昨年のクリスティーズ・ニューヨークの戦後・現代美術セールにて、デイヴィッド・ホックニーの《芸術家の肖像 —プールと2人の人物—》が、現存アーティストの作品として過去最高額で落札されたというニュースは記憶に新しい。1970年代前半には、ジャック・ハザン監督のもと、ホックニーに関するドキュメンタリー/フィクション映画 A Bigger Splash(1974)が製作・公開された。現在、ニューヨークのミニシアターMetrographでは、この風変わりな映画の4Kデジタル修復版が上映されている。
A Bigger Splashは、《芸術家の肖像》製作時のホックニーの葛藤を映し出し、パートナーのピーター・シュレシンジャーとの別れに苦悩する彼の姿を描いた映画である。この映画では、ドキュメンタリーとフィクションの手法が両方とも用いられている。これは、70年代当時としては珍しく実験的な試みだった。
この映画は今やクィア映画の傑作として、またドキュメンタリーの慣習に挑んだ意欲的で芸術的な作品として評価されている。しかし、公開当時の批評家や観客からの反応は芳しくなかった。1974年に、カンヌでプレミア上映した際には絶賛されたものの、同年のニューヨーク映画祭ではネガティヴな反応を受け取ったという。ここでは、最近公開されたハザンへのインタビューから、製作・公開時における彼の困惑が伺える箇所を抜粋して紹介する。
Q: この映画に対する当初の反応について教えてください。
ヨーロッパのプレス、特にフランスとイギリスのプレスからは素晴らしい反応をもらった。私たちはとても驚いたよ。この映画をニューヨーク映画祭で公開した時は、全く違う反応だったんだ!彼らはこの映画をどう評価したらいいのか分からなかった。それはジャンル・ベンディングで、ドキュメンタリーでもフィクション映画でもなく、どちらも組み合わせたものだったんだ。
彼らはルイス・ブニュエルの『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』をちょうど見ていて、その映画の最後にブーイングが起きたんだ。私は信じられなかった。「彼らはブニュエルにブーイングを?これは悪い予感がする」と思った。そして、彼らは A Bigger Splashを見たんだ。(ファッション写真家の)リチャード・アヴェドンが、席から立ち上がって激しく拍手を始めたという話は聞いたよ。でも、否定的な反応ばかりだったし、「もっと中身を!」と叫ぶ人もいた。何が起きているのかさっぱり分からなかったけど、とにかく喜ばしくないことだった。つまり、彼らはこの映画をただただ気に入らなかったんだ。私はとても動揺したよ。
Q: なぜそんなに猛烈な反応だったのでしょうか?
あまりにも時期尚早だったんだ。ヨーロッパよりも、アメリカは固定的な価値観を持っている。ヨーロッパは、こういったおかしなジャンルを快く受け入れてくれたんだ。でも、アメリカの場合は違うね。映画はジャンルに分類される。で、もし分類できないなら、もしあるジャンルに内容が合わないなら、彼らは混乱してしまうんだ。ジャンルと同性愛、それが彼らを当惑させたんだよ。
Q: あなたは何らかの検閲の問題に直面しましたか?
したよ。当時は、今みたいに同性愛は広く受け入れられてなかった。多くの人が同性愛者の生活に反対していた。そう、フランスにおいてでさえ、この映画は検閲を通るのに苦労した。文化・通信省の大臣を連れてこなきゃならなかった。彼は「これはポルノグラフィーではないから、禁止することはできない」と言ったよ。それで、パリの映画館三軒で初めて商業上映したんだ。驚いたよ。そして、イギリスでは、1975年まで一年待たなければならなかったし、ここにもまた検閲委員会がいた。彼らはこの映画を禁止したよ、この映画は上映できないとさ。
Q: この映画が最初に公開されたとき、多くのゲイのプレスがあなたは同性愛を冷笑的に用いていると言っていました。しかし、今日ではこの映画は「クィア映画のランドマーク」と評されています。それについてどう思いますか?
変わったんだよ、同性愛者の生活はもはや刺激的ではなくなったんだ。それでいいんだよ。ジャンル・ベンディングも人々を混乱させるものではなくなったんだろう。それは多分、リアリティーTVの影響だろうね。(…)そう、今ではこういった映画が、受け入れられるようになったんだ。以前は、同性愛者の生活をノーマルなものとして描くことは、とても挑発的だった。かつては(映画で)男性器を見ることは、本当に挑発的なことだったんだ。
Q: この映画について、ホックニーはどのように反応していましたか?
彼は衝撃を受けてたよ。私は彼に警告したんだ!彼はそこに私がいたことを全然知らなかったし、私が何をしているかも全く分かっていなかったんだ。私はめちゃくちゃな順番で撮影していたし、ストーリーラインもなかった。私は彼に「完全にナイーブな状態で見ないでね」と注意したよ。彼は完全にぐったりしていた。三週間、誰も彼の姿を見なかった、彼は消えたんだ。(その後)私は、2万ポンドと引き換えにネガを受け渡すという提案をもちかけられたよ、彼はネガを破壊したがってたから。もちろん、私はそうしなかった。
Q: なぜ、彼は最終的に意見を変えたんでしょう?
彼は友人に映画を見に行ってもらったんだ、彼は友人たちの意見をとても頼りにしてた。 (ファッション・デザイナーの)オジー・クラークは映画を見て、最後に私に向かってこう言った、「ジャック、この映画は真実よりも真実らしい」と。画家のロージー・ゴールドファーブもこれを見て、最後には「ジャック、これは今まで作られた中で最も素晴らしい芸術家に関する映画だ」と言ったよ。それで、友人たちが彼に話して、事態は好転したんだ。デイヴィッドはそれを良い映画だと受け入れなければならなかった。もちろん、押し付けがましかったことは否定できないけど。
Q: その後、彼はこの映画についてどう感じているのでしょうか?
デイヴィッドの感情のことは分からないよ。でも、映画ができて10年から15年後のことかな、彼がそれをカレンダーのようなもの、人生の一つの記録として感じていたことは知っている。そうではなく、この映画は人工物なんだ。つまり、そこにあるものはすべて演出されているんだ。パーティーやファッションショーなどのいくつかのシーンは、確かに偶然の出来事だ。でも、他の全ては私が計画し演出したものなんだよ。私は、彼にここからそこまで歩くように指示していたよ。これはイタリアのネオレアリズモに似ているね。
Q: どのようにしてホックニーに会えたんですか?
本当に大変だったよ!かつては毎回交渉しなければならなかった。簡単なことじゃなかった。毎度、彼に会えるかどうか、どっちに転ぶか分からなかった。つまり、それは非常に不安を掻き立てる企てなんだ。 彼は“Yes”と言う時もあれば、 “No”と言う時もあった。ほとんどの場合、 彼は“No”と言ってたと思うよ。こんなことを楽しめるのは、正気を失った人だけだろう。(ホックニーに会うためには)とても謙虚で、とても忍耐強くなくちゃ。私はおそらくそうだったよ。
Q: 今回、A Bigger SplashがMetrographで上映すると決まって、どう思いましたか?
彼らは本当によくやってくれたよ、最高だ!45年が経って、貶されてから何十年も経って、ようやくこの映画が受け入られてきたんだ。
本稿は、以下の記事に掲載されたインタビューを参考・翻訳している。
その他の参考サイト
https://www.indiewire.com/2019/06/a-bigger-splash-trailer-david-hockney-gay-film-1202148696/
https://www.nytimes.com/2019/06/19/movies/david-hockney-a-bigger-splash.html
伊藤紗瑛 東京出身。現在都内の大学院修士課程でフェミニズムの研究をしています。映画と読書と音楽と散歩と犬が好き。
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