気づくと母も弟も死んでいた『ポケットの中の握り拳』


 

fists_in_pocket_1965_7中学英語ほどの単語力しかない私は、英語字幕をなんとなくフィーリングで読み飛ばし、言葉で切り与えられるところの何かをぼんやりとやり過ごした結果、ひとりの青年の鬱屈と愉快と癇癪に触れていたのでした。

 

気づくと青年が人を殺め、苦しみのたうちまわった後バタリと倒れていた。

ベロッキオの『ポケットの中の握り拳』という映画を観た。目が見えない母親と、知的障害を抱える弟、家を出たがる胡散臭い兄、そんな兄に恋するナルシストな妹、そしてその家族の中でどうしようもない苛立を抱える主人公の青年。そんな家族が崩壊していく様を描く…と紹介すると、崩壊するからには、あらかじめ崩壊するだけの何かがあったようにも思えてしまうが、決してそんなわけでもないだろう。つい家族という言葉を聞いただけで何かを築くことができるような気になってしまうが、そんなお気楽なムードは、この映画には一切出てこない。

音楽がどこまでも情緒不安定に美しくキリキリと心情を彩り、青年は苛立ながら部屋を歩き回る。

朗らかな音楽に合わせて人々がダンスを踊り、青年はぽつんと孤独に放り出される。

目が見えない母親と対峙し、青年は渦巻く情念に足をからめとられそうになる。

どん底というには華があるし、かといって憂鬱なんて言ってしまうと軟弱すぎる。若い体が不穏に暴れまわる様は滑稽にも見えるが、やはり途方もなく寂しい。とにかく最悪の男であるけれども、そんな言葉で片付けたくないと思ってしまう自分を見つけた瞬間、もはや娯楽映画を見た後の自分のテンションでは決してない。ただ、不道徳極まりないシーンで、抗うことのできない楽しさを感じてしまえるなんて映画冥利に尽きる。

不謹慎であれ!とは言わないが、消毒された安全な世界をひと蹴りしたい(それもボッコボコに)!なんて時の合法映画はベロッキオなのでしょうか、そうでないのでしょうか。そんなことを考えながら、新文芸座に足を運ぶしかないなと思うのでした。


ベロッキオのレアな傑作2本が池袋新文芸坐で上映されます!
新文芸坐シネマテークVol.8 イタリアの怒れる巨匠/マルコ・ベロッキオ
3/18(金)『母の微笑』+講義(大寺眞輔)19:15開映
3/25(金)『エンリコ4世』+講義(大寺眞輔)19:15開映

第8回 新文芸坐シネマテーク


伊地知夏生
無為自然担当。お金はないが、夢はある。バイト名人として日々営んでいます。