スティーヴン・ソダーバーグ監督最新作『ハイ・フライング・バード―目指せバスケの頂点―』[*1]が2月8日からNetflixで配信されています。邦題の副題やNetflixのサムネイル画像(ポスターイメージ)から、バスケットボールを題材にしたスポーツ映画であると想像されている方も多いと思いますが、本作はバスケットボールやスポーツを題材としながらもそのスポーツ自体を描いた作品ではありません。たとえばVarietyの映画評では「バスケットボールの試合の映像をほぼ見せないこの映画はもっぱら契約交渉、テレビの放映権、マーケティング、労働争議、さらにかろうじて隠されている人種階層といったメタゲームに関係している」[*2]と説明されています。
主人公はバスケットボール選手のエージェントを手掛けるレイ(アンドレ・ホランド)。彼が担当する新人選手のエリック(メルヴィン・グレッグ)はNBAのドラフト指名選手に選ばれたものの、デビューが決まる前にNBAがロックアウトに突入してしまったため、半年もの間報酬を得られない状況に陥っています。さらにレイ自身もロックアウト中は試合もなく稼ぎがないという理由で、所属会社から給料の支払いと経費の使用を停止される事態に。NBAチームのオーナー側と選手会の交渉は遅々として進まずロックアウトが解除される見通しが立たない中で、レイやエリック、さらに会社からレイの担当を外されたアシスタントのサム(ザジー・ビーツ)がいかにして苦境を打破しようとするか、どのような賭けや選択にでるのか――。これが本作の粗筋であり、レイの恩師の台詞を借りれば、これは登場人物たちがバスケットボールのゲームをするのではなく、「ゲームを支配するゲーム(a game on top of a game)」から自分たちのゲームを取り戻そうとする闘争の物語なのです。

「ソダーバーグは自分の映画の登場人物たちが正しいかどうか気にかけていないように思える。彼はただ登場人物たちが企業や政府といった彼らに無関心なシステムに対して、結局全てを犠牲にすることになったとしても、自分の価値を主張しようと闘うのを見ることが好きなのだ。彼の素晴らしい新作『ハイ・フライング・バード』におけるそのシステムはNBAである。そしてそれはひどく衰弱している。その原因はファンがチケットを買うのを止めたからではなく、チームを所有する年老いた白人たちが若い黒人選手たちを自分の所有物であるかのように思いたいからだ」[*3]。本作についての映画評の中でIndieWireのデヴィッド・エールリッヒ氏はこのように述べていますが、この映画の企画をソダーバーグに提案したのは実は主演俳優であり製作も手掛けるアンドレ・ホランドだったといいます。アンドレ・ホランドはこの映画をソダーバーグ、さらにホランドの長年の友人である『ムーンライト』の原案・脚本で一躍脚光を浴びた脚本家のタレル・アルヴィン・マクレイニーらとともに作ることになった経緯を以下のように説明しています。
「5年前に(ソダーバーグが監督した)ドラマシリーズ『ザ・ニック』で一緒に仕事をしたときのことだった。僕はなかなか良い脚本がないことに少しフラストレーションを感じていて、自分が持っていたいくつかのアイデアをスティーヴンに投げ始めたんだ。彼はすごく寛容で、僕がクレイジーなアイデアを投げかけるのを受け止めてくれた。それから僕らは本を交換した。僕が大好きなジェイムズ・ボールドウィンの随筆集『Price of the Ticket』を誕生日プレゼントとして彼にあげたんだ。彼はその本に夢中になってくれて、それから僕にラルフ・ウィレイの本をくれた。僕らはそれらの本や僕が投げかけたアイデアをめぐってたくさんの会話を重ね、この企画にたどり着いた。スティーヴンに脚本家が必要だと言われて、僕がタレル(アルヴィン・マクレイニー)に電話をかけて、彼にも話し合いに参加してもらった。彼らは一緒にうまくやっていたんだけど、『ムーンライト』の企画が立ち上がってタレルが多忙になってしまったので、進行に時間がかかった部分はあったね。でも僕らは共に働き続けて今にいたるというわけさ」[*4]。
このホランドの発言からも本作の脚本にはソダーバーグよりもホランドの意向がより深く反映されていることがうかがえますが、いくつかの作品評を目にしたところ、この映画のテーマや主人公のレイを監督のソダーバーグの活動と重ねて見ている人が多いようです。実際、ソダーバーグにインタヴューしたIndieWireのクリス・オフォールト氏は、前述した「ゲームを支配するゲーム」という台詞を用いて「これまでのあなたの作品の大部分はハリウッドが映画製作というゲームを支配するために考えたゲームを解読することに関わることだった。私はこのプロジェクトがアンドレやタレルとともに進められたものであることは知っているが、あなた個人に関わる問題でもあったのではないか」と本人に直接投げかけています[*5]。それに対してソダーバーグは以下のように答えています。
「僕のような人間にとって良いことは、選択肢があるということだ。基本的には自主製作で映画を作ることも含めて自分が働きたいビジネスモデルを作ることができる。アスリートはそういう選択肢をほとんど持っていない。彼らはある特定の道を進むことが一種の義務となっている。バスケットボールの場合だと、NBAが選手たち与える場に彼らが満足できていなくても、彼らには他にプレイするリーグはない。それに彼らの選手生命は短い。私が真に自分がやりたいことやそれをやるためにどうすべきかを理解できたのは35歳近くになってからだったが、プロスポーツの世界では35歳になって現役で活躍できる選手はめったにいない」。「僕がこの作品に興味を持った点のひとつは、選手に代わって集合的な決断を下すことが影響力を持ち得る唯一の方法であることだった。僕は団体交渉のある業界で働いているが、その一方でアーティストは自分自身の宇宙をデザインする可能性を持っている。先日、ある人に“この映画を観た人に何を理解してほしいか?”と訊ねられ、僕は “選手たちが人間であること。彼らの試合を2時間見たとしても、1日の残り22時間は彼らも私たちと変わらずただの人間であること”だと答えた。実は多くの人たちと同じように僕もそのことについてほとんど考えたことがなかった。ゲームが終わればまるで彼らが消えてしまうかのように思っていたんだ。僕はそのことに罪の意識を感じたよ」[*5]。

ソダーバーグは“選手たちが人間であること”を示すひとつの手段として、映画の中に実際にNBAチームに所属する3人の若手選手にインタヴューした映像を挿入しています。ドラフトに指名されたときのことや、エージェントと契約を結んだときのこと、新人時代に苦労したことなどを語る選手たちの“生”の言葉は、ここで語られる物語や主題に説得力をもたらしています。
実はソダーバーグが実在のスポーツ関係者のインタヴューを劇中に挿入しようとしたのは今回が初めてではありません。それはセイバーメトリクスを用いてMLBのチームを立て直そうとしたビリー・ビーン(ブラッド・ピット)を主人公にした『マネー・ボール』でやろうとしていたことでした。ソダーバーグは同作のクランクイン直前に監督を降板し、結局ベネット・ミラーがメガホンを取ることになったのは周知のとおりですが、ソダーバーグが降板した理由のひとつが実在の選手のインタヴューを入れることにスタジオが反対したためだったとも言われています。ソダーバーグは今回のインタヴュー映像についてこのように話しています。
「『マネー・ボール』で考えていたインタヴューはビリー・ビーンを知る人々と少数のセイバーメトリクスの専門家を組み合わせたものだったが、たしかに僕たちのスクリプトの核を成すアイデアではあった。今回実際の選手のインタヴューを入れたほうがいいと提案したのはグレッグ(グレゴリー)・ジェイコブス(ソダーバーグの多くの作品で助監督や製作を担当)だった。彼に作品のサンプルを見せたときに“インタヴューを使うというアイデアを復活させるべきだ。そうすればこの映画の世界はさらに拡がると思う”と言われたんだ。それで選手たちに僕のオフィスに来てもらって30分ほど話すうちに、グレッグの言うことは正しいとすぐにわかったよ。自分の体験を表現する実際の選手の言葉には真に切実なものがあった。NBAでプレイするため、順応するために彼らにどれほどの重圧がかかっているのかを痛感させられた。しかも彼らの人生は彼らだけのものではない。映画の中でドノヴァン・ミッチェル(2017年のドラフトでNBA入りした選手)が“一瞬だって気を抜くことができない。常に仕事の時間だ”と言っているが、多くの選手は常に何かをを発信し、人々の動画の撮影対象になっている。プロのスポーツ選手たちが属するのはかなり奇妙な世界だ。彼らの言葉からその奇妙な場所で自分自身を見失わないための方法を理解することができる」[*5]。

『ハイ・フライング・バード』は200万ドルの製作費でわずか13日間で撮影されました。そうした低予算・短期間での製作を可能にする上で、iPhoneを使って撮影したことが重要な役割を果たしたようです。ソダーバーグは前作『アンセイン~狂気の真実~』に続いて今回もiPhoneを使った理由を以下のように説明しています。
「作品の規模、撮影に求められるスピード、割り当てられた時間という観点から、iPhoneの使用は当然適したものだと思えた。もちろん(『アンセイン』とは)異なる美を追求したり、今度はアナモルフィックレンズを使いたいとか、よりクリアで滑らかな映像、いわゆるもっと普通の見た目を実現させようという狙いもあったけどね。『アンセイン』のときは『悪魔のえじき』や『悪魔のいけにえ』が持っていたような感触、70年代のホラー映画にあった16ミリフィルムのような質感を再構築したいという考えがあったのに対して、今回は何らかのリアルな質感を与えるために、様々なオーバーレイフィルムを使ってあらゆる素晴らしいプラグインを活用していった」。「退屈だろうからいちいち言わないけれど、『ハイ・フライング・バード』の様々なショットをもし普通のサイズのカメラを使って伝統的なアプローチで撮影していたらどれだけ違うものになったかを指摘することもできるよ。iPhoneなら機材の大きさのせいで妥協したり、そこにいる誰かを傷つけたりすることなく、カメラをあらゆる対象に向けることができる。だから僕にとってはしっくりくる撮影方法なんだ。ひとつだけ例をあげると、序盤にアンドレが会社にやって来てエレベーターを降りるとザジー(・ビーツ)が待ち構えていて、彼の執務室まで非常に早足で一緒に歩くシーンがある。そのとても狭い通路を我々は急いで動く必要がある。さらに執務室の手前で二人が一旦カメラから遠ざかり、カメラは二人から離れる。そしてアンドレが執務室に入ると、そこにカメラが待ち構えている。普通のドリーカメラだと350ポンド(約160キログラム)もあって根本的に危険だ。誰かが怪我をしてしまう可能性もある。それから対象者から離れて角を曲り、再び合流することができたのは、僕がDJI Osmoのスタビライザーを身に着けて車椅子に乗って撮影したからだ。(普通のドリーカメラでも)何時間もかければできたかもしれないが、それでもたぶん僕が望むところにレンズを向けられなかっただろう。Osmoを使うことでレンズを左右上下に動かすこともできるからね」[*5]。
ちなみにその撮影対象となったアンドレ・ホランドは、「そもそもスティーヴン(ソダーバーグ)は本質的に仕事が早い。『ザ・ニック』のときも確か10話分を73日で撮影したんだから」と指摘しながらも、iPhoneを使った撮影をこのように振り返っています。
「今回はiPhoneを使っているとはいえ、彼は外付けのレンズや機材も使っていたから、たとえば今君がiPhoneで撮影するのとは事情が異なる。彼は自分がやっていることを常に理解していた。ただiPhoneが早い進行を可能にしたのはたしかで、最初に撮影したシーンは台本にして10ページほどの対話のシーンだったが、彼はテーブルに1台のiPhoneをセットし、もうひとつを上のほうに、さらにもう1台を床に据え置きにして撮影した。僕らはそのシーンの撮影をかなり素早く終わらせて、次のことに取り掛かることができた。最初にそのカメラ配置を見たときは、“本当にこれで…?”と思ったけど、一旦映像を見たら“おお、これはかなり良いじゃないか!”って感じだったよ」[*4]。

『ハイ・フライング・バード』は「ゲームを支配するゲーム」つまりスポーツにおけるビジネスシステムに対する問題を提起しているわけですが、それは同時にスポーツにおける人種問題にもメスを入れることです。具体的にいえば現在NBAを“支配する”チームオーナーや放映権を持つ放送局の上層部のほとんどが白人であるのに対して、選手の75%は黒人であるという事実が存在します。インタヴュアーの「近年における人種とスポーツをめぐる議論においてこの映画は何を提起すると思うか」という質問に対して、アンドレ・ホランドは答えます。
「僕は以前にも人種とスポーツをめぐる問題について訊ねられたことがあったが、正直よくわからなかった。でもそれは興味深い問題だと思ったし、そこがこの作品の出発点にもなっている。もし黒人選手がその全てを所有したらどうなるのか? それはどのように見えるのか? 僕は何も説教じみたことを言いたいわけじゃない。ただ人々が取り組むべき、考えるべきことであり、何より問いを投げかけ続けること自体が大切だと思っている。そして僕が問い続ける過程で学んだことは実はすでに長い間問われ続けてきた問題だった。映画の最後に登場し、その著書も取り上げられているハリー・エドワーズは50年もの間この問題を研究している。彼と話したときに彼はまずこう言った。 “ブラザー、これは新しいことじゃないぜ! 君らは新しいと思ってるかもしれないが、そうじゃないんだ!”ってね。僕らはここから歴史を振り返っていくんだ」[*4]。
ホランドが言及した社会学者のハリー・エドワーズ博士が登場するラストシーンに触れたRolling Stoneのレビューは以下のように結ばれています。
「この映画のタイトルがリッチー・ヘブンスのプロテストソングから名付けられ、彼が歌う賛歌“Handsome Johnny”が私たちがついに“バイブル”とは何かを知るクライマックスで流れるのは偶然ではない。ネタバレになるので書かないが、そのマイクドロップ(マイクが落とされる)の瞬間はあまりに素晴らしい。あなたはあなた自身のためにそれを見るべきだ。ボールはあなたのコートの中にある」[*6]。

*1
https://www.netflix.com/title/80991400
*2
https://variety.com/2019/film/reviews/high-flying-bird-review-slamdance-1203120257/
*3
https://www.indiewire.com/2019/01/high-flying-bird-review-slamdance-2019-1202036955/
*4
https://www.filmcomment.com/blog/interview-andre-holland/
*5
https://www.indiewire.com/2019/02/steven-soderbergh-high-flying-bird-interview-netflix-iphone-1202044279/
*6
https://www.rollingstone.com/movies/movie-reviews/high-flying-bird-movie-review-steven-soderbergh-789495/

黒岩幹子
「boidマガジン」(https://magazine.boid-s.com/ )や「東京中日スポーツ」モータースポーツ面の編集に携わりつつ、雑誌「nobody」「映画芸術」などに寄稿させてもらってます。


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