタリー映画が公開!

イギリスでは、近年パラリンピックの開催ごとに新たな映像作品が生み出され、その度に多くの反響を呼んでいる。現在企画が進む映画『Harder than You Think』は、規模としても最も大きい映像作品になるだろう。 一方日本でも、映画『東京パラリンピック 愛と栄光の祭典』(1965)が2019年度、劇場公開予定であることが明らかとなった。 1964年の東京パラリンピックは、初めて「パラリンピック」という愛称が使われた大会でもあり、イギリスでパラリンピックを生み出したグットマン博士も来日している。 日本における障害者スポーツや福祉制度を取り上げたこのドキュメンタリー映画は1965年に製作されたが、それが今年度、角川の配給により劇場公開される。監督・脚本・撮影は渡辺公夫、解説は宇野重吉、音楽は團伊玖磨、製作は上原明である。(5)

これまでオリンピックの記録映画は、市川崑の『東京オリンピック』(1965)にはじまり、その後の札幌、長野と、オリンピックの度に製作されてきた。2020年大会では河瀬直美が公式映画監督を務めることも発表されている。そのような中で、パラリンピック大国のイギリスと開催国日本での映画公開は、パラリンピックが注目を集めるきっかけともなるだろう。

 

 

※Channnel4制作の『Meet the Superhumans』については、カンパラプレスがマーケティング・リーダーのジェームズ・ウォーカーに行ったインタビューが下記サイトに掲載されている。

「このCMがパラリンピックを変えた!」 ~ロンドンパラリンピックを成功に導いた秘策~

 

〈参考〉

(1)https://variety.com/2019/film/news/barbara-broccoli-richard-curtis-passion-pictures-paralympics-documentary-1203310284/

(2)https://tokyo2020.org/jp/games/about/paralympic/

(3) https://www.channel4.com/press/news/public-enemy-issue-harder-you-think-video-edit

(4)https://campaignbrief.com/channel-4-launches-new-were-th/

(5)https://www.campaignlive.co.uk/article/public-enemy-adapts-c4-ad-paralympian-tribute/1148770

 

 

小野花菜 現在文学部に在籍している大学2年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。


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