本日7月5日(金)より公開のルーカス・ドン『Girl/ガール』は、バレリーナを夢見るトランスジェンダーの少女を描いた作品であり、彼の長編第一作である。World Newsでは、本作について過去に2度取り上げているが、今回はレビューの第2弾をお送りしたい。

[639]-男性らしさ、あるいは女性らしさという規範を超えるために-ルーカス・ドン長編第一作『Girl/ガール』

[703]バレエ映画の新しい展開「Girl / ガール」

 本作は、バレリーナを目指すトランスジェンダーの少女ララの物語である。この映画は、難関のバレエ学校の入学を許可されたララが、父と弟とともにフラマン語圏へと引っ越し、新たな生活を始めるところから始まる(家族とのシーンがフランス語でなされるのに対し、学校でのシーンがフラマン語であることから明らかとなる。言語の境界を越えるあり方は、本作のテーマとも通じるであろう)。

 カメラは、主人公ララの身体やその一部を執拗に捉えつづける。そのショットの多くは手持ちカメラによるクロースアップやミディアムショットで構成され、ロングショットはほとんど(おそらく一度も)使用されない。被写界深度の浅さは息苦しさを感じさせ、閉塞感を漂わせつづける。光が差し込むことによってあらわれる室内の柔らかな陰影は非常に美しいが、光と同時にそこにあらわれる陰は、ララが抱く期待感とともに苦痛や絶望的な心情をうつし出してもいる。

 過去の記事でも伝えているように、『Girl/ガール』は監督であるドンがベルギーのフランデレン地域の新聞に掲載されていたトランスジェンダー女性ノラ・モンスクールの記事を読んだことがきっかけとなって制作されたものである。しかし、シスジェンダーであるドンがトランスジェンダーの少女の物語を描いたこと、その描き方がステレオタイプであるということ、またそのさいにシスジェンダーの俳優を起用したことなど、多くの批判が寄せられていることもまた事実である。たとえばLGBTQに関する記事を紹介しているWebサイトINTOは、「Netflixの『Glri/ガール』はトランストラウマポルノの一例であり、絶対に避けなければならない」という題名の記事において本作を猛烈に批判している[1]。

 このような映画に寄せられた多くの批判は、モデルとなったモンスクール自身が応答したことで一旦の決着を見せた。彼女は、「『Girl/ガール』はあらゆるトランスジェンダーの経験を代理=表象するものではなく、私が人生で直面した経験を語り直すものなのです」[2]と語り、本作を全面的に擁護したのである。「このような『Girl/ガール』への批判は、他のトランスジェンダーの物語を世界で共有することを妨げ、私と、私のトランスジェンダーとしてのアイデンティティとを黙らせようとしています」[2]

 さまざまな批判にさらされながらも、トランスジェンダーの物語を制作し公開したことは肯定され歓迎されるべきことであろう。とはいえ、ドン自身が映画において描いているように、差別は意図とは関係がない。たとえば、ララの先生がクラスメイトに手を挙げさせるシーンにおいて描かれているように、差別は配慮や善意によってなされることもある。ドンはこのような意図なき無自覚な差別であるマイクロアグレッションの問題を描くことで、われわれに不可視の差別を可視化させそれに気づかせるのである。

 とするならば、ララの心情を表現しさえするかもしれないその身体に執着するカメラワークこそが、作中において友人たちや教師といったシスジェンダーのものたちから被るハラスメントあるいはマイクロアグレッションの視線と重なりうるものであることもまた、疑いえないのではないだろうか。だからこそ、この映画に対するさまざまな批判は、真摯に受け止める必要があるだろう。

 

7月5日(金)より新宿武蔵野館やヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほか公開

『Girl/ガール』

(2018年/オランダ、ベルギー/1時間49分)

監督:ルーカス・ドン

脚本:ルーカス・ドン、アンジェロ・ティヒセン

出演:ビクトール・ポルスター、アリエ・ワルトアルテ

(C) Menuet 2018

後援:ベルギー大使館

提供:クロックワークス、東北新社、テレビ東京

映倫:PG12

配給:クロックワークス、STAR CHANNEL MOVIES

[1]https://www.intomore.com/culture/netflixs-girl-is-another-example-of-trans-trauma-porn-and-should-be-avoided-at-all-costs

[2]https://www.hollywoodreporter.com/news/belgium-oscar-submission-girl-is-a-message-courage-1167532

板井 仁
大学院で映画を研究しています。辛いものが好きですが、胃腸が弱いです。