作曲家のジャスティン・ハーウィッツとデイミアン・チャゼル監督は、これまで4作品で組んでいる。2009年のGuy and Madeline on a Park Bench、2014年の『セッション』、2016年の『ラ・ラ・ランド』、そして、2018年の『ファースト・マン』である[#1]。

『ファースト・マン』で、ハーウィッツは、94人編成の大規模なオーケストラを導入したが、彼は、エレクトロニック・テルミンやモーグ・シンセサイザー、さらに、レスリー・スピーカーやエコープレックスのような古い音の変換装置も用いた[#2]。

2017年3月という撮影が始まる前の時期に、ハーウィッツとチャゼル監督は、『ファースト・マン』についての話し合いを開始した。「少なくとも1年間、サウンドスケープはどのようになるのか、メロディやサウンドはどのようになるのかを問い続けました」と、チャゼル監督は話す[#3]。

主に、ジョシュ・シンガーの脚本に基づいて、ハーウィッツは、メインテーマとなる1曲を決めるまで、監督のためにピアノのデモを書いた。「メインテーマ曲には、孤独さだけでなく、美しさがなければなりませんでした。彼(ニール・アームストロング)が月に着いたときのように、荒れ地の上に立っているのです。つまり、すべてはとても美しいですが、とてもとても孤独なのです」と、ハーウィッツは述べる[#4]。

1960年代に発明されたモーグ・シンセサイザー(ハーウィッツは、新たに60年代のデザインとドキュメンテーションに基づいて作られたMOOG III-Cモデルを使っている。)やエコープレックス(テープディレイ装置であるが、1968年の『猿の惑星』のスコアでジェリー・ゴールドスミスが用いた。)は、時代の特色を与えている。ハーウィッツは、それらだけでなく、テルミンを使っている。不気味な異世界のサウンドは、1950年代のSFと関連している。(バーナード・ハーマンは、1951年の『地球の静止する日』のスコアに導入したが、後にハワード・ショアは、パロディとして、1994年の『エド・ウッド』で使った。)この映画のテルミンの音色の意味について、チャゼル監督は、以下のように説明する[#5]。

「これは、深い悲しみの物語が中心となります。愛する多くの人々を失った人についての物語です。彼(ニール・アームストロング)がその喪失を経験するのです。テルミンは、宇宙と交わって架かる深い悲しみを伝えるのです。テルミンは宇宙を思わせますが、人間の声の性質も持っています。つまり、嘆き悲しむ様、自分にとって、とても悲しく響くのです。」[#6]

この映画には、メインテーマ曲と第2のテーマ曲が存在する。ハーウィッツによれば、チャゼル監督は、喪失、痛み、深い悲しみ、孤独のすべてが感じられるメインテーマ曲を望み、また、第2のテーマ曲は、家族の楽曲であり、優しくて切なく、亀裂が表現されている[#7]。

また、ハーウィッツは、チャゼル監督がメインテーマ曲と第2の反復楽句を得るまで、撮影を始められないことを承知していた。彼はひとつの核心に導かれた。「アームストロングの深い悲しみが地球上での人生を超えていると感じられることが、必要であるということ」であった。チャゼル監督がテルミンを提案したのは、まさにその時であった。「私たちは、宇宙の要素を欲していました。本質に関わる現実的な楽曲においてです。テルミンは、テクノロジーと人間性が交差しています」と、ハーウィッツは述べた[#8]。

基本を成すピアノのテーマ曲が完成した後、そのテーマ曲はテルミンについて考慮され始めた。ハーウィッツは、多くのYouTubeの個人指導動画を見た。「モジュラー・シンセについての多くの動画で勉強しました。様々なケーブルをまとめるとどのように機能するのかを学びました。自分のアパートに届けられた一連の金属製の装置を受け取り、レコーディングを始めました。水と火のような要素もレコーディングしました。そして、私は、楽器へと変化させたサウンドの中でそれらを組み合わせ、映画の中で使用しました。デイミアンがテルミンを確認するように言ってきた際には、たぶん、頭の中で月のシークエンスを想定していたのかもしれませんが、ほとんどすべての楽曲でテルミンを聴くことができます」と、ハーウィッツは思い返した[#9]。

その楽器の響きは、アームストロングによる人類にとっての大きな飛躍のシーンにおいて、中心の役割を担っている。しかし、テルミンは、アームストロングの妻のジャネットとの結婚のトラックの背後でも響いている。彼らの心の穴の深遠から反響しているかのようであるのだ。「人間の声のようで、その音で泣き叫び、呻いているかのようなのです。テルミンの上では、すべてが非常に柔軟であるので、その音符の中で常に滑ったり、曲がったりするのです。テルミンは人間的で、同時代性がないのです。だから、その楽器が古いSF映画を象徴していても何ら不思議ではないのです」と、ハーウィッツは述べる。しかし、テルミンによって、ハーウィッツは昔の宇宙旅行の音楽と関連付けるだけには止まらなかった。テルミンを使うことによって、彼は昔ながらの宇宙旅行の音楽から距離を置いたのである。「必ず避けたかったあるトロープがありました。それは昔ながら宇宙旅行の中で中心となる美しい声の合唱団です。テルミンの声の要素によって、別の方法で似たような効果に到達することができました」と、ハーウィッツは話した[#10]。

一貫して『ファースト・マン』の多くでは、宇宙開発競争での勝利と悲劇についての映画から観客が期待するものとは異なるサウンドが響いているならば、それは、チャゼル監督とハーウィッツが単にそれらの領域のみを誇示してはいないということである。反対に、2人は、アームストロングの目を見張るような旅の中で、彼の感情の状態に焦点を当て続けるために、音楽がジャンルと物語の期待に逆らうことが必要であると感じた[#11]。

「多くの映画において、打ち上げのシークエンスと宇宙のシークエンスは、勝利と栄光です。それらのシークエンスは、その達成を反映しているのです。デイミアンは達成するという感覚を望みましたが、それだけではなく、その表面の下にある深い悲しみの窓のように、その音楽を使いたがっていました」と、ハーウィッツは述べた。アポロ11号が離陸し、大規模なオーケストラによって、そのことが伝えられる際に、「その音楽は、シンセサイザーの100のトラックに基づいていますが、その音楽の中には途轍もない不安と痛みが表現されています。ニールがその時点で経験しているすべてを込めているからです。彼が残しているすべてのもの、二度と家族とは会えないかもしれないという事実のためです。彼は世界のためにこのことを行っていますが、彼は多くにおいてとても孤独なのです」と、ハーウィッツは語った[#12]。

ハーウィッツは、大規模な弦楽器のオーケストラを指揮したが、その後に、大きなソニーのサウンドステージで、レスリー・ローター・キャビネットを通してプレイバックしながらレコーディングを行った。「回転するドップラー効果を生み出すためです。それから、トレモロの効果を加えました。そのスコアは、とても不安定に感じられます」と、ハーウィッツは説明する。後から、金管楽器、木管楽器、打楽器、ハープのためにかなりのパートを加えた[#13]。

「ハープは、非常に静かなシーンへの鍵となりました。ポストプロダクションまでそのアイデアを持つことはありませんでした。つまり、映像に音楽を合わせて初めて得たアイデアなのです。私たちは、多くの様々な楽器を試しましたが、弦楽器は少し重く、多くの静かなシーンにとって少し音が持続し過ぎたのです。持続していて欲しくなかったのです。ちょっと、しつこ過ぎたからです。本当に、本当に、軽いタッチ、非常に速く衰えていく音を必要としていました。それこそがハープだったのです。ハープの音は、とても速く消えていきます。同時に、とても繊細な楽器であるのです。とても弱くて不安定な音色なのです。つまり、すべて同じ音符… 連続して10回にわたって同じ音符を演奏すると、毎回、少し異なる響きになります。本質に関わるドキュメンタリースタイルのシーンのために、非常にうまく働いてくれる一種の不安定さがありました。ハープを見つけ出すという試行錯誤、音楽のスポッティングの仕方やそれらのシーンで正確に音楽を配置する仕方の観点からの実験を行ったのです。絶妙なバランスを発見する前に、テーマ曲において音楽をミックスしたのです。」[#14]

時々、ハーウィッツは、アームストロングにとっての唯一の仲間であるかのように感じている。持続したクレッシェンドが響く月面着陸のシークエンスほど、スコアが存在を示してるシークエンスはほかにはない。持続したクレッシェンドは、チャゼル監督による共感覚(あるひとつの刺激に対して、本来の感覚のみならず、ほかの領域の感覚も引き起こすこと)のシネマティック・サウンドへのアプローチを象徴する。そのスコアは、あまりにも映像と合わせられているために、あたかも音楽を観ているかのように感じられるのである。「デイミアンは、そのシークエンスを音楽を使って駆り立てようとしました。スコアにその方法を負わせるという大胆な選択です。多くの映画製作者は、恐らくサウンド・デザインの方を好みます。または、彼らは、スコアを感じさせるのであって、聞かせるのではないのです」と、ハーウィッツは話した。チャゼル監督とハーウィッツのコラボレーションにおいて、そのスコアは、決して感じられず、聞かれることもないのである[#15]。

「その1年以上も前に書いた楽曲は、実物大模型に基づいています。それは、デイミアンが映画を撮る前に作曲されていることを望みました。たぶん、私たちがミュージカルを製作するところから来ているからですが、事前に、彼は音楽がどのようになるのかを強く知りたいと思っているのです」と、ハーウィッツは述べた。チャゼル監督は、シークエンスの絵コンテを描き、セットで音楽を流す。「明らかに、私は長い時間をかけて音楽を微調整しますが、デイミアン(と編集技師のトム・クロス)は、楽曲周りのシークエンスをカットします。それから、実物大模型から適切なオーケストレーションに行き着いたとき、映像で彼らが行ったことに基づいて、音楽を制作していかなければなりませんでした。私たちは、互いに自分たちの映画のパートに合わせます。共同関係は、プロセスで私が大好きなものなのです」と、ハーウィッツは話した[#16]。

 

【参考:『ファースト・マン』の音楽についての解説動画】

 

参考URL:

[#1]https://www.imdb.com/name/nm3225654/

[#2][#3][#4][#5][#6][#13]https://variety.com/2018/artisans/production/ryan-gosling-first-man-music-1202926698/

[#7][#14]http://collider.com/justin-hurwitz-first-man-interview/#damien-chazelle

[#8][#9][#10][#11][#12][#15][#16]https://www.indiewire.com/2018/10/justin-hurwitz-damien-chazelle-first-man-interview-best-score-1202012330/

https://www.hollywoodreporter.com/news/first-man-composer-justin-hurwitz-conducting-his-first-score-watch-1172322

https://www.theglobeandmail.com/arts/film/article-golden-globe-nominated-first-man-composer-justin-hurwitz-tries-to-curb/

https://ew.com/movies/2018/10/04/first-man-score-first-listen-exclusive/

https://www.list.co.uk/article/106115-justin-hurwitz-channelled-loss-pain-grief-and-loneliness-for-first-man/

https://www.businessinsider.com/score-of-golden-globe-winning-first-man-explained-by-justin-hurwitz-2019-1

https://mashable.com/video/first-man-score-justin-hurwitz/#D8RpxNrFvkqE

https://www.hollywoodreporter.com/features/justin-hurwitz-hans-zimmer-marc-shaiman-more-thr-composer-roundtable-1163397

https://www.tribute.ca/news/oscar-winner-justin-hurwitz-talks-about-first-man-score/2019/01/24/

宍戸明彦
World News部門担当。IndieKyoto暫定支部長。
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程(前期課程)。現在、京都から映画を広げるべく、IndieKyoto暫定支部長として活動中。日々、映画音楽を聴きつつ、作品へ思いを寄せる。


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